交換殺人の始め方

小石原淳

第1話 交換殺人の始め方

 Aを殺したいXと、Bを殺したいYがいて。

 そのまま殺したら動機はあるわ、アリバイはないわで疑われてしまう。

 そこでXとYが密かに話し合って、殺す相手を交換する。

 XがBを殺す間、Yはしっかりとしたアリバイを確保する。

 YがAを殺す間、Xはしっかりとしたアリバイを確保する。

 これで一応、交換殺人の完了。


 悪くはないと思う。完璧にやり通したら、完全犯罪だ。でも、他の計画殺人だって、完璧にやり通したら完全犯罪になると思うけど。

 交換殺人を選ぶ利点は、ややこしいトリックを考えなくても済む、ぐらいじゃないかしら。

 逆にデメリットというか、完遂までのハードルは多い。

 まず、誰かを殺したがっている人を見付ける。

 次に、その人と密かに知り合う。

 それから、交換殺人を提案し、承諾を得る。


 ここまででも山あり谷ありで、辿り着くのってとてつもなく大変そう。辿り着けたとしてもさらに、先に殺すのはどちらかで多分、揉める。そしてあと番になった者に殺しを確実に決行させる担保をどうするか。交換殺人の密談を録音録画したとしても、あと番の者が「あれは冗談だと思った」と主張すれば通る可能性がある。少なくとも、人を殺していない分、あと番の方が刑罰は軽くなるだろうから有利な立場だ。

 加えて、あと番は共犯者を殺した方がいいという考えに至るかもしれない。せっつかれて見ず知らずの人間を殺すのと、共犯関係という程度の知り合いで将来何があるか――殺しをネタに脅されるかもしれない――相手を殺すのとに、心理的な大差はない。ならば、後顧の憂いを断つ意味で、共犯者を殺した方が賢いんじゃないの?

 要するに、あと番が有利すぎる。不公平な契約になるのは目に見えている。それでも交換殺人をやろうとする人は、どういう神経で思い切れるのだろう。自分は絶対にあと番になる自信でもあるのだろうか。

 こんな面倒で危ない橋を渡るくらいなら、ない知恵を振り絞ってでも物凄いトリックを案出して、偽アリバイを用意するなり、密室を作り上げるなりして殺人を決行した方がよほど楽なんじゃないのと思える。


 と、そんなことを考え、頭を悩ませていたのだけれども、ある日、ふと思い付いた。

 実際にやろうとしている人に会って、聞いてみようと。

 ばかなことだと思われるかもしれないが、本気だ。何せ、私には長い間、殺したいと思い続けているターゲットがいる。

 交換殺人を計画している人にうまく知り合えて、話を聞き、これなら行けると確信を持てたら、そのまま続ければいい。失敗しそうな場合は、面白い冗談だったわ、もし本気なら警察に届けるけど、じゃあねとでも言ってさっさと別れればよい。

 ただ、どうやれば交換殺人希望者と巡り会えるのかは、相変わらず霧の中。仕方がないので、ミステリーでよく描かれてきたように、お酒を飲める場所に絞って転々とした。ただ単にカウンターに座ってお酒を飲んでいるだけではだめだ。バーテンダー相手にでも、憎い奴がいるんだというアピールをそれとなくしなくちゃいけない。その際、かなり酔っているふりを忘れずに。


 努力すれば実るもので、三年目にして、ついに声を掛けてきた男性が現れた。最初こそ、あなたの美貌に吸い寄せられて声を掛けてしまっただのなんだの、取って付けたような理由を口にしていたけれども、二人だけの会話空間が確保できたら、じきに打ち明けてきた。

「実は、あなたの呟きに興味を持ちましてね。どうも、死んで欲しい人間がいるとか」

「よく分かったわね」

 待たされた分、躍り上がって喜びたいくらいだったが、当然堪える。獲物はまだ釣り針に引っ掛かってはいない。餌をちょんちょんとつついている段階だ。

 やがて期待通り、男は交換殺人を持ち掛けてきた。こちらも乗り気を見せ、相手の計画を聞き出す。

「私のこと、信用できる?」

「しますよ。こちらから声を掛けたのだから、信用していないとこんな話、持ち掛けやしません」

「でも、たとえばよ。先にやる役があなたになったらどう? 自分は約束を果たしたのに、この女は逃げるんじゃないかとか、心配にならないの?」

「まあ、本音を言うと、心配は皆無じゃない。でも、自分が先で、やってもらうのがあとの番になったとしても、対策は考えています」

「凄い、用意周到ね。よかったらそれも聞かせて」

「殺人を行う前に、凶器に指紋かDNAを付けてもらうんです。たとえば私がAという人物を、あなたがBという人物をそれぞれ殺したいと考えていて、先に僕がやるとなったとしましょう。そのとき前もって、凶器をあなたに見せて、さわってもらうんです。刃物ならその柄に、毒薬ならその容器にという風に。指紋が残りにくい物体だったら、DNAが残留するように汗か唾でも」

「なるほどね。それを使ってあなたが実行。そのまま凶器を私の分からない場所に保管しておく。私が契約通りにやり終えたら、その凶器を渡してくれるのね」

「はい。ああっと、あなたが実行する前にも、同じことをしなくちゃいけません。あなたが用意した凶器に、私の痕跡を付ける。これなら、ほぼ五分の条件で交換の契約ができるのでは?」


 いいアイディアに思えた。

 酔って口が少々軽くなっている女を演じるために、お酒を飲んでいる。その本当の酔いのせいもあるかもしれない。それでも、今まで読んだり見たりしてきた推理小説やミステリドラマで描かれた、無邪気なまでに盲目的に交換殺人へと踏み出す人達より、ずっと冷静じゃないかしら。

 ここでこの男を逃していいものだろうか。三年待ったのだ。もうこんな共犯者、現れないかもしれない。今、思い切るのがなすべきことでは――。

 私達は、正式に共犯関係を結ぶことにした。

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