第5話 ガラスの桜
「ルウちゃーん、悪いんだけどお使い頼んでもいいかな」
「リリーさん!いいですよ、任せてください。ただ…ここの土地勘ないのでどこで買えばいいか分からないんですが」
「あー、それもそうねー。誰か他に…あっ、時雨ちゃんいい所に!」
リリーは洗濯物を抱えて外に干しに行こうとしていた時雨を呼び止める。
「どうかしました?」
「あのね?今からルウちゃん連れてお使いに行ってきてくれない?」
「良いですけど…」
「ルウちゃんこっちに来てまだ日が浅いからついでに色々案内してあげて♪」
「そういう事ですね!分かりました。ルウちゃん、ちょっと洗濯物干してくるから少しだけ待っててくれる?」
「りょうかいです!」
時雨が洗濯物を干している間、ルウも残りの仕事をキリのいい所まで終わらせ、部屋に戻って出かける準備を進める。
「どんな服にしましょうか。今日は珍しく晴れてますし夏っぽくワンピースにしますか」
ルウはうーんと唸りながら集中すると服が淡く光り輝いて、それが治まると純白のふわふわとしたワンピースに変化していた。
「あとは…」
自身の小物を仕舞っている箱を開きリボンを取り出す。そして長い金髪をポニーテールにくくり、ひらりとその場で回ってみる。
「こんな感じですかね♪」
純白の衣装にルウの金髪はよく映える。ルウは妖精だがそれこそ天使と言っても誰も違和感を覚えないだろう。
すると、襖を開けて楓が姿を見せる。
「お、いいなその服。めっちゃ似合ってるよ!」
「ありがとうございます、楓♪」
楓は子犬のようにニコニコと笑顔で擦り寄ってくるルウの頭を優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細める様はまるで尻尾を振っているようだ。
「それで、どこか出掛けるのか?」
「はい、リリーさんにお使いを頼まれたので時雨さんと一緒に行く事になったんです」
「そっか〜、俺もこの街ほとんど出歩いたことないから今度案内してくれよ」
「りょうかいですっ!」
「じゃあ、ちょっとまってて」
「はい?」
楓は自身の鞄から財布を取り出し五千円札を一枚抜き取ってルウに手渡す。
「これで時雨さんと美味しいものでも食べてきな?」
「こんなに…大丈夫なんですか?そんなにお金に余裕ある訳じゃないですよね?」
「女の子はお金かかるだろ?俺の分の小遣いだから気にせず使ってきな、元々俺あんまりお金使わないの知ってるだろ?」
この間、一ヶ月分のお給料を貰った時リリーは楓とルウにそれぞれお金を支払ってくれた為二人の貯金はそれなりに増えたのだが、もし自立する事になった時の為に貯金する事に二人で決めたのでお小遣いも最低限に設定した。そして、ルウも女の子なのでアクセサリーを買ったり、時雨と出掛けた時にお茶したりと割と出費がかさむのでルウの財布は閑古鳥が鳴いているといっていい。
と言ってもルウも倹約家なので普通の女子高生などと比べると圧倒的に少ないのだが。
「ほんと、楓は優しいですね!ありがとうございます!」
ルウはにこりと笑うと大事そうにお金を自分の小さな財布にしまい込んだ。
「ルウちゃーん!そろそろ行くよ〜」
「はーい!」
「じゃあ行ってきますね!」
「うん、いってらっしゃい」
ルウは小さなショルダーバックを持つと時雨と共に街へと繰り出していった。
一方楓は本来の目的である薬を服用し部屋を出た所で不意に背後から声を掛けられた。
「楓って結構優しいんだな」
「!?わ、わわ若草さん!?どうしてここに?」
「いやーちょうど休憩時間だったから部屋に帰って来たんだが、楓の部屋から話し声がきこえたからさ」
「むむむ…どこから聞いてたんですか?」
「んーっとなあ、楓がルウちゃんにお小遣いあげてた所からかな?」
「……盗み聞きとは趣味が悪いですね」
「悪かったよー、だからそんなに怒るなってー」
「……怒ってないです」
楓はふいっと若草から顔を背けてムッとした。そんな楓をみて微笑ましそうに笑った若草は話を続ける。
「それよりもさ、リリーさんからお前達二人分の給料もらってるだろ?なのになんで楓のお金渡してたんだ?」
「えーっと、貰った分のお給料は最低限手元に置いて残りは貯金することにしたんですよ。ルウも最近は時雨さんとよく出かけてますし、小さい出費が重なっちゃって割と厳しい見たいなんですよね」
楓は頭を掻きながら笑って見せた。
「それで自分の分のお小遣いを渡したって訳か」
「そうです。俺も自分で使うよりルウに使ってもらった方が気持ちがいいので!」
「やっぱお前って…変わってるな」
「そうですか?」
「ああ、でも誰よりも優しいと思ったよ」
そう答える若草だったが内心は少し心配していた。一か月の付き合いで若草は楓が時々、身を削ってまで人に優しくしてしまう節があることに気づいていた。
楓は若草にとって、とても良い後輩であり弟分であった。それゆえに楓の事を常に気にかけていて、今回の件も注意深く見守っていようと心に決めるのであった。
天使の湯がある温泉街は姫野と呼ばれる土地で温泉街と呼ばれるだけあってそこら中に温泉の匂いが漂っている。
「時雨さんとお出かけするの楽しいです♪」
「そう?それは何よりだよ」
時雨とルウは仲のいい姉妹の様に手を繋いで商店街へと続く道を歩いていく。時雨もルウと居る時は本当に楽しそうで優しい笑顔を浮かべている。
旅館から商店街まで徒歩三分くらいなので既に賑やかな音が聞こえてくる。
「いつ見ても人が沢山ですね〜」
「仮にも観光地だからね、うちの旅館は神様の方が人のお客さんより多いけど他の旅館は圧倒的に人のお客さんで溢れかえってるよ」
姫野は知る人ぞ知る観光地で近年その知名度も徐々に上がってきた為、平日なのにも関わらず多くの人でごった返していた。
「さて、何から買うの?」
「最初は八百屋さんでネギですね」
「よし!じゃあ行こっか♪」
「はーい!」
一時間後、頼まれていた品物を全て買い終わった二人は甘味処で温泉饅頭を買い、外のベンチに座って一休みしていた。
「美味しいです!このお饅頭!」
「姫野の名産だからね〜、私このお饅頭が大好きなんだ」
「これは…楓にも食べさせてあげたいです」
楓も休みはあるのだが、基本的に体力回復の為に一日中寝ていることが多いので、あまり外に繰り出した事がないのだ。
時雨は少し思いにふけるとルウに尋ねる。
「ルウちゃんは…楓くんの事好き?」
「…時雨さん?」
「あ、いや、ごめん変な事聞いちゃったね」
時雨が慌てて照れながら否定するがルウは素直に質問に答える。
「好きですよ。大好きです。」
「そうなんだ…」
時雨も楓が悪い人じゃない事は理解はしていた。だが、ルウの様に仲良く過ごしている訳じゃないのでまだ少し不安を抱えていた。
「楓はー…楓はいつもわたしの事を気にかけてくれます。それはわたしに限った話じゃないんですけどね?とにかく人の役に立つことを最優先に考えちゃうんです」
「そんな事してたらいつか体壊しちゃうよね?」
「そうなんです…昔一度ありまして…だからわたしが楓を支えてあげるって決めたんです!あの人本当は物凄く甘えん坊ですからね。甘え出すと凄く可愛いんですよ♪」
「ええ!?そうなんだ…甘えん坊なんだ…」
時雨は何故か「甘えん坊」という言葉を反芻して頬に手を当てて自身の頬をむにむにしている。
「時雨さん?どうかしました?」
「あっ、いやなんでもないよっ!(き、気づかれてないよね?大丈夫だよね?)」
「ルウちゃんは楓くんがとっても大事なんだね。楓くんの事話してるルウちゃんとっても嬉しそう」
その言葉を聞いたルウは喜ぶでもなく、その顔をわずかに曇らせる。
「時雨さんはわたしが真っ当な存在じゃない事知ってますよね?」
「それって思想体ってこと?」
ルウは小さく首を縦に振るとぽつりぽつりと話し始める。
「わたしは楓を助ける為に生まれて来たんです。たとえ世界が楓を見捨ててもわたしは楓と共に朽ち果てていく覚悟もできてます。」
ゆっくりと言葉を紡ぐルウはとても苦しそうで、自分の中で膨らむ不安が大きすぎて上手く言葉に出来ていないみたいだ。その水晶の様に煌めく瞳にはうっすらと涙が浮かび上がっていた。
「でも最近思うんです…わたしの存在が楓に気を使わせてしまってるんじゃないかって。今日だって…お小遣いくれてっ、自分だって本当は遊びに行きたいはずなのにっ!それなのにわたしばっかり楽しい思いばっかりして…」
そこでルウは我慢が出来なくなり涙の防波堤が決壊した。嗚咽を噛み殺して肩を震わせるルウの姿はとても苦しそうだった。普段から楓の事を一番近くで見守り、一緒に過ごしてきたルウだからこその悩みと言えるだろう。
小さなルウの姿を時雨は抱き寄せると優しく頭を撫でてあげる。大和撫子の時雨と妖精のルウは独特な美しさがあった。
「うっ…うぅ…」
「よしよし…ずっと一人で悩んできたんだね…」
「時雨さん…わたし楓のそばに居てもいいんでしょうか」
「もー、それこそわかりきってる事でしょ?もしルウちゃんが居なくなったら楓くんがどれだけ落ち込むか目に見えるよ」
「で、でも…」
「でもじゃないよ。楓くんは確かに今はお仕事でいっぱいいっぱいって感じだけど、そんな卑屈に考える人じゃないでしょ?それに楓くんの辛さを分かってあげられるのはルウちゃんしかいないじゃない」
「それに、私は楓くんが羨ましいな。ルウちゃんにこんなに大事に思って貰えてさ。」
「そうですか?」
「そりゃそうじゃん。楓くんと一緒にいるルウちゃんはとっても幸せそうだし、逆もそう。楓くんが気にかかるなら気が済むまで楓くんに甘えてみてもいいんじゃない?」
「なるほど…甘えてみる…ですか。時雨さん、ありがとうございます!」
「落ち着いた?」
ルウは少し赤く腫れた目をしているが涙は止まったようですっきりとした顔持ちをしていた。
「大分落ち着きました。すみません、取り乱してしまって」
「いいのいいの、誰だって気持ちの整理がつかなくて泣いちゃうことあるんだから。私だってよく一人で泣いちゃうんだよ?」
「そうなんですか?時雨さんは強いから大丈夫なんだと思ってました」
「人はみんな弱いんだよ…だけど人前だと強く見せちゃうんだよね。だからみんな悩んで悩んで、そして失敗して強くなっていくの。でもどんなに強くなっても弱い部分は残っちゃうからそれを埋めてあげるのが家族であり友達なんだと思うよ」
「なんか…素敵な言葉ですね!」
「ふふっ、お母さんの受け売りだけどね?それじゃあ帰ろっか!そろそろ帰らないとリリーさんに怒られちゃうね」
「ですねっ!あ、帰りに雑貨屋さんに寄ってもいいですか?」
「何か買いたいものでもあるの?」
「はい!私の大好きな人に!」
立ち上がったルウは時雨の方を振り返えったその顔は真夏のひまわり畑の様に輝いていた。
しばらくして旅館に戻った二人は食材をもって厨房へと向かう。
「おー、お疲れさん!助かったよー」
「食材は冷蔵庫に入れとくねー」
「サンキュー」
時雨が食材の沢山入った袋から品を取り出して冷蔵庫にしまっている間、ルウはどこかソワソワしている様だった。それを見た時雨は優しく気を利かせた。
「楓くんの所行ってきていいよ?もう片付けるだけだから気にしないで」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
ルウはお礼を言うとそそくさと厨房を出て行ってしまった。
「やれやれ、楓も幸せ者だな。…ん?時雨、そんな髪飾りつけてたっけ?」
「ふふ~ん、これはね~、私の大事な人からもらったんだよ?」
「なっ…!?彼氏か?彼氏なのか!?」
「さぁ~、どうでしょう~。そもそも私に彼氏がいたとして若草さんに困る事ないでしょ」
「う、うううちの娘は嫁にやらんぞ!」
「話が飛躍しすぎだし、なんで親面なのよ!!」
仲良く言い合う姿は微笑ましい兄妹の様で、この旅館で働く人たちが家族の様にお互いを認識している理由である。
そして時雨の頭には桜をモチーフにしたガラス細工の髪留めがつけられており、黒髪も相まってさらに可愛らしい清楚さを醸し出していた。
「かーえーでー!どこですかー!かーえー、あたっ!」
「そんなに大声で叫ばなくても聞こえてるよ…」
「楓だぁ~!かえで~かえで~♪」
「なんだなんだどうした!?」
「なんか甘えたくなったんです」
「なんだそりゃ」
少し呆れ気味でつぶやくが猫を撫でる様にルウの頭を優しく撫でる。
「楽しかったか?」
「はい!今までより沢山話せましたし仲もかなり良くなりました!あとお土産がありましてー」
「ん?」
鞄から小包を取り出すとその中から可愛らしいペンダントが顔を見せた。
「はいっ、これがわたしの気持ちです。楓になら似合うと思って」
「おお~きれいなペンダントだな!ガラスの桜がまたいい味してる」
「いいですよね〜、ちなみにわたしと時雨さんと髪留めと同じデザインなんですよ!お揃いですね♪」
「ほんとだ、よく似合ってるな!」
ルウの頭にも時雨とお揃いの髪留めが付けられており、髪の毛の金色に光が反射してより一層髪留めが輝いて見える。
「そっか…うん、ありがと!嬉しいよ」
「それは良かったです♪」
「じゃ、お風呂に入るか!すっごい疲れたし!」
「さんせーです!お風呂行きましょう!今すぐ行きましょう!」
二人仲良く浴場に向かっていった後の部屋の机には桜のペンダントと髪留めが綺麗に並べて置いてあるのだった。
天使の湯♨︎ あるみす @Arumis
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