第4話 もっと甘えていいんですよ?
楓が天使の湯に来てかからおよそ一か月が過ぎ、二人も大分仕事内容を覚えてきた。
季節は春を過ぎ、初夏。雨が降りやまずにじめじめとした日が延々と続く梅雨へと突入していた。楓は特に雨が降ると動けなくなるほど頭が痛くなるのでその日は布団から出られずにひたすら痛みに耐えていた。
「かえでぇ…大丈夫ですか?」
「ちょっとやばいかも…心配させてごめんな」
「何言ってるんですか。楓を支えるためにわたしはいるんですよ?」
「ありがとぅ…っつ!う、うううう」
楓は痛みに耐えるために奥歯をすり減りそうなほど噛み締める。いつもの事とは言えルウは胸が締め付けられる思いだった。
こうなった楓はほとんど寝たきりになってしまうのでルウはペットボトルや薬、タオルなどをせっせと用意して楓の枕元にそっと置いてあげた。
「ずっとそばに居てあげますからね?」
ルウは楓の右手を両手で優しく包み込むと楓の力んでいた手の力が緩み、眠りかかっている様だった。
そんな時、ふすまが静かに開いてリリーと悠が部屋へとやってきた。
「楓さん…大丈夫ですか?」
悠の声は心配で胸がいっぱいなのか少し震えていた。この一か月で楓が一番仲良くなったのが悠だった。それが楓にとってとても喜ばしい事と同じように悠にとっても初めての同年代の心置きなく話せる人だったのだ。
「今ちょうど寝かかったところです。相変わらずしんどそうですけれど」
「うーん、神経が圧迫されてるのかもねぇ。とりあえずっ」
リリーはおもむろに横向きに寝ている楓の後頭部をさすると目を閉じて意識を集中させる。するとリリーの手に淡い空色の光が集まり、楓の肌に溶け込んでいる様だった。
「りりーさん、何されてるんですか?」
「とりあえずの応急処置かな。痛みを一時的に分散させるんだけど、人間の医療でいう麻酔に近い効果だと思ってくれていいよー」
しばらくすると楓の呼吸も落ち着きを取り戻し、しわの寄っていた眉間も力が抜けていた。
「楓…リリーさんありがとうございます」
「いいのよこれくらい。それにここに住んでる以上みんな私の子供みたいなものだからね?子を見捨てる様な薄情な親にはなりたくないからね♪」
リリーは頭を下げるルウに明るく笑って見せると何か思い出したようにルウに質問をする。
「ルウちゃん、しんどい時の楓くんって何か食べられるものあるかわかる?」
「そうですねー、こうなったら最後何も食べないこともあるので一概に言いにくいんですけど」
「一日何も食べないんですか!?」
驚いた悠が珍しく声を荒げて驚く。
「「しー」」
「あっ、すみません…」
リリーとルウがそろって注意するので悠もあわてて口を手で押さえる。
「とはいえ困ったわね」
「そういえば、お鍋なら食べてたと思います。今の時期に合うかって言われたらちょっと頷きにくいですけど」
「いいんじゃないですか?今日は少し肌寒いですし」
「そうねぇ、じゃあお鍋にしよっか!悠ちゃん、若くんに聞いて足りない食材あったら買ってきてもらってもいい?」
「わかりました!じゃあさっそく行ってきますね」
悠はそそくさと若草がいる厨房へと行ってしまい、静かな部屋ではリリーとルウが話を続けていた。
「楓はいつもわたしを人間として扱ってくれるんです」
「ルウちゃん…」
「現実世界に体を手に入れてからわたしはいろんな人に会ってきました。だけど、誰一人としてわたしを人間として扱ってくれなかったんです。『気味悪い』とか『呪われる』だとか、妖精の姿でなくても避けられました」
昔を思い出すルウの口はかすかに震え、悔しさを噛み殺している様だった。
しかし次の言葉を口にするとき、ルウの顔には笑顔が咲いていた。
「だからわたしは楓が大好きなんです。わたしが楓から生まれたからとか関係なく、わたしという存在を認めてくれている楓が!」
「それに、皆さんには感謝しています。まだ出会ってひと月しか経っていないのに皆さんわたし達を本当の家族の様に扱ってくれて…本当に嬉しいんです!」
リリーは目頭が熱くなるのを感じ、慌てて溢れ出た涙を拭う。
そしてリリーも笑って嬉しそうに答えた。
「私も…ううん、私たちもあなた達二人の事が大好きよ!信頼は何も時間だけじゃないからね?二人とも私の大事な家族だよ♪しんどい時は身を挺して助けるのが家族って物でしょ?」
「リリーさん…ありがとうございます」
「じゃ、私はちょっと仕事残してきちゃったから楓くんの看病お願いね?」
「任せてください♪」
リリーが去った後もルウはしばらく、ぬくもりを忘れない様にぎゅっと胸に抱きしめる。
「えへへ♪家族って言ってもらえたの楓が昔言ってくれた時以来だなぁ。やっぱり…とっても温かいです」
ルウは小声でとっても嬉しそうに呟いた。
「ん…ぅん?ルウ、誰か来てたのか?」
「あ、楓ー。悠さんとリリーさんが来てくださってたんですよ」
「そうか…心配かけちゃったよなぁ」
目を覚ました楓はどこか決まりが悪そうだ。
「楓はもう少し甘えることを覚えるべきです。本当はすごい甘え癖があるの知ってますよ?」
「なっ、そ、そんなことないし…」
「そんなこと言ってぇ、ならこれならどうです?」
ルウは楓の布団の中に潜り込むと正面から抱きしめた。すると強張っていた楓の体の緊張が目に見えて解れていく。
「ほらほらぁ、体はずいぶんと正直ですね?」
「ここ、これはいつも一緒に寝てるからであって…そんな甘え癖とかじゃない!…はず」
「ふふふっ、そういう事にしといてあげます。でもリリーさん達はとっても優しいですから少しくらい甘えても快く受け入れてくれますよ!」
「…うん」
「あ、そうそう。今夜はお鍋にしてくれるらしいですよ?今日はちょっと肌寒いですから」
「それは、楽しみだな…」
楓は安心したのか小さくあくびをして眠そうにしているのでルウは一度布団を出ようとした。
「狭いと寝にくいですよね?わたしは出ますので…かえで?」
出ようとするルウの体を楓は抱きしめて離さない。
「もう少しだけ一緒にいてくれないか?甘えてもいいんだろ?」
「~~~~~!!もぅ、相変わらず可愛いんですから!いいですよ、寝付くまで一緒にいてあげますよ」
「ありがとう」
「おやすみなさい、楓♪」
数時間後、夕飯時になって楓たちを呼びに部屋にやってきたリリーはふすまを開けて中の様子を確認するや、天使のような微笑みを浮かべた。
「ほんと仲好しね♪起こすの可哀そうだけどご飯冷めちゃうからなぁ」
結局一緒に寝てしまったルウはいつもの様に楓と幸せそうに眠っているのだった。
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