第3話 魔法と天使

「おー遅かったな!昨日は良く眠れたか?」

「おはようございます、若草さん。お陰様でぐっすりでした」


 時雨と共に居間へと顔を出した楓とルウは若干笑顔を引きつらせながらしっかりと挨拶を返す。

 若草は朝から元気いっぱいで明るさを振りまいている一方で悠は座布団を枕に横になっていたが、楓達が来たので眠そうな目を擦りながら起き上がった。

 テーブルには人数分の朝ごはんが既に置かれており、どれも美味しそうな匂いで空いた腹を刺激してくる。


「じゃっ、頂きましょうか!皆さん、いただきます!」

「「「「いただきます!」」」」




「ご馳走様でした」


 楓が食べ終わった数分後にルウも完食する。

 そして楓はリリーに今後の仕事について尋ねる。


「楓くんとルウちゃんには主に配膳とか接客、掃除とかの雑用をしてもらう事になるかな〜。今まで悠ちゃんと時雨ちゃんにやって貰ってたけど人手不足だったからね」

「分かりました!」

「楓さん、よろしくお願いしますね」

「うん、こちらこそよろしく悠くん」

「じゃあ悠ちゃんと時雨ちゃん、二人の事をよろしくね?私はちょっと午前中は用事があるから皆に任せるね」

「はーい」




 朝食の後片付けの後、楓とルウは悠と時雨に付いて最初の仕事場へと向かうのだが、楓は先程から周りを忙しなくちょこちょこと動き回っている存在に気を取られていた。


「あ、あの…さっきからたくさんの小人さん?が行ったり着たりしてるんですけど…」

「あぁ、この子達は小さな天使さん達ですよ」

「天使?リリーさんみたいな?」

「ですです。と言うか、リリーさんの思想魔法で生まれた人達なので」

「てことはルウと同じようなものか」

「いくらリリーさんの思想体であると言えどわたしの方が優秀ですけどね!」

「その自信はどこから来るんだ…」


 楓は妖精の姿で頭の上に乗っかってるルウに苦笑いする。


「大方彼等が手伝ってくれるのであまり身構えなくても大丈夫ですよ」

「ありがと、悠くん」


 先程から少し緊張していた楓を安心させる為に悠が優しくフォローを入れてくれる。楓と悠はお互い、少しずつ気を許せる存在だと認識しつつあった。


「さて、じゃあ気合い入れてやって行きましょうか」

「おー」


 時雨は気合を入れ直し、全員で仕事に取り掛かった。





 三時間後、昼休憩。


「うあー…疲れたぁ」

「お疲れ様ですよぅ、楓ぇ生きてますかぁ?」

「もう、ダメかもしれない」


 休憩室に入るやいなや、椅子に腰掛けて力が抜けたように呻く。そして、幼女の姿で仕事をしていたルウも楓の膝の上に飛び乗って背もたれにする。


「これでもまだましな方ですよー、ゴールデンウィークに入ったらとてもじゃないですけど捌ける気がしませんからね…」

「こりゃ相当な覚悟が要りそうだ」


 楓はルウを強く抱きしめると深いため息を吐く。

「それにしても仕事の飲み込み早いですよね!時雨さんもそう思いませんか?」

「…想像よりはね」

「そう?普段そんな事と言われないから嬉しいよ」

「楓は動かないだけでバカじゃないですからね」

「…ちょっと悪意あるだろ」


「ただ、しんどいのはこれからよ…今はまだ人間のお客様しか来られてないからね」

「…人間の?」

「そのうち嫌でもわかりますよ」






 悠の言葉通り楓はその日の夜に度肝を抜かれることになった。


「なぁ、俺は異世界にでも迷いこんだのか?」

「なんなら頬っぺたつねってあげましょうか?」

「よ、よし来い!……いってぇ!!強くひねり過ぎだバカ!」

「………。んまぁ、これが夢でないことははっきりしましたね?」

「只でさえ魔法とか未だに腑に落ちない事ばっかりなのに…」


 夜に集団客として来店したのは人間ではなく『神様』だったのだ。おそらく日本の神様なのであろう古今東西あらゆる神様が宴会のために天使の湯へ訪れていた。普通は神様と言えば想像上の存在であり、人々の崇拝の対象としてあがめられているという認識である。自分自身が『妖精』という存在とともにいる楓でさえ簡単に世界観が変わることはあり得ない。


「あれ、楓くん達どうかした?」

「リ、リリーさん…ちょっと相談に乗ってもらえませんか?」




 偶然そばを通りかかったリリーに相談を持ち掛けると、快く引き受けてくれた。


「さて、悩める少年は何にこまっているのかなぁ?もしかして気になる人でもみつけちゃった?」

「い、いえそういう事じゃないんですけど…あのお客さん達ってやっぱり『人間』じゃなかったりするんですか?」

「ん?まぁそうだねー、位は違えどみんな神格だから」

「や、やっぱりそうなんですね…」


 楓が目を丸くして知恵熱を出しかけていたのでリリーはルウに訳をこっそり尋ねる。


「神様が信じられないって、楓くん昨日私が元天使だった事すんなり受け入れてくれたじゃない」

「やっぱり本当なんですか!?」

「……へ?えええええ!?今まで信じてくれてなかったの!?むしろ何だと思ってたの?」

「そういう肩書なのかと…す、すみません!」

「うぐっ…それ完全にヤバイ人じゃない…」

「うちの楓があほですいません」


 三人がそれぞれ言葉をなくしている中、宴会場から一人の人影がふらっと現れた。


「リリーちゃん?叫び声が聞こえたけどどうかしたの?ってぇ、ほんとにどうしたの!?」

「お、桜花ちゃん?」


 桜花と呼ばれた人は何とも不思議な人だった。水色を基調とした着物に身を包み、髪は桜の様な桃色で肩の辺りで切りそろえられ、とてもふわふわとしたくせっ毛である。そしてその容姿は二十歳近くの少女で回りの神様達と比べても一回りも二回りも幼いようだった。

 リリーはかいつまんで桜花に説明すると声を上げて笑い出した。


「あははっ、それは残念だね~、あの大天使リリー様が…くふっ」

「笑い過ぎよぅ!!」

「ほんとすみません!」

「しょうがないしょうがない、誰だって昨日今日で信じられやしないって。普通に生きてたらそれこそ魔法も神も触れ合う事すらあり得ないからね~。それに君新人君でしょ?」

 

 桜花が楓とルウを交互に見つめながら微笑みかける。


「は、はい!伊吹楓と言います。昨日ここに引っ越してきました」

「同じくルウって言います!」

「楓君にルウちゃんか~、私は清水桜花。この町の外れの山に住んでる神様です、これからよろしくね♪」

「こちらこそお願いします!」


「神様も普通に暮らしてるんですか?」

「いい質問だねルウちゃん。それは…」


 理由を説明しようとした桜花の言葉にリリーが覆いかぶせる。

 

「現世で生きるのも天界で生きるのも結局は神次第だからね、私とか桜花ちゃんみたいに人間に紛れて生きてる神たちも結構いるんだよ?」

「なるほどぉ…桜花さんから人間らしさを感じるのはそれだからなんですね~」

「!?それは…」

「ルウちゃんは小さいのに賢いんだね~、えらいえらい♪」


 今度は桜花が引き継いでルウの頭をよしよしと撫でまわす。


「この際楓君たちの質問に気のすむまで質問に答えてあげてもいいんじゃない?」

「そうねーそれがよさそう!さっ、どこから聞いてくれてもいいよ!」

「じゃあお言葉に甘えて、こんなにオープンにしているのに魔法も神様も認識されてないのはどうしてなんですか?」

「うーん、まず神様はねぇ…もし楓くんが他の人に『神様に会ったことある』って言われたらどう思う?」

「まず信じられないですね」

「つまりはそういう事なんだよ。人はまず何事も先入観が先立って『神様なんていない』と思い込んでるから、いくら人から言われたって信じにくいんだよね。それに神も自分が神だってアピールしたりしないから」

「そう言われてみれば納得です」

「魔法の方はもっと単純だよ?今の世の中魔法は使いずらいから魔法使いもおおっぴらにはしないだけ。今は科学の方が魔法を超えつつあるから廃れつつある文化と言っても過言じゃないかな」


 楓の質問に一つ一つリリーは細かく説明してくれる。

 その後も幾つか質問を重ねるうちに疑問点が解消したようでスッキリとした顔持ちになる。


「ありがとうございますリリーさん、桜花さん」

「役に立てて良かったわ♪」

「また何かあったらいつでも聞いてね?じゃあ仕事に戻ろうか」

「「はい!」」



 その後、宴会での神様の呑みっぷりは凄まじく、楓は若草のアシスタントとして厨房で主にお酒を準備し続け、それをルウ達が忙しなく運び入れる。

 そんな休む暇のない労働は深夜まで続き、布団に入れたのは二時を回った辺りだった。


「もう…無理っ…」

「わたしも…限界で…す」


 楓とルウは倒れ込むように布団に入ると数秒もしないうちに寝息を立てて深い眠りへと吸い込まれて行った。

 これから数日間絶え間無い忙しさで健康人でも大変な生活は元々不健康な楓にとっては猛毒になって牙を剥くのだった。

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