南方異境幻想ボマ族
【中世篇】時雨とエヴィルシリーズ
(1)までの原案 小西 裕 原題「レッズ・エララ異文」
(2)以降 8TR残田
(1)
レッズ・エララという世界は広大かつ混沌としてるもんだから、例えばある一時期の出来事を綴った歴史書であっても、180度見解が違うどころか固有名詞以外には共通点がない、という異書・奇書が多数見つかったりする。
歴史家達はそれらを並べて比べて正しい歴史を見出そうと喧々諤々やったりするもんだが、それらの歴史書が実際に起きた出来事を描いている確証はどこにあるのか。そもそも著者が一流のエンターテイナーで面白けりゃいいとばかりに史実の人物を性転換させたり超人にしちゃったりしてる可能性が……閑話休題。
ところでこのお話は、とっても強い剣士少女時雨ちゃんの語りからはじまる。お題は相棒のトーク力について。
エヴィル君は語学力がない。
や、間違った。えぇと…語力がない? なんて言うのかな、こういうの?
うーん、かっこよく単語を使おうと思うからダメなのかな。……つまり、読み書きは抜群だけど、聞き取ってしゃべるのが絶望的に下手っていうか。……うん、私、説明下手。
私の事はともかくとして。
エヴィル君は読み書きに関してホントにすごい。例えば、落書きにしか見えない古い文字をあくび交じりに読むし、あろうことか文法が間違ってるとか添削する。2本の線の交差の仕方で73億(だったかな?)の単語を表す言葉があって…うん、よくわかんないけど、それで書かれた手記の愚痴を一蹴したりも。
でも、国境を越えたばかりの村で畑仕事してたおじいさんのスラングは全然分かってなかった。
多分、エヴィル君はこの世界にある文字はほとんど読めるんじゃないかな。でもしゃべる・聞き取るっていう所は壊滅的。そうそう、辛うじて西方交易語と魔法使いが使ってる言葉が喋れるって感じだったなー。私と会った頃は。
旅に出るまで完璧な引きこもりだったわけだから、ろくに人と会話なんてしてないだろうし、絶対的に経験不足なんだよねー。当たり前と言えば当たり前の話で。結局のところ文字も言葉も意思疎通の手段なわけだし、コミュニケーションとるのが苦手だと習得するのは難しい。
……とは言うものの、日常会話……具体的には、店で御飯を注文したり、宿をとったりとかその程度のやり取りができるようになると、それから1日も経たず城砦の衛兵相手に自由自在に毒を吐き始めるあたり、やっぱり天才なんだなーって思うよ。
どんなに流暢に話せるようになっても、思慮とか配慮は全くしてないけど。
そんなエヴィル君。流石にボマ族の集落を訪れた時は青ざめてたなー。
「…なるほど、これが『人間には発音できない言葉』か。ついに神話に描かれてた現象と出会うとは…」
「そんな神様いるんだ?」
「神様っつーか化け物っつーか……いや、それはまぁどうでもいいんだが。どうしたもんだろな、これ。これは確かに幻の民になるわけだわ」
エヴィル君が珍しくぼやいたのは、この秘境で私たちを出迎えた異貌の住民・ボマ族の言葉、というより声が原因。
彼らは人でいうと鼻にあたるあたりに口を持ってた。そして、口にあたる位置にも口を持ってる。つまり口が二つ。大分私たちと違う見た目。うん、見た目は問題にならないんだけど(顔の半分より広い耳タブとか縦に割れた目とか、それより人間離れした外見の種族はいくらでもいるし)……。
「なんで幻の民になるの?」
「他の種族と意思疎通とれん。文字ないし」
エヴィル君の膨大な言語データベースにはボマ族の文字っていうのがないのだろう。という事は、彼らは文字を持たない民族、という事だ。
「会話会話(でコミュニケーションとれるじゃない?)」
「それができんて。あやつらの言語における全発音が和音、って…俺様にどうすりゃいいんだよ」
そう。ボマ族は二つの口で和音を奏で(というより、二つの音を同時に発生させて)、発音してた。
「基本の音節ですら音混ぜてるぞ。どう頑張っても発声器官が一つしかない身じゃアレは真似られんだろ。『舌を咽頭につけながら発音』なんてのとわけが違う。ないものはない」
「え。そうかな」
「え。…そうかな、て」
エヴィル君のレアな表情を見れた。
異邦人を前に、絶賛警戒中のボマ族の皆さんには申し訳ないけど、もうちょっと待っててもらおう。うん、怪しい人じゃない。敵意ないよ?
「口は一つしかないけど、最終的に音が重なってればいいわけでしょ」
「うむ」
「じゃあ、こう」
そして私は先ほどボマ族が発した声(音?)を出してみせた。初めてやったけど、ほぼ完璧に真似られてる。オリジナルの人達が驚いてるようだ(表情がちょっと違うように見受けられる)。
当然、エヴィル君も驚きを隠さず、
「…時雨君、いつ口を増やした? いや鼻から声を出せるようになったのか?」
とか言う。
「口は1つしかないよ。鼻には舌がないから流石に声出せない」
「じゃあ一体どういう魔術…いや、魔力は全く働いてなかったから…」
「さっき言ったけど、最終的に音が重なればいいわけだからー。
まず、『あ』を言って、即座に『い』を強めに発音すれば、私の口を出た瞬間にはちょっとずれてたとしても、エヴィル君達の耳に届く頃には音が重なるんだよ」
「おーぅ…。……理屈は分かったが、そりゃ完璧に剣聖の奥義だわ。貧弱黒魔術師の領域にはない肉体制御だ。例えフィジカルブーストしても音速を超える速度で舌と気管を動かすとか……あ、いや、待て?」
一瞬、目を閉じる。目を開けて即、呪文詠唱。右手の五指で中空に何か文字や図形を描いて、それがパッと淡く輝き、消えた。
そしてエヴィル君が口を開き—さっき私が真似たボマ族の和音を奏でた。
「そうそう、そんな感じ」
露骨に口の端を歪めつつ、エヴィル君。
「そんな感じ、じゃないって。俺様が時雨君の技を真似たら舌が千切れ跳ぶわ」
「じゃあ口増やした?」
「ちが…わないか。結果的にはそういうこったな。
そう、最終的に音が重なればいいんだから、じゃあ音を重ねる手段を取ればいいわけだ。時雨君は人間離れした高速発声法でいいし、俺様は魔法で口を増やした。…いや、鼻とか変形してねぇから。この辺りに」
と、鼻と唇の間(人中あたり)を指差し、
「風の精霊を固定化した。ついでに俺様の意思とのバイパスを繋いで…」
「なるほど。重ねる音を発音させたんだ」
「正解。声量やタイミングはこれから調整しようと思ってたが、思いの外上手く重なったな。流石俺様」
「やっぱり魔術って便利だね」
「…仕込みなしでアレをやって見せる時雨君に言われてもな」
そしてエヴィル君は集落の人達に向き直り。
「とりあえず、これでようやく交渉の窓口に立ったわけだがー…何でさっきより敵意が増してんのかね?」
「どう見ても別の人種の私たちが、いきなり自分達の言葉をしゃべり始めたからじゃない?」
「なるほど。…言葉を得ても異人種コミュニケーションってのは難しいもんだなぁ」
で。
結局、肉体言語と魔術的言語を適度に用いてボマ族の皆さんの敵意を一方的に解いたりした。
ボマ族の大秘境で出会ったモノについては、また別の時に。
(2)
エヴ「2つの口より発せられることばか。ダブルミーニングし放題やな」
ボマ族男「黒魔氏よ、ダブルミーニングしない言葉というのが【外界】のことばなのか?」
ボマ族遊び人「言の葉が重なってないとは、不便であり芸がないな」
ボマ男「我々は例えば【酒】を、上の口で【酔】を言い、下の口で【水】と言い、合わせて表現する」
ボマ遊「ゆえに、酒ではないものに酔った場合…上の口で【酔】、下の口で、例えば「車」と合わすわけだ」
エヴ「漢字…カンシブン基本コトノハの字に似てるな」
ボマ遊「下の口で【水水水】!が尿だ」
エヴ「いろんな意味でわかり易すぎるが、上の口で【水水水】!は涙か?号泣なんか」
ボマ男「黒魔氏はやはり才気なのだなぁ」
ボマ遊「あってるあってる」
エヴ「……ふと思ったのだが、【酔】という概念が、酒から分かれてるということは、もしやボマ族の醸造技術ってヤバみ?」
ボマ男「気づいたか。……黒魔氏に問う。【上の口】も【下の口】も、ともに酔わすもの。甘露のなかの醍醐たる。それが…この大秘境・オーズ界の、実質にして、頂点よ」
エヴ「!!」
ボマ遊「トィクル、というものをご存知かい」
エヴ(吸血鬼がここに絡んでくるか……口2つの吸血鬼出てきても驚くな、ってことか…)
(3)
エヴィル君の独白---
時雨君の考察は当たっている部分がある。部分点だ。く、悔しくなんかないんだからな!
俺様の会話能力が低い、というのは正しい。確かに俺様の「耳(リスニング)」と「口(スピーキング)」はよくない。理由は明白だ。何故なら「テキスト偏重」だからだ。
俺様の幼少期は、大雑把に言えば「リアル世界から隔離された4次元空間で、魔法コンピュータ相手に本を読みまくっていた」というものだ。多数の人との会話なんかあるかいな。そんなヒキー生活から世界に出て、やはりスピーキングとリスニングが弱いことは否めない。コミュ力もな。
時雨の独白---
「エヴィル君の天才っていうのの一つは、この不利(エヴィル君語でいうとこのでぃすあどばんてーじ)を、「個性」にしてしまったことなんだよね。変だよ。すごいよ。
つまり、「文章に偏ってる」自分。けれど、だからこそ「文章情報は完全に極めている」。おそらく、いろんな学問分野の、頂点から2番目くらいまでは確実に。
---なら、その様々なジャンルの【2番目の知識】を、縦横無尽に掛け合わせていって、とんでもない発想、理論展開をする。
これがエヴィル君の戦略で、それがそっくりそのままエヴィル君の【天才】な業績に繋がったんだよ。エヴィル君の研究分野をみればわかるけど、どれも「応用」「比較論」な学際領域(エヴィル君語)なんだよ」
エヴィル独白---(誰にも聴かれたくない)
「だが、俺様は知ってはいた。それは、世界の真実の根本原理には、まだ届いていないということだ。根本原理そのもののような、時雨君のような人間を見ているとだな……」
言語。ことば。
それは「情報」のことだ。名前だ。シンボルだ。記号だ。要するに、モノに対する名前ラベルだ。
ラベルを使うことによって、モノを正しく把握する。
だが、ラベルを言葉にしても、味噌ラーメンのジューシーさは、飢えた下からは遠のくばかりなのだよ深夜午前3時。
「モノ(実体)」そのものではないのだ。
さて、口が2つあるボマ族。
激高したボマ族を、我らが時雨ちゃんとエヴィル君が軽くボコった所で、なんとなく和解ムードが生まれてきた。なんでも、彼らが口にするには、
ボマ「強い奴は強い」
ということらしい。以下、ボマ族は口が二つあるので、ステレオにてお送りします。
最初の言葉が上の口で、後の言葉が下の口です。同時に言ってると読んでください。
ボ「強さとはパワーである」「パワーとは強さである」
エヴ「情報量増えてねぇよ」
時雨「ボマ族さん達の言いたいことはわかるなぁ」「戦いってそういうもんだよね」
エヴ「時雨君ホント器用やな」「俺様もな」
時雨「相手を持ち上げつつ自尊心を高めるスタイルだね」「両得でうはうはだね」
エヴ「ダブルミーニング」「これ意外に使えるかもな」
ボマ「ボ!」「ママママ~♪」
エヴ「歌うな」「唄うな」
時雨「あんまり情報量増えてないよ」「でもボマ族さん、ハーモニーすごいね」
和みムードになっていて何よりであるが、少し読みづらくなってきたのではなかろうか読者の皆様。すまん(めんご)。
で、エヴィルはいつものごとくボマ族の生態をきちんと観察することにした。そして、一つの結論を得た。
ボマ族の個々人は、個人ではない。「個」ではない。だいたい、誰かといつもセットになっている。そしてそのセット2人も、他のセット2人とセットになり4人となる。以下倍々ゲーム。
そして、ボマ族は、「族」でひとつの「体」と成している。
エヴ「耳は2つ、目は2つ。鼻も2つで、なら口も2つかい」
時雨「腕も2つ、足も2つ」
ボマ「陰部は?」「ふたなり!」
エヴ「やかましいわ」
論理は通っている。論理が通っていればこの世である。一安心である。一安心……?
ボマ族は他民族との交流がない、と前述した。それはまず、このような和声発音があるから、というのがある。だがそれ以前に、ボマ族は、他者との交流を、コミュニケーションを、必要としていないのだ。
ボマ族は……ボマ族という一つの集合生命体は、己で唄い、己で満足している。ボマ族曰く、「他者からの承認欲求とは、つまり比較論をベースにしているものだ。それでしか、楽しみを生み出せぬ貧乏人とは訳が違うのだ」とのこと。
エヴィル君、胃痛を隠しきれない!
ボマ「上の口からの言の葉を」「下の口が味わうのさ」
そんな永久機関な循環こそがボマ族だという。
ボマ族の家はジャングルの葉っぱを使った粗末な家だが、その葉っぱはいずれ朽ちて大地の養分となり、その養分が新たな葉を開かせ、ボマ族は新たな葉の恵みを唄う。
そんなボマ族の哲学と真っ向から対立するのが、吸血鬼である。
吸血鬼。簒奪者のプロ。人間から血を奪うことによって成立するその生。
「一にして全」のボマ族とは、違う。
ボマ「奪うとは」「愚かなる」
「貧しさを証明している」「作れないことを証明している」
「奴らは己を証明しようとしている」「その時点で何も残せない」
「そも、証明とはなんぞや」「そも、残すとはなんぞや」
「作られたものは」「滅びるもの」
「この世にあるものは」「いつか無くなるもの」
「我々は」「ボマ族」
「生きるもの」「ゆえにボマ族」
「無くなるもの」「しかしボマ族」
「楽しむもの!」「応よ、だからこそボマ族!」
……良くわかった。こいつらは、死に向かう人ではない。生そのものが、アートなのだ。アートの乗り物としての肉体ではない。存在そのものがアートなのだ。全身全霊で、唄を唄う生き物なのだ。
ボマ「だが」「ひとつだけ」
「黒魔氏よ」「剣士氏よ」
「教えてほしい」「お願いします」
きょとんとする俺様たちだったが、しっかり聴く。
「終わりに向かってまっすぐ生きるか」「終わりに向かってゆったり生きるか」
「我々は」「迷っている」
そこに込められた思いだが。
ボマ族は、吸血鬼を交えた全面戦争としての戦いの唄も、
拮抗せし現状を維持し、平和なるゆるやかなバラッドの唄も作れる。
まぁ、吸血鬼の血気盛んな簒奪者なんぞより、こっちが精神的高みに立っていることは間違いない。
だが、生き方の哲学が、ここで、ボマ族「内」で別れている。どちらの言い分も、とても良く判るのだ。
時雨「うーん、これ、困る話だよね。すっごく、困る話だよ……」
エヴ「ここまで来るとな」
時雨「でも、エヴィル君は、話さなきゃね」
エヴ「うん?」
時雨「組み合わせの、妙をね」
その時、心の中で何かがふっと風のように抜けた。
エヴ「そうか……」
エヴ「ボマ族よ」「回答だ」
「まっすぐ生きろ」「ゆったり生きろ」
「激烈に行け」「ゆるやかに行け」
「スーパー自由アドリブジャムセッション」「構築された美メロバラード」
「時に激しく」「時に美しく」
「緊張」「緩和」
「上の口」「下の口」
「お前らは」「ボマ族だ」
「2つの口の」「ボマ族だ」
「生きるがままに」「生きてしまえ!」
(時雨)
こうも論理展開されて鼓舞されちゃあ、ボマ族総出でむせび泣く武人泣きなのでありました。で、ここでお話は終わりかと思ったら、エヴィル君は、私に通訳を頼むのです。
エヴ「さすがにここから以下の話は、風魔術展開でではおっつかないから、時雨君のハイパーフィジカル声帯に頼ませてくれ」
ということで、私が翻訳したのは、以下のようなお話でした(最後以外)。
「ところで思ったんだが、【2つを同時並行出来る】のなら、別にお前ら、外界から【閉じる】必要も無いんじゃね?吸血鬼とタイマン張れるんだったら、別に世の中で引けを取るこたぁなかろうし。和声音楽については言うことすら野暮だ。
そもそも他者とコミュニケーションを取る必要もない、ってことは、別に他者を忌み嫌って排除する必要もないってことだ。お前らのやり方で世界に【開く】ことは、世界から見りゃあ【閉じる】ことにも見えるだろう。だが、世界からしたらバリバリに【開いてる】お前らの文化は、お前らがそもそも【閉じてる】からこそ育まれた文化だ。相対的比較文化論の初歩だな。
お前ら別に世界にビビってるってこともないだろうから、これくらいは言っといてもいいだろ。お前らは世界の楽しみ方を知っているから、自信を持って聴け!教えてやる!」
「世界の楽しみ方を!」「レッズ・エララ神話体系!」
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