第8話 ソエルズブートキャンプ入門編(デザート付き)

8話 ソエルズブートキャンプ入門編(デザート付き)

「では、帰る前に一ついいですか?」


「はい?」

 現在夕飯を食べて片付けも終わり、俺はこれから風呂に、ソエルさんは隣にある自分の部屋に戻るところだ。

 ちなみに今住んでいるのは学園の寮である。

 木造2部屋風呂、トイレ別の超豪華物件だ。家賃0ですよ。

 お金とかどうしてるかと言うとこれも学園から支給されているらしい。

 人間界の物も精霊界の物も基本的に持ち込めないので精霊とその契約者は生活する事が出来なくなるため、特別措置と言うわけだ。


「ヒカルさんにはこれから毎日これをつけて生活してもらいます。」

 ソエルさんはそう言うと持っていたカバンから何かを取り出しテーブルに置く。


 黒くて穴が空いた物体

「これは?リストバンド??」


「重りです。」


「重り??これがですか??」

 実際手で持ってみてもとても重りになるとは思えない。


「それは込められた魔力により重さが変化する布で出来ていて、体に巻く事で初めて重さが発動します。」


「へぇー便利な物があるんですね。ちなみにこれはどれくらいの重さなんですか?」


「一つ10㎏程です。」

 ソエルさんは難なく言うが……

 テーブルの上には4つのリストバンドもとい重り、


「じゅっ、10㎏て全部で40㎏……ですよね。さすがに重すぎるんじゃ……」


「勿論、素の状態では大変ですね。何をして欲しいかと言いますと魔力コントロールの練習 兼 素の筋力の強化です。」


「魔力コントロールと素の筋力強化?……筋力強化は分かるんですが、魔力コントロールって何ですか?」


「そのままの意味です。

 私達精霊を憑依して戦う人間は基本的に自身の魔力で肉体を強化し、契約者である精霊の魔力で魔法を使ったり、さらに肉体を強化して戦います。

 これは魔法抵抗力を持たない人間の体を守るためであり、そのために素の肉体の強化が重要なのです。

 魔力コントロールに関しては言わずもがな、私が炎を操れば済む話ですが、ヒカルさんの体で戦う以上はヒカルさん自身が魔力を操り、私はその補助、威力上昇や熱量操作に徹するのがベストです。」


「うんうんナルホドー」

 ダメだ何を言われたか全然分からなかった。


「……つまりまずは自身の魔力を完璧にコントロール出来るようになって欲しいんです。

 先程の練習でヒカルさん自身の魔力量は分かりました。まずはそれを着けたまま半日過ごす事を目標にしましょう。

 恐らく全力で肉体強化に魔力を回すと3時間程で使いきってしまいます。

 逆に込める魔力が少なすぎれば1日持ったとしても重さでまともな生活は出来ません。

 8割程の力なら半日持つはずです。」


「8割ですね。分かりました。でも肉体強化ってどうすればいいんですか?」


「先程の練習を覚えていますか?炎を各部に纏う練習。あれと同じです。目を閉じてイメージして下さい。」


 言われた通り目を閉じて、イメージする。

 炎を纏う、魔法を知らなければ燃えているように見えるだろう。

 ここに来る前ならまったくイメージが湧かなかっただろうが、散々練習した今は違う。

 右手を包む炎。それは物を燃やす熱ではなく、優しい温かさで腕を抱く炎。


「そのまま目を閉じていて下さいね。」


 右手がくすぐったいような、何かを巻いている??


「そのまま腕を上に持ち上げてみて下さい。」


 ??言われるまま持ち上げるが特に何も感じない。


「では目を開けてみてくれますか?」


「はい。」


 目を開ける上に持ち上げた右手を見るとその腕には


「え??」


 4つの重りすべてが薄赤く光った腕に巻かれている。

 が重さはまったく感じない。


「何か光ってるんですが、これが肉体強化……ですか?」


「はい。とは言ってもそれは初歩の初歩、魔力を集めただけに過ぎません。ここからさらに威力増加や速度増加、防御増加などの能力を付加して初めて実戦レベルと言えるでしょう。

 ですがそれは一人で戦う場合。私達は二人で一人です。

 とりあえずヒカルさんは魔力の量だけコントロールしていただければ性質変化や能力付加等は私が行いますので。」


「何か色々な要素があって大変なんですね。才能無くてすみません。」


「もう何を言ってるんですかヒカルさん。ヒカルさんは魔法について何も知らないんですから出来なくて当然ですし、練習の時も言いましたが普通なら憑依が成功しても、魔力を纏う事が出来るまで1ヶ月はかかります。これは凄い事なんですよ!」


 ソエルさんが珍しく大きな声を出す。


「いや~そう言って貰えるのは嬉しいですけど他に比べる人がいないと分からない、と言いますか、その……失礼なんですがソエルさんが気を使ってくれてるんじゃって思ってしまって。」

 正直自分に何かの才能があるなんて信じられなかった。今まで何一つ人より上に立てる物なんて無かったんだ。

 と、そんな暗い事を考えていたからなのか、右腕から意識が完全に離れた途端に腕が急激に重くなり床に前屈みで倒れてしまう。


「ったたた………」


「だ、大丈夫ですか!?」

 ソエルさんが慌てて声をかけてくる。


「あはは、大丈夫ですよ。しかし本当に重いんですね。これ。」

 言いながら重りを外していく。


「………この、重りも本当はもっと後から使う予定だったんです。何だか分かりますか?これ。」

 そう言って重りの一つを手にとる。

 そこには何かの刺繍が………


「???えっ……と足が4本あるから犬…いや馬ですか?いやしかしこの横から生えてるのは………羽??鳥じゃなくて………えっと~」


「……ゴンです。」


 よく聞き取れなかった。

「え?何ですか?」


「ドラゴンです!火を吹いてるドラゴンですよ!!」

 手をワタワタ振りながらソエルさんが言う。


 ドラゴン??

 と説明されてもとてもじゃないがドラゴンには…………

 まぁそれはいいか、家事万能だと思ったソエルさんの以外な弱点発見!!って感じでかなり胸キュンだし。


 今はそれより

「あの、何でこれだけ刺繍があるんですか??」


「さっきから言ってるじゃないですか!後から使う予定だったって。せっかくだからカッコよくしようと思ったんです!!」

 俺が何の刺繍か一発で分からなかったからご立腹らしい。ソエルさんが大きな声を出す事ってあまりないから新鮮な感じがする。


「あははそうなんですね。わざわざすみません。すごく嬉しいです。よく見るとカッコいいですねこのドラゴン!!」


「もういいです!ヒカルさんが寝てる間に全部刺繍入れようかと思ったけどそのまま使って下さい!」


 おっとマズイですね。これもしかしてマジギレしてるのか?


「ご、ごめんなさいソエルさん!その、俺そんなつもりで言った訳じゃなくて、その」

「そんなつもりじゃないって何がですか?」

 俯いたソエルさんの顔は髪で隠れて表情が見えない。


「それは………」

 ヤバいヤバいよ軍曹!!

 俺はどうしたら!!!?

(…………)

 軍曹!!軍曹ぉぉぉぉぉぉぉ!!!

(………ヒカル小佐)

 は!軍曹!

(君はもう答えを知っているはずだ。)

 そ、それは……しかし、軍曹!あれをやったら俺は、俺は!

(そうか……ならば君はそれまでの男だったと言う事。残念だよ小佐。)

 軍曹………


 やるしかないのか………

 いや仕方ないやるんだヒカル!

 今やらないでいつやるんだ!

 そうだ!今しかない!禁断の謝罪奥義、DOZEZA 行くぞヒカル!


「あの!ソエルさん!!」

「ヒカルさん」


「え?はい。」

 四つん這いの体勢のまま顔をあげる。

 目の前のソエルさんは正座して足の上に手を起き微笑んでいる。


「許してほしいですか?」微笑みは絶さずにソエルさんは言う。


「は、はい!」


「では目を閉じて下さい。」


「え?あ、はい。」

 言われるままに目を閉じる。と、


 ちゅっ

「え!?」

 唇に何か触れ驚いて目を開ける。


「やっぱりヒカルさんは困った顔の時が一番可愛いですね。」

 頬を赤く染めたソエルさんはそう言うと刺繍が入っていない重り3つを持って帰っていった。


 …………この日は眠れなかった。

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