番外 欠けた心の事件
読んでくれる方の主観によりますが軽い残酷描写があります。ご了承ください。
――――――――――――
地獄を見た。
一つの地獄を見た。
知っていて知らない、地獄を見た。
その時の記憶はないけれど、その地獄は…唐突に夢の最後に現れる。
〝決して〟忘れるなと言うように。
◇◇◇
蓮地と鈴奈がデートから帰って来た日の寝静まった夜。蓮地が相談に来る少し前。
「どうぞ、季吹さん」
水樹はコーヒーの入ったカップを季吹の前のテーブルに置いて、向かい側の椅子に座った。
「ありがとう水樹さん」
そのあと、季吹はカップに口をつけコーヒーを一口飲む。
カップをテーブルに置き、懐かしむように呟いた。しかし、その表情は喜びや嬉しさではなく、悲しみに溢れた表情だ。
「今日、あの時の夢を見たよ」
「……あれから16年ね」
「うん。蓮地が中一の時だっけ?どうやって気付いたのか、ショックしかなかった」
「そうね。入学式の日に知った事、あれが原因な気がするのよね」
入学式の日。
江菜がプロポーズをして現れ、その後に知った恋愛感情が欠けている事だ。
人を本当の意味で愛することができない。
蓮地自身から聞いたそれは、二人にとって言葉にならないほどに悲しいものだった。
泣くしかなかった。
子ども前だというのに、水樹は泣くことを止められなかった。
季吹は泣くことは留めてしなかったものの心が締め付けられた。
当たり前に、ごく自然に告げられた事が辛かった。
誰かを大切だとは思えるらしい。しかし、独占欲や庇護欲、欲が深いといった所までには至らないらしい。
しかも、何時行ったのか、病院に行って証明して来たというから尚驚いた。
蓮地の欠けた心。二人が考える原因かもしれない要因は16年前に遡る。
◇◇◇
寒い冬の日、それは突然報された。
『緊急速報です。今日、午前11時。陽野山病院が原因不明の全壊をしたとのことです。現在は瓦礫の撤去作業と同時進行で病院内の………』
パリン!!
水樹の手から皿が落ち割れる音がリビングに響いた。
水樹、季吹共に目を疑った。
心は不安と恐怖の焦燥に駆られた。
二人は車に乗り込み、直ぐに現場に向かった。
二人には友人がいた。 正確には季吹の男女友達がいた。
その二人も結婚しており、一週間前に子を授かった。
父となった友人とはブースは違えど同じ大手ゲーム会社リーフリンクで働く同僚兼ゲーム友達で、今日は昨日ゲームが完成し休みの日だった。
妻と子で癒されてくると言って病院に行く前に春咲家に来ていた。
それが三時間前。
(やめてくれよ)
季吹は速度規制ギリギリのスピードで車を走らせる。
それでも着くのに30分は掛かった。
車を降りた先は野次馬で一杯だった。
中には崩壊に巻き込まれた親族もいることだろう。心中は二人も似たような感じだ。
中に入って助けに行きたい気分で侵入規制のテープが貼られた前まで来ると、建物は一階の入り口付近以外原形を留めず瓦礫となっていた。
嫌な予感しかしなかった。
二人はテープの先へ立ち入ろうとした。
当然、目の前で警官に止められた。
二人は荒れた。
目の前まで来て感情をもう止めるなんて考えは捨てていた。
そして、助けに行くこともできずに、ただ涙を流すだけしか出来ないことを恨んだ。
三時間後。
病院内から消防隊がタンカー、そのまま担いで人を運んできた。
どちらも男性で白衣を着ていた。
医者だ。
その白衣は血濡れており、見るからに重症に見えた。
床に医者の二人を下ろすと、体をグレーのシートで全身を覆った。
亡くなっていたのか。
水樹と季吹はそう思った。
そう思いながら、どうか生きていてほしいと願った。
それから少しずつ、人が運び出されてきた。医者、患者、患者の関係者と様々な人達が崩壊した病院から出てくる。
しかし、その人達全てが亡くなっていたらしく、グレーのシートで覆い隠されていく。
それを見てか、見知った人か身内かのどちらかがいたのか、突然、泣き声を上げる人達が中にはいた。
居たたまれない、見ていられない気持ちが込み上げてくる。
しかし、まだ友人夫婦とその子どもが発見されていない。
どのくらいだったのか少なくとも一時間はまた経っていた気がしながら水樹達は病院だった建物を見ていた。
そのときには只の野次馬は既に帰っていた。
殴りたい、と水樹は思った。
興味本意で来るな、本気でそう思った。
言ってやりたいくらいだった。
しかし、言って何か変わるのか?それで亡くなっていた人達は救われるのか?友人夫婦の助かる要素になるのか?
(んなわけあるか!)
口にはせず黙って崩壊した病院を見ていた。
その時だった。
また新たに建物内から人が運び出されてきた。
まだ遠い。だけど、分かってしまった。
自分達が待っているしかなかった二人だ。
再び水樹達はテープを潜ろうとした。
当然止められたが、
「離せ!知り合いなんだよ!止めるなら殴る!」
後で脅迫罪になる覚悟でレディースの頭の現役の頃を思い出させる気迫で水樹が言った。
警官は恐怖を感じながらも知り合いならと同情の念で通した。
「叶実!」
二人の元に辿り着いた瞬間、水樹は真っ先に女性の名前を読んだ。
それが彼女の名前だった。
栗色の髪をしており、穏やかそうで可愛らしい顔をしている。
そして、その隣に下ろされた男性が叶実の夫である
細身で色白な少年のような童顔で高校生くらいにしか見えない眼鏡を掛けた、季吹の友人だ。その眼鏡も壊れている。
「残念ながら、お二人は」
付き添っていたであろう救急医がそう告げた。
見た目は多量出血以外外傷は見られない。
だが、二人を見た瞬間に感じてはいた。二人は助からなかったのだと。
声にならない程の水樹の泣き声が響いた。
その時、
「あ…う…ああああ!」
何処からか赤子の声が近くから聞こえた。
とても近い。
たどる先は叶実の腕の中。
まさかと思い。
救急医と消防隊の一人が叶実の硬直している腕をゆっくり動かしていく。
「……あう…うう……」
「……生きてる」
赤子が抱かれているのは知っていた。しかし、確認の使用もなく、声もなく、体温も赤子にしては冷たかったので亡くなっていると思い込んでいたらしい。
その後、病院内にいたであろう全ての人間を瓦礫から運び出されたが、生き残ったのはたった一人。
総勢約500人の中で母親の腕に守られ助かった唯一の生存者。
それが春咲蓮地だった。
蓮地の母の叶実は日向園という孤児院で育ち親はおらず、父の桜麻は両親を亡くしていた。
そこで、本来なら祖父母や叔父叔母に引き取られるところを水樹と季吹が頼み込み養子として、引き取ることにしたのだ。
それから蓮地は水樹達の息子として育てられ、災害事件の一年後に妹の鈴奈が生まれた。
叶実や桜麻の分まで鈴奈ともに愛そう、そう決意をし育ててから蓮地が12歳、中学一年後半。
夏のある日の夜、驚愕の一言を告げられた。
「父さん、母さん」
「蓮地、起きたのか」
「ううん、鈴が寝るまで起きてた」
恐らく、蓮地の部屋に行っており、寝付くまでいたというところかと、思いながら優しい兄だと考えていたが、そういう理由とは別だという事をこの後知った。
「じゃあ、蓮地も早く寝なさい」
「…ねぇ、僕の本当の両親ってどんな人?」
「「!!」」
二人は目を見開いて硬直した。
何故知ってる?
いつ、知った?
いや、そもそもどうやって。
事件の事を何らかで知ったとしても、一人、赤子が生き残ったのは事は知られていても、誰かまでは知られていないからだ。
引き取り先も伏せもらっていた。
故にそれが自分だと至るはずがないのだ。
聞いてみよう、と水樹が蓮地に聞いた。
「何で、そんな事聞くの?」
「……夢を見るんだ」
夢?突然なんだろうと思いつつ、真剣な表情の蓮地の言葉なので水樹も季吹も最後まで聞いてみることにした。
「誰かに抱かれている時に天井が崩れて突然叫びが広がって真っ暗になる夢」
そんな事があり得るのだろうかと信じられない思いになる。
話が本当なら、それは病院が崩れた時の場面なのかもしれない。
「そのあと、真っ暗で瓦礫で狭まった道を出口か何処かを目指して僕を抱く茶髪の女性の人と隣で何か声を掛けてくれている眼鏡の男性がゆっくりと歩くんだ」
間違いないかもと思った。
何故、夢として出てきているんだろう。
赤子の頃の時の事が何故?
これは余りにも残酷だ。
涙が込み上げる。しかし、息子が泣いていないのに泣くことはできないとグッと留めて話を聞き続ける。
また知りたいと同時に思ったのだ。
二人の最後を。
残酷な話をさせ続けているのを理解した上でも知りたいと思ってしまった。
「色んな人が血を流して、倒れてるんだ。声がなくて、二人は辛そうな泣きそうな顔で前に進むんだ。ごめん、すまないって周りの人に振り向いては言うんだ。僕に大丈夫って優しく語りかけてくれるんだよ。名前を呼んで。でも、曲がり角に辿り着く直前に天井が崩れるんだ。そしたら二人が僕を守るように覆い被さる。いつも楽しい夢の最後に見て目を覚ますんだ」
「……蓮地今、なんて」
聞き間違えだろうか、いや聞き間違えなどではないと信じたいが、しっかりと言っていた。
〝いつも〟と。
よく考えれば違和感がありすぎた。
淡々と普通に話すことに疑問をもつべきだったのだ。
水樹は喉をごくりと鳴らして恐る恐る聞いた。
「そ、その夢……いつから」
「7歳かな」
走って抱き締める水樹。淡々とまた答える蓮地をぎゅっと力一杯抱き締めた。
ああ、何で気づかなかったのだろうと自分を呪いたくなった。
見慣れるまでなにもできなかった。
無力だ。
水樹は思った。
季吹は自分に激怒した。
「馬鹿か、馬鹿か。話せ話せ」
すすり泣く声の後に蓮地が涙を流しながら水樹に、季吹に言う。
「……だって、だって!どうしようもないじゃん!それで誰か助けられるの?助かるの?生き返るの!?話してそれで……夢の中の人達は助かるの!?それに夢だからって真に受けた?」
確かにそうかもしれない。本当の両親は誰なんて質問をされなければ、只の悪夢と慰めるだけだったかもしれない。
水樹も季吹もなにも言えなかった。
それでも言って欲しかった。頼って欲しかった。
だから、今は泣いてほしい、目一杯泣いたら全部話そう。辛いかもしれない、それでも最後まで抱き抱えて守っていた叶実達の事を知ってほしい。
知らない二人の写真とか少ない二人の映る動画とか自分達が知りうる限りの事を話そうと心の中で決めながら蓮地に言った。
「頑張った、辛かった。だから、もう泣いて、泣いて吐き出しなさい」
「うう…うう……あぁ…」
水樹に言われ蓮地は水樹の胸に顔を埋めて泣く。
季吹も蓮地の背中側から抱き締める。
今度は自分達が守っているからという意味を込めて。
◇◇◇
あのあと、鈴奈には話さないでほしいと蓮地に頼まれた水樹と季吹はタイミングを窺って、鈴奈が隣の弓月とその家族とで遠出で遊びに行った日に二人の眠るお墓に蓮地を連れていった。
【冬木家之墓】と書かれた墓の前で蓮地は一人にしてほしいと言って暫く、墓の前に突っ立っていた。
それから命日の前日に蓮地は一人でいっているらしい。
一回目の命日で行かないと言うので辛いのかもしれないと思いつつ、一応二回聞いて確認していた。そして、「二人でお願い」と言って二回目は断るのだ。
そして、一人で行っているのを知ったのは三回目の命日の時だった。
そのとき、寺の和尚さんに墓の前で話しかけられたのだ。「蓮地くんの育ての両親ですか?」と。
何故その事を知っているのか尋ねたところ。
一人で来て、大声で泣いていたので話しかけたらしい。
ああ、本当に何で頼らないんだろうと何度も何度も、心の中で水樹は疑問を抱いた。
水樹はレディースの頭だった。しかし、一人の女性で今では母親。
子どものことになると精神はとてもじゃないが脆くなる。
いくらか話しているときに「ここに自分のもう一つの両親が眠ってるんです」と蓮地はいったらしく、そのときに知ったらしい。
事件の事も少し聞いたらしく、和尚さんもその時の事は葬儀をした事もあり覚えていたそうだ。
和尚さんは今、幸せかどうかを聞いたという。
そして、蓮地は幸せと答えた。
それは良かったと二人は安堵した。
だが、和尚さんが「しかし」と前置きしての言葉は受け止め難いものだった。
―――はい、幸せです。でも、これ以上は望めませんよ。………僕にはそんな余分な願いを持つ資格は……。―――
◇◇◇
「私達には見守ってやることしか出来ないままだけど、でも江菜ちゃん達なら救ってくれ気がする」
「うん、悔しいけどね」
本当の親でなくとも育ての親だ。この16年間鈴奈と一緒に愛を育んできた息子だ。
自分達で救えていない事が悔しくないわけがない。
あの時の言葉が、感情の欠けていた事かもしれない言葉だと気付けなかったことが、悔しくないわけがないのだ。
誰かの幸せを願って背中を押す子に育ったことは嬉しいが自分の幸せにも手を伸ばしてほしい。
だから、託すのだ。きっと感情を得たいと願うきっかけをくれた江菜なら、もう一度蓮地と幸せになりたいと思ってくれた雪なら、恐らく誰よりも理解している妹の鈴奈ならきっと幸せを望ませてくれると。
「でも、背中を押すくらいなら」
「そうだね。あとはいつも通り普通にする事だと思う。という訳で水樹さん明日も早いのでネズミ小僧」
「その微ギャグやめない?」
「ええ」
「ふふ」
その少しあと、蓮地から話を聞くことになった水樹と季吹だった。
―――――――――
ここずっと暗いストーリーで申し訳ありません。
次回は明るい予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます