第48話 助けてほしい!

 誰かの幸せを願う。これに嘘はない。


 僕はそれだけで嬉しかった。

 誰かの幸せそうな笑顔を見るだけで嬉しくなった。

 後悔なんて一つもなかった。


 だからこの願いは、間違いじゃないと思えた。


 けど、どうもそれは他人から見たら少し間違っているらしい。


 いつの頃か何かを忘れている気がした。


 薄々それが感情が欠けているという事で、その原因も何となく分かっている気がする事も自然と避けていた。


 もしかしたらこれが自分の為ではないのかもしれないと。


 ◇◇◇


「…ぁ…鈴!と、雪」


 公園に辿り着いた、すぐのベンチに鈴と何故か雪がいた。

 僕は一度、鈴から雪の方に視線を向け、息を整えながら尋ねた。


「……雪、どうしてここに」


「……えっと、息抜きで部活の友達とテニスしてた」


 今いる公園にはコートがあるらしく、そこで先程まで同じ部活の女子友と息抜きでテニスをしていたらしいです。


 事情を聞き終えると今度は雪から話し掛けられました。


「そうだ、蓮……聞いたよ。自分の為じゃなくて私達の為に恋愛しようとしてたって」


「う、うん」


 むっとした表情だけど、声はかなり怒気のこもったものに聞こえます。

 相当怒ってますね、これ。


「もう二度と…やらないで」


「善……」


 いや、そうじゃないでしょ。それは逃げに近い。二度とやらないこと。そうしてやっと向き合えるんだと思う。


「分かったよ。約束する……もし駄目そうな時は、その……た、た、」


 言わなければならない。


 逃げちゃいけない、逃げちゃいけない、逃げちゃいけない………逃げちゃいけない。


 でも、幸せのある道を歩こうとすると、心が砕けそうになる。


 こんなのは初めてだ。


 欠けたものが埋まったとき、それに耐えられるのかきっと怖いんだ。

 でも、


 ――私では頼りになりませんか――


 ああ、そうだ。

 きっと、この一言を言えば逃げそうになっても手を伸ばして掴んでくれる。

 それを信じよう。


 引っ張ってくれる人達をいつか僕が引っ張れるように。

 なら、進める。


「助けて、ほしい!」


 いつの間にか流していた涙でぐちゃぐちゃだ。

 でも、でも、言えた。言えたんだ。

 女の子の前で泣くのは恥ずかしいけど、止まらない。


 そして、泣いていると前から軽い衝撃が僕を襲った。

 その鈴が飛び付いて抱き締めたからだ。


「お兄ちゃん……助ける助けるよ。だから……頑張ろう。それとごめんね」


「…僕もごめん……」


 そう言って僕も鈴を抱き締めた。

 すると、顔を埋めて鈴も泣き出した。


 公園の入り口で何してるんだろうなんて考えは何処にもなかった。


 僕を好きになってくれた人にとっては悲しいことで、辛いことだとしっかりと気付かされた。


 僕が自分を含まない幸せは苦痛にさせるだけなんだって。


 だから、それで江菜さん、雪、鈴を笑顔にできるなら。欠けた心に感情を宿らせてみせる。

 自分を含めた幸福を目指して。


 と、そんな事を考えてしまっていた。


「……こんな身勝手なお兄ちゃんだけど手伝ってほしい」


「……じゃない」


 抱き締めているのにとても聞き取りづらい小さな声で鈴が何かを呟く。


「……じゃない」


「す、ず?」


「身勝手なんかじゃないよ!するいつでもどこでもお兄ちゃんの力になる。絶対に私が江菜さんが雪さんが恋愛感情を芽生えさせる取り戻させるから」


 バッと埋めていた顔を上げて、腫れぼった目で真っ直ぐ見つめながら僕に言ってくれた。


「そうだよ蓮。苦しいときは頼って、少しずつ取り戻して行こう」


「うん」


 ◇◇◇


 あのあと、雪は「疲れたから帰る」と言って、僕達と別れた。

 僕達はというと、気分転換に公園を散策しているところです。


「ねぇお兄ちゃん」


「なに?」


「……お兄ちゃん、キス…していい?」


 潤んだ瞳、少し尖らせた薄桃色の艶やかな唇を向けて鈴が僕に願うように言った。


 僕は横に首を振って言う。


「それは出来ない」


「それは、江菜さんがいるから?」


 その問いに僕は小さな笑みを浮かべて即答した。


「違う。鈴が一番分かってるでしょ。僕は何も感じないんだよ」


 好きって言われても、それがどうかした?という風に心に響かない。

 言われて嫌な訳じゃない。、雪に告白されたときも響くことはなかったけど、嬉しくはあった。

 だから、そんな僕がやるのは違う。


「僕が誰かにキスをするのは違うでしょ」


 鈴の事は勿論好き、でもそれは異性としてではなく、家族としての好き。家族とか友達とか大事な私物とか大切という好き。

 これは誰に当てはめてもそう。


 でも、鈴が僕に求めてるのはそれじゃない。

 兄としてではなく、一人の異性の男子として好きな鈴が求めてるのは鈴、江菜さん、雪が持っている特別な好き。


 恋愛感情


 僕にはそれがない。


 欠けている。


 それを分かってるから鈴はそれ以上、何も言わなかった。


「……そうだよね。ごめん、お兄ちゃん。でも、妹だからって否定しなかったのは嬉しかった!」


 そう言って小走りで前へ走っていく。


 その一瞬我慢して作った薄い笑顔が見えた。そんな笑顔を僕は作らせたくない。

 でも、今の僕は必ず、そういったことをさせてしまう。


 江菜さんは付き合う事で色々我慢してる。


 雪は一度、僕への恋心を捨てきれないまま、江菜さんに会うまでずっと我慢していた。


 そして、鈴も一度は告白して、それからは妹として僕と接している。

 でも、今は限定彼女。だから、気持ちが溢れてしまったんだと思います。


 嬉しい気持ちに嘘はない。これからも恋心が芽生えるように努めていくつもりです。


 だからこれからは、ずっと思いながら、考えないようにしてた気持ちを少しずつ出していこう。


「戻ろ」


 頷くと、鈴は歩くのではなくてくるっと回って僕の方を向いた。


「お兄ちゃん。私はお兄ちゃんが男の人として好き。それを覚えておいてね」


 目をつぶり、その言葉をしっかりと留めてから目蓋を開いてから鈴に言った。


「……分かった」


 ◇◇◇


 あのあと、弓月ちゃん達と合流して帰ることにした。

 お礼として帰りにファミレスでパフェを奢ることになった。


 自由に使えるお金は灯火程度となりました。


 そして、僕は樹の家に帰って自宅に戻ることを説明して荷物をまとめて帰ることにした。


 花火さんに一緒にお菓子を作る約束しているからまた来ることになるけど、困ったときに花火さん達にもいつか頼らせてもらおう。


 そして、バイクで春咲家へと帰って来たその夜。

 僕はリビングに足を踏み入れた。


「やっぱりいた」


 そこには父さんと母さんがリビングテーブルに座ってお茶を飲んでいた。


「蓮地、起きたのか」


「ううん、鈴が寝るまで起きてた」


 そう父さんに返すと何故か「ふ」と鼻で笑われた。

 いきなりで僕はちょっと引目に父さんを見る。


「ごめんごめん。蓮地が中一の時に一度似た返しをしたと思って」


 確かにそんなやり取りがあった。

 というかように真剣な話なんですけどね。


「父さん、母さん。僕、あの事を言おうと思う」


 二人とも驚いて目を見開く。

 でも、一瞬で落ち着いた表情になって母さんが「そっか」と言った。

 その時、二人とも何かを納得したような感じがした。


 僕はそんな二人に話を続ける。


「でも、今じゃないんだ。まだ言えない。いつになるか分からないけど。それでその時……」


「いいわよ」


 突然、母さんが承諾した。

 理解しているんだろう。この先の言葉が何なのか。


 そして、僕はそのあとの言葉にとても驚いた。


「ありがとう」


「ありがとう蓮地」


 どういう意味なのか分からないけど、父さんと母さんに感謝をされた。


 僕はそれが頼ってくれた事に対してだと、後で分かった。
















 その夜、僕は……地獄を見た。


 分かってるよ。


 決して忘れない。


 それでも僕は、もう迷わない。





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