第47話 たくさんいますよ。
成績優秀で運動神経抜群の文武両道、率先して行事に取り組み、困っていたら生徒でも教師でも手を差し伸べ、品行方正。それでいて高嶺の華と呼ばれてもおかしくない容姿。
ここまで聞けば大抵の人は一人でなんでもできる完璧美少女と呼ぶだろう。
レベルが違う、近付きづらい人物と思う者がいるだろう。
しかし、珠音女にそんな人はいない。
鈴奈は授業では問題の意図が分からなければ普通に教師に尋ねるし、自身困っていたら手を伸ばして頼ってくれる。
人に何か尋ねる時のちょっとした恥じらいや友人の木更弓月に絡まれるときのほんの少しイラついた表情が人間味溢れるものなのだ。
遠いようで鈴奈はとても近しい自分達と変わらない女の子だと、珠音女の全員誰もが理解した。
故に春咲鈴奈を憧れとして尊敬し〝お姉様〟と慕うのだ。
ただ、お姉様は嫌だと言うことで、普段は春咲さんや鈴奈さんと鈴奈の要望で呼んでいる。が、美海や悠、比奈のようにお姉様と呼び続ける者もいる。
そして、それを許してくれているから鈴奈もお姉様呼びを否定していない。
そんな彼女が中学三年になった翌日から様子が時々可笑しくなっていた。
殆どが休み時間やホームルームなのだが、上の空になることが増えたのだ。
それから少しして元に戻った。
なのに、また暫くして雰囲気が陰った。
その時、ある話が密かに広まっていた。
お姉様、新たな一面。
とある遊園地で彼氏らしき人と腕を組んで楽しく歩いていた、という内容だ。
たまたま来ていた同中の女子が来ていて、見たこと無い鈴奈の発見についつい撮ってしまったらしい。
そんな話が広まっている中で陰る鈴奈。
当然、話は続く、そのあと彼氏と別れることを告げられてああなったのでは。
もしそうなら、お姉様と別れた男は見る目がない。何故別れを告げた!?
許さない!
という怒りの念が学校の殆どの生徒から溢れていた。
どうにかして元気を取り戻してもらいたい。でも、プライベートな問題に突っ込んで良いものかと、体育を借りて鈴奈と弓月を除いた全女子生徒が悩みに悩んで珠音女子でもテスト期間に入った日にクラスメイトが代表で聞くことにした。
最初は何でもないと言われたが無理矢理にでもという勢いで聞けた。
そして、分かったのは。遊園地で一緒にいたのは兄だということ。
今、兄が悩んでいるらしいのだけど、分からなくて悩んでいること。
そして、ここまで話したのだから話すと言ってくれた内容に目を見開いた。
兄は誰かを好きにはなれても愛するという感情が欠けている事に。
それは確かに深刻だと思った。でもそれが悩みではなかったらしい。
最近恋愛感情を持とうというきっかけを作ってくれた女子と付き合い向き合っていること。
そして、それを踏まえての悩み――兄が自分の為ではなく、きっかけを作ってくれた女子やそのあと告白してきた女子の為だということを遊園地の時に確信してしまったらしいのだ。
クラスメイトの女子は良いお兄さんなんだなとは思った。しかし、向き合っているのにどこか逃げているとも感じた。
そして、それが問題なのだろうと理解したのが美海、悠、比奈の三人だった。
それでは何の解決にもならないし、このままだとずっとお姉様の悩み続ける姿をばかりを目にしてしまう。
いつものように凛と構えていてほしい、笑っていてほしい。
美海達は数人だけ残して、鈴奈の悩みを解消できないか話し合った。
その時、遊園地で写真をつい撮ってしまったクラスメイトの女子が言った。
「え?お姉様が異性として?」
「あの時の顔は乙女だった。間違いないよ」
「でも、」
「うん、普段のお姉様を見てたら」
普段の――学校の鈴奈しか知らない珠音女子の皆からすれば、余りにも想像できない事だった。
どこにでもいる普通の女の子だと理解していても。
しかし、それはそれで
「「「「「いいですね!」」」」」
禁断の恋。
女子校ということもあり女子しかいない学校で恋バナはここでは欠かせない存在だった。
とはいえ、その殆どが妄想やドラマ、少女漫画の感想によるものだ。
いや、だからこそ禁断の恋なんて要素に心が引かれないわけがない。
「それでお姉様を元気つけるにはどうしたら」
「お姉様のお兄様は困ったら相談すると言ってるのですよね。言ってないということは大丈夫という…」
「もしかしたら、自身でも気付いていないかも」
「「「「確かに……うーん」」」」
自覚が無いとするなら、直接聞いても意味がない気がする。
それならいっそ、その彼女さんに頼んでみれば……いや、その彼女さんも彼女さんなりに考えて接しているはず。
もしかしたら気付いている可能性だってある。
下手にお姉様を通じてお願いするは野暮ではないだろうか。
等々、考える。
「あの、お姉様はお姉様のお兄様の心情を知りたいのですよね。なら、いっそお姉様が分かるような状況を作れば?」
「……恋人のフリ、とか?」
「「「それ!」」」
誰かが呟いた瞬間、一斉に言った。
「ですが、きっかけは」
「それなら、あの写真を利用しましょう。弁解するには難しい状況だから恋人役をしてほしいとかして。あとは代表で誰かが見に行きましょう」
「「「お姉様のデレ姿……えへへ」」」
こうして、大変危険なにおい漂う珠音女子生徒の案で鈴奈と蓮地が恋人役をすることになったのだ。
しかし、
「お姉様の心情の方に詰めが甘かったですね」
美海は休憩所で弓月、悠に言った。
「ごめん、私もなーちゃんの事もっと見てれば」
「いえ、そうでなくともいつかは爆発していたはずです。それを私達が早めてしまったんです」
「でも、蓮地先輩も蓮地先輩です。もう少し人を頼って相談していれば、自分の気持ちに苦しまなくて良かったと思います」
確かに蓮地が誰かを頼ればとは思う。しかし、そうしないだろうと思っている弓月が否定した。
「それは無いですね。なーちゃんは自分の為に頼ろうとすることはあるけど、お兄さんは逆に自分の為に人を頼ろうとしないから」
親からもらったロケットを探してくれた時もそうだった。
あの時、弓月を帰らせても、3日かけて探し続けていてくれた。
そして、誰にも頼らずにたった一人で自分と一緒に探していたことを、弓月はよく覚えている。
「多分、本当に困った時にしかお兄さんは誰かを頼らないんだと思う。それも結局、自分の為じゃないと思うけどね」
「そうかもしれないですね」
「うん」
美海も悠も不思議と納得できた。
それは鈴奈の所へ行く前に蓮地は言っていた「誰かの幸せを願って何が悪いのさ」という言葉が確信をもたせるに十分な要素を持っていたからだ。
「なら、先輩は甘えることから覚えないといけないんですね」
「そういうことですね。時々遊びにいきましょう」
(お兄さん、あなたの力になりたい人、たくさんいますよ。だから、もっと頼ってください)
いつかそうなる日を願って弓月は心のなかで祈るように言った。
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