第11話 春咲蓮地を怒らせるな。口走るな

「弓月ちゃんどうする?」


「本当にこの密集した人混みの真ん中も分からないとこまで行くんですか?」


 弓月ちゃんは嫌だという表情を浮かべていた。僕も嫌だけど。


「なんでだろう。二人が巻き込まれてるような気がする」


「……なら先に行って確かめに行ってください。私もゆっくり行くので」


「つっかえるから?」


「お兄さん私で楽しんでるでしょ?」


「ストーキングしてた事の対価。もう言わないから」


「わかりました。……お兄さん一つ約束してもらっても」


「良いけど?」


「何故疑問形?まあ、いいや。彼女さんとちゃんと話し合ってください」


「うん」


 そして、僕は弓月ちゃんと別れて密集の中を強引に体を捻りこみながら一歩ずつ進んでいき、ひらけた空間に着いて見た一部始終は、


 どうなってどうなったの?


 ◇◇◇


 鈴奈さんとの話しが終わり蓮地さんの所へ戻ろうと提案しようとした瞬間、見知らぬ二人の殿方に話し掛けられました。


「そこの二人どうしたの?暗い顔だよ、なんか嫌な事でもあった?」


「良かったら相談に乗りますよ」


 一人は上を少しはだけさせた、いかにも遊び人の風体、もう一方は普通にしっかりとした服装でしたが、嫌なものを感じます。


 恐らく一人が遊び人として近づいて女性に一歩引いた姿勢を取らせてから普通の服装と丁寧な言葉使いでその方がいるからと安心させるというようなナンパといった所でしょうか。


 鈴奈さんは顔引き攣らせながら懸命に笑顔を返していますね。生理的に受け付けないのでしょう。

 何故分かるのかと言われたら、私もそうだから。


「申し訳ありませんがお断りさせていただきます。彼氏を待たせていますので」


「私も友達を待たせてるんで」


 鈴奈さんはなるべく明るい態度をとり、私は丁重にお断りいたしました。

 こういう方々引くことは無いのでしょうね。


「そんな事ないでしょー。君の方は目が赤いよ」


「そうだとして、私達があなた方についていく理由があると」


「おぉ怖い」と人小馬鹿にする表情。不愉快。

 はぁ、早く視界から外れてくれませんかね。


 作り笑顔で鈴奈さんも限界がきたようで二人のしつこさに睨み付けると二人はたじろぎました。


「行きましょう。江菜さん」


「はい」


 椅子から立ち上がり二人から離れていき、少ししてから「何するんだ」と言う声が背後から聞こえてきた。

 振り返ると服をはだけさせたナンパ男Aが鈴奈さんに腕を背中に捻曲げられ痛みで身動きをとれなくされている状態でした。


「お兄ちゃんが言ってた通りだ。きっぱり断って去る時に肩を掴んで身動きできなくするような奴がいるから気を付けることって

 。人混みのあるところでまさかとは思ったけど、生理的に気持ち悪くて受け付けないあなた達を警戒しておいてよかった」


 蓮地さんがそんな事を。驚きです。

 それとさりげなくとてつもない毒を吐いて男Aを拘束している鈴奈さんにも。


「全く、大人しくついてきていれば痛い目あうこと無かったのになぁ!」


 男Bが本性を露わにして後ろから殴りかかりにいきました。

 私は男Bの手を掴み身動きをとれない体勢にしました。


 私はその状態を維持し、一部始終を見ていた方に警備の方を呼んでいただきました。


 はぁ…くだらない。この二人は何故ナンパなんて事をしていたのか、好きでもない人を適当に見た目だけで誘って、遊んで何が楽しいのでしょうか。


 それに何故このようなことを私がしなくてはならないのでしょうか。

 本当、邪魔なんですよ、あなた方。


「い、いてぇ。離せよ」


 うるさいなぁ。もう少し痛い目みないと理解できませんか?


「!江菜さん、やりすぎです。そのままだと骨が折れます!」


 鈴奈さんの言葉で男Bを見てみると、私は男の腕を無理矢理背中に持っていっていました。

 私は思わず拘束力を緩めてしまいました。

 そして、その緩まった瞬間男Bは体を捻り、私は軽く飛ばされ尻餅をつきました。


 男Bはそのまま殴りかかろうとしていました。


「江菜さん!」


 反応が遅れてしまい間に合わないと思った瞬間目をギュッと閉じた後、殴られた時の鈍い音がしました。

 それなのにその衝撃と痛みが来ません。目を開けると目の前に蓮地さんがいました。

 男Bは困惑していました。


「は?何だよお前」


「か、彼氏で兄ですが、あんた達はゲス野郎ですか?」


 この時男性を睨む蓮地さんの表情は怖く。

 声も低く、雰囲気もいつもと違い呼び掛けられるものではありませんでした。


 ドゴッ ガシャ


 蓮地さんは男Bの顔面に拳を入れ、そのまま叩きつけられました。痛みに悶え転がり回っていると、蓮地さんに容赦の無い蹴りを腹部に入れられ近くのテーブルに衝突しました。その瞬間、周囲からは悲鳴のような声が上がりました。


「お兄ちゃん!」


「調子乗りやがって」


 鈴奈さんの拘束から抜けた男Aが蓮地さんに殴りかかりました。

 すると、蓮地さんは避けるのではなく勢いよく腕を振り回し、裏拳を繰り出すと男Aへに見事きまりました。


「ぺっ…いって、殴り合いをなめないでほしいな」


 蓮地さんは男Aの方へと向き直り距離を詰めて寄りました。

 蓮地は胸ぐらを掴み何かをなさろうとした瞬間、頭上を「終わり」の言葉と共に鈴奈さんが手を垂直に叩き落としました。

 すると先迄の怖い雰囲気が一瞬にして消えさりました。


「うぅ…あ、ありがとう。やり過ぎた。

 ふぅ…今回はこれで済ます―


 ―けどな二度と関わるな!」


「ぁ…わ」


 数分後、警備員の方が三人いらっしゃり、内二人の警備員さんが男二人を連れていかれ、もう一方ひとかたがこちらへこられました。


「事情は後で聞くからついてきてくれるかな?」


 ◇◇◇


 従業員用の出入口に入ると二人と別れて警備室に連行されました。


 人混みから抜け見た光景。

 男二人が葉上さんと鈴に拘束されてた所で一瞬呆然と見ていた時、無理半ばに鈴から逃れた男が殴りかかりに行く直前に僕は全力で走り真正面に立った瞬間、顔面一発のクリティカルヒット。

 そのまま頭に血が昇って殴っちゃいました。


 その経緯をそのまま話したら呆れられはしましたが、なんともすんなり解放されました。


 学校と家に連絡は?とそういう顔をしていたのかその警備員さんは「本当は駄目なんだが、俺も似たような経験があったんだ。今回だけだ」と言って帰るように促されました。

 警備員さんの彼女もナンパでもされていたのかと驚きました。


 聴取が終わってからお腹が鳴ったので時間を確認すると午後一時を少し回っていた。

 そして、従業員用の出入口を出た先で、事情聴取を先に終えていた鈴と葉上さんそして弓月ちゃんが合流してモールの大通りを区切るように設置された椅子に座って待っていてくれていました。

 出て来た僕に気付いた三人は猛スピードでこっちに来ました


「蓮地さん、大丈夫でした?」


「お兄ちゃん口切ってるんだよね?水買ってきたから」


「お兄さん当分は家で大人しくしないとですね、ぐす」


 おい。

 大丈夫とお礼をいってから口をすすいで捨てる場所が近くになかったので鉄分の味のする水を飲みこんでからスマホケースに入れていた絆創膏を貼りました。


「それじゃお兄さん、約束ですから」


「ん?お兄ちゃん約そ―」


「はい、なーちゃんは私と別の所で待と」


「ちょっ!分かったから自分で行くよー」


「恥ずかしいのか、なーちゃん。可愛いなぁ」


「きーちゃんのアホォ!」


 弓月ちゃんにずるずると押されて二人は離れていきました。


 去り際の一言で話があると言う雰囲気を作られ逃げる余地は無し。

 でも、ありがとう。

 もしかしたら逃げてたかもしれないから。


「……」


「……」


 二人だけになってからずっとモール一階真ん中に設置されている椅子に腰かけます。

 それからどう切り出そうか、迷ってから一、二分と経っても江菜さんは真剣な眼差しをずっと逸らさない。

 僕は意を決して口を開いた


「江菜さんすいません!」


「え?あの…」


 僕は椅子から立ち上がり頭を下げました。突然謝られて江菜さんは当然困惑。


 そして、僕はさっき鈴を連れて何処かに行った弓月ちゃんと話し合って、都合が良いから利用して付き合うことにしたという気持ちを抱いていたこと、でも利用してまで付き合いたくない諦めたいと思った事を話しました。


 江菜さんを見てみると瞳に涙が溜まって、歯を噛みしめて泣くことを堪えています。

 肩も震えてます。

 でも、言ったらこうなるなんて分かってた事。


「蓮地さん…歯を食いしばってください」


「え?」


 ばちん


 突然のことで何が起こったのか分からず、僕は江菜さんの方に顔を戻すと、瞳から涙が溢れ落ちていました。

 大粒でぼたぼたと。


 そこでタイミングよく痛みが走り引っ叩かれたのだという実感を覚えました。

 引っ張叩いた江菜さんは僕の肩に顔を埋め「馬鹿蓮地」とくぐもった声で囁いた。


「馬鹿です…嘘つきです…ご自身の恋愛に興味を持てるように頑張っていかれるのでは……なかったのですか…」


「……」


「諦めたい……私はその言葉、聞きたくありませんでした」


 数回だけ。

 告白をして断られてその人達は僕の方に口答で報告に来た。

 その時の顔は辛さ、悲しさを我慢していました。

 でも半分は気持ちを伝えられて良かったという表情の人がいました。

 僕は知ってる。

 でも知ってるだけ。

 実際に告白をしたことも見たことも無い。


「一瞬でも思った事、反省してくださいね」


「はい」


小さく呼吸をして江菜さんは僕に尋ねた。


「それで蓮地さんはどうしたいですか?」


 江菜さんには言わなかったけど、もし、江菜さんが弓月ちゃんの言った通り何か理由があって付き合ってくれていたとしても、僕はそれを無下にした。

 それでも 、


「江菜さん」


 呼び掛けると江菜さんはぐっと感情を呑み。

 離れるとつい先程まで泣いて埋めていた顔は既にじっと逸らす事の無い強く、それで優しい瞳で僕を見ていました。


「僕は、僕の思ったことは許されないことです…でも諦めて二度と恋愛感情に向き合えなくなるの嫌です。でももっと嫌なのは江菜さんの好意を最悪な形で壊してしまうことです……だから、だから僕は諦めたく…ないです」


 江菜さんは考えるように俯いてそれから沈黙が続く。駄目かな。でも、それならそれで受け入れるしかないですよね。


「蓮地さん」


 顔をあげて僕を見た直後、江菜さんの手が右頬に触れると突然抓られた。


「え、江菜ひゃん?」


「諦めようとして交際を相談も無しに切ろうとした罰ですぅ」


「いででで」


 左頬も抓られ左右に引っ張られる形になりました。


「何か仰ることは?」


「すみまひぇん。反省していましゅのでゆるしふぃへふらはい」


「はい」


 眉を八の字にして困ったようにしながら笑って少し楽しそうにしていた。


「こんなわがままな僕で良いですか?」


「勿論です。私の好意はこんな事では消えることはありませんから」


 ニコッと赤く腫れぼった目で笑いかける顔が妙な安心をくれました。


「江菜さん」


「はい。何でしょう」


「江菜さんって僕と付き合う事に際して何か隠していることあるんですか?」


 直後、江菜さんの表情は暗くなりました。


「………蓮地さん」


「はい」


「私、帰ります」


「え」


 低い声で言われ何も言えませんでした。

 そして、江菜さんは椅子から立ち上がってこの場を離れていきました。


「お兄ちゃ〜ん!話…は」


 そろそろ終わったかなと思った鈴と弓月ちゃんが戻ってきて、目の前の状況を察して鈴は言葉を切りました。


「お兄さん、彼女さんは?」


「帰ったんだよね」


「え?嘘、お兄さん」


 僕は頷きました。

 なんで、何でもう、聞かなくても良いことを口走ってしまったんですかね。

 分かってる信じきれなかった。こんな僕を好きになる理由があるのかと、きっと別の理由が本当にあるんだって。

 後悔が僕の心を満たしていく。


「僕が悪いんだよ。結局僕は江菜さんを信じきれなかった。それだけだよ」


「お兄ちゃん…あのね…」


「…いいよ鈴。言わなくて」


 やっぱり鈴は多分聞いて知ってるんだと思います。だから躊躇っている。自分が言うべきではないから。


「じゃあ、これは聞いて、江菜さんはお兄ちゃんを事はない……それだけは信じて」


 僕は鈴の言葉に小さく頷いて理解を示しました。


「あと、私はお兄ちゃんのこと愛してるからね」


「それ今いる?なーちゃん」


「いるよ。ね、お兄ちゃん」


「とりあえずお兄さん帰ります?」


「…むぅ……ところでお兄ちゃん、あのキレ具合凄かったよ。まるでお母さんから聞いた昔のお母さんみたいだった


「…え、どうゆうこと?」


 突然、こんな話どうしたんだろうと一瞬思いましたけど、元気づける為と直ぐに分かりました。

多分僕は今、酷い顔をしているのだと思います


「知らない。お母さん昔レディースの総長だったんだよ。流石、かっこ良かった♪」


 可笑しくないくらいに反発すると怖いし殴り合いには詳しいし。納得。

 しかもレディース総長だなんて。

 道理で喧嘩慣れしてると思いました。


「お兄さんのキレ具合みたかったなぁ。なーちゃん詳しく教えてくれたまえ」


「良いだろう。教えてしんぜよう」


「やめてよ」


 それから二人に元気付けられながら家に帰っていきました。


 翌日。

 江菜さんとは電話にも出なくてCOMINEにメッセージを送っても既読すら無かった。

 僕はなにもすることが出来ず、ただ改めて気持ちを整理していくだけの日々を過ごしていくことになった。

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