第7話 妹は認めない

 お兄ちゃんに彼女ができた。

 自分の恋愛に興味が無く、好意を向けられても気づかないお兄ちゃんに。

 恋愛助っ人をするくらい他人の恋にしか興味無いお兄ちゃんに。私だけのお兄ちゃんに。


 異性として見られてなくても恋人に発展とかどこのラノベだぁぁぁ。


………


 相手の名前は葉上江菜。

 お父さんの勤務先のゲーム会社リーフリンクの社長の娘。所謂、社長令嬢。

 綺麗な黒髪、穏やかな顔立ちでスタイルよくて胸もある。


 …ん…私もまだこれから。


 その人はお兄ちゃんの高校入学式の日に訪れた。

 訪れた時に着ていた制服は日本で有名なお嬢様学校のもので偏差値も高いと聞きます。

 そんな人がお兄ちゃんを好きになった理由が自分が乗車していた車の前に飛び出した猫を危険を省みず助けたこと。


 私が小六の頃。ある時服を汚し大小様々に切り裂かれた服で帰って来た事がありました。

 その人から聞いたから不服だったけど『カッコいい』と思った。


 けど、それだけで惚れる?

 私はお兄ちゃんが好きで事情を知れば受け入れるかもしれない。

 だから江菜さんには何かあるのではと思っています。

 別に悪いとは言ってないです。

 可愛いし、お兄ちゃん自身が恋愛感情にも目を向け始めるきっかけを作ってくれた。

 私には出来なかったことだから。


「春咲さん……春咲さん、大丈夫?」


「…何がですか?」


「何も無いなら良いの。これ課題のプリント」


 珠音たまね女子中学校。それが今私が通っている学校です。

 因みにクラス委員長をしています。

 生徒会に勧誘はされたけどお兄ちゃんとの時間が削がれるから断り続けて三年生でようやく解放された。


「ありがとうございます。確かに受け取りました」


。どーうしったの」


 課題のプリントを回収した後、後ろから女子が腕を首に絡めて何故かアカペラ風に話しかけてきた女の子。

 私をなーちゃんと呼ぶ女の子は世界広しと言えど一人しかいない。


「きー、コホン。木更さんおはようございます。そして離れてください」


 睨みつけると、


「いつも羨ましい」

「私も一度してみようかしら」

「本気で冷たい眼差しで見られるかもしれないよ」

「それはそれで」

 なぜか周囲がこうなるから離れてほしい。

 この状況を楽しんでやってるからきーちゃんは絶対に止めない。


 木更弓月きさらゆづき通称きーちゃん。小学三年生からの付き合いの幼馴染で私が唯一素をさらけ出せる親友です。

 きーちゃんは小学三年生になって直ぐにお父さんの都合で転校してきて今では長い付き合いの親友。

 中学では陸上部に入っていて今少し日焼けしてる。


「ごめんごめん。離れる……で、何かあった?」


「……特に何も」


 と言いながらきーちゃんを私の傍まで小さく手招きする。


「と言いながら何かな?」


 弄るな。


「後で昼休みに屋上で話すから」


 きーちゃんは頭を掻きながら少し考えるようにして黙り込んだ。

 考えるの?

 でも、特に意味はないと思う。


 キーンコーンカーンコーン


「わかった。じゃあ後で」


 チャイムが鳴ったので自分の席に戻っていった。


 ◇◇◇


 昼休み。

 屋上は稀にしか生徒は来ないから普段は私ときーちゃんの二人だけ。今日も貸切状態の屋上ベンチに座って心地好く昼食を摂っている。

 今日はお兄ちゃんが弁当番。

 私は宝箱を開けるわくわく感と似た感覚で弁当箱の蓋を開けた。

 今日は鶏の梅しその唐揚げ、ホウレン草と油揚げのお浸し、アスパラベーコン巻き、だし巻き玉子でご飯少なめのお兄ちゃん手製の鯖フレーク混ぜご飯。

 彩り豊かでお母さんには悪いけど毎回じっくりお兄ちゃんのはより味わって食べてる。


 食べ終わるときーちゃんはベンチから勢いよく立ち上がって私の真正面に立った。


「それじゃあ。鈴奈嬢。最近の様子も含めて何があったか洗いざらい話してもらおう」


「洗いざらいって、そこまでの事じゃないよ」


「チッチッ。何言ってんの。いつも落ち込む顔するときは大抵、お兄さん絡み。そして今回もお兄さん絡みぃ!」


 隠しても無駄と顔が自信満々で探偵風に言ってくる。

 お兄ちゃんが大好きと胸を張って言える。

 けど、珠音の生徒や先生にはしっかり者で定着してしまっているから聞かれたくないし知られたくもない。

 恥じらいは私だってあるんだよ。

 恥ずかしい。


「さあ話せ、重度のお兄ちゃん愛の鬱憤うっぷんを」


「うああもう、大きい声で言うなあ!」


 私の顔は耳まで真っ赤になってるとわかるくらい熱かった。

 証拠にきーちゃんはしてやったりという顔だ。


「素直な反応でいつもよろしい」


「いつか報いを受けるよ」


「はいはい。じゃあ話して」


 雰囲気も声も突然真面目になった。

 そこまで身構えることでもないと思うんだけど、きーちゃんは「友達なんだから真剣にもなる」と小学生の時に言われました。

 そんなきーちゃんだから普段の私を出せる。

 でも、小6辺りからは楽しんでるきーちゃん。


 そして私は素直にお兄ちゃんに彼女ができた事、その彼女には何かあるかもという事も話した。


「なるほどね。それで最近落ち込む事が多かったわけか」


 見てる方からすれば私の姿は考えているようにしか見えないと思うのだけど。

 そこは長い付き合いだからと納得した。


「でもお兄さんに彼女かぁ。何か想像できないなぁ。お兄さん、自分の恋には興味無さそうだし」


 実際そうなんだけどね。でもこればかりはきーちゃんでも教えられないしそう易々言っていいものじゃないもん。


「にしても聞く度お兄さんが好きだってのを理解させられる」


「ふふん、当然」


「そこで一つ提案じゃ。お兄さんが彼女さんとデートするような予定があればこっそりついていくってのはどうよ?」


 提案には賛成。

 江菜さんのお兄ちゃんを見る表情を見て判断する事もできる。

 けど、本当にお兄ちゃんの事が純粋に好きとわかったらどうしたらいいんだろう。

 認めるべきなのかな。

 その時はその日の私に任せよう。


「…なら、きーちゃんも付いて来てね」


「いいよ、面白そうだし。それに普段のなーちゃんなら突っ走りそうで不安だから」


「一言余計」


「アハハ♪」


 ともかくお兄ちゃんにさりげなく家で聞こう。


 ◇◇◇


 ガチャ


「ただいま」


「お帰り、鈴」


 お兄ちゃんも今帰ってきたみたいで玄関でばったり。

 出迎えでなくても会えたことが既に嬉しい。やっぱり兄妹の運命力の方が強い。


「お兄ちゃんも今帰り?」


「特に何も無かったからね」


 今日は江菜さんに会ってないのかな。


 ああ、お兄ちゃんに向かって飛び付きたい。でもちょっと前にお兄ちゃんに『最近スキンシップが多い』と言われて兄離れという名目で止められてる。我慢できないけど我慢しないと。

(『ううん。素直にダイブするべき』(素直)

『いいえ、私は我慢を貫き兄離れ期間が終えるまで耐えるべきです』(堅実)

『私も今は我慢するべきだと思う』(私)

『私はどうでもいいわ』(ツン)

『なら、もう夜にこっそりベッドに入るのはどう?』(セクシー)

『『『『それはダメ』』』』(4人の鈴奈)

 頭の中で色々思考しているのが体にも現れていたのかお兄ちゃんが「大丈夫」って心配してくれた。やっぱり優しい。大好き。


 丁度今お兄ちゃんと二人だけだし聞いてみることにした。


「お兄ちゃん今度の日曜日お出かけしない?」


「ごめんな。日曜は江菜さんと出かける予定」


 断られるのは残念だけど、好機には変わりない。

 声に出さずに心の中で喜んでおこう。


「土曜は駄目なの?」


「土曜はきーちゃんとの約束があるから」


「木更ちゃんとか。よろしく言っておいて」


「わかった、お兄ちゃん。妹に任せて」


「大袈裟だよ」


 この流れは撫でくれてもいいのにお兄ちゃんはそのまま部屋に向かう。

 すると心の底から何かが上がってくるのが感じる。

 でもこれは解き放ってはいけない気がする。

 リビングの方の扉が開いてお母さんが出てきて意識が戻った。


「鈴奈?何してるの?先に手洗いしときなよ」


「は、はい」


 洗面所で手洗いを済ませた後部屋できーちゃんに結構日を伝えました。


 ◇◇◇


 日曜日が待ちきれなくて最近よく眠れていません。

 理由は蓮地さんからデートに誘ってきてくださった事です。

 当面は私からアプローチをかけた方が良いと考えていたので虚をつかれた気分です。

 どうしたらこの気持ちを静められる事ができるのでしょうか。


「――っ!」


 ベッドにある枕に顔を突っ込み脚をバタつかせながら私は待ち合わせの場所と時間を聞き忘れていた事を思い出したのでベッドから起き上がりました。

 そして、勉強机に置いてあったスマホを取って電源を入れてCOMINEのアイコンをタップして蓮地さんとの会話画面に切り替えました――


《江菜》蓮地さん。今よろしいでしょうか?



《SL》大丈夫ですよ。

 グッドスタンプ

 どうかしました?


《江菜》いえ、特にこれといった事は何も。

 ただ、デートの待ち合わせ場所と時間を伺い忘れていたので。


 ………


 突然COMINEの無料通話の着信音が鳴り響きました。表示されたのは。


「もしもし。蓮地さん、こんばんは」


『こんばんは。突然通話モードにしてすいません。こっちの方が早いので』


「その通りですね」


 この変哲も無い蓮地さんとの会話が安心します。スマホ越しの声でも瞼を閉じれば隣に蓮地さんが側にいるように感じます。

 明日にでも会いに伺おうか迷ってしまいます。


『もしもし江菜さん?』


「は、はい!」


「えっと、日曜日はモールの駅の入り口前に十時でどうですか?」


「分かりました。それでは日曜日はよろしくお願いいたします」


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 胸が声を聞くたび熱くなります。私はやっぱり貴方の事が 、


「好きです」


『……それは、どうもありがとうございます』


「………あの、もしかして。いえ、もしかしなくても、声に出ていましたか?」


「はい。はっきり」


「〜っ!」

 どういうラブコメ展開なんですか。

 こんなのはブッブーです。

 私は穴の変わりに枕に顔をうずめました。


 落ち着きを取り戻して私は再びスマホを取り蓮地さんに謝罪を申しました。

 蓮地さんも流石に動揺していましたが大丈夫ですと仰ってくれました。


「それではそろそろ失礼致します。日曜日のデート楽しみにしていますね」


「はい。それじゃあ」


 スマホを机に置いてからそのまま椅子に座り今の気分に浸ります。


「江菜、どうかした?」


 どうやら音が外まで聞こえていたようです。


「何もありません」


「そう、ならいいけど。まだ3日だけど彼氏君とは楽しくやれてる?」


「これからですね。でも、とても楽しく幸せです。今度の日曜日はデートなんですよ♪」


 私はこの気持ちを伝えるべく明るい声で母様に言いました。


「そう。なら、その気持ちを忘れずに彼を落としなさい。応援してるから」


「はい」


「うまくいったときは話、聞かせてね。ゲームディレクターとしてシナリオにしておきたいから」


「それだけはやめてください!」


 母様は笑いながら『冗談』と『おやすみなさい』を言って部屋の側を離れていきました。


 ◇◇◇


 日曜日当日。


 ついにお兄ちゃんと葉上さんのデート当日。お兄ちゃんは靴を履いて家から出るところ。


「行ってきます」


「ああ、楽しんでいきなよ」


「お兄ちゃん。気をつけてね」


「うん。じゃあ行ってきます」


 お兄ちゃんが家を出たので私も直ぐに後を追う。家は隣だけど、きーちゃんとは途中駅で合流予定だ。


「じゃあ私も行くね」


「一緒に出れば良いのに」


「良いの。お兄ちゃんを見送るのは妹の役目」


「はいはい。気をつけて」


「了解。行ってきまーす」



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