第17話 揺れる心
ど、どうしましょうっ!? まさかの展開だわっ!
隠匿の魔法で顔もよくわからない状態の私を、殿下はそういう意味で気にかけてくださっていたということ!?
これは本格的に配属先の変更を掛け合った方がいいのかしら!? 今度こそお父様にも協力してもらって確実に!
ついついにやけそうになるのをお茶を飲んで誤魔化す私を見て、リリアーヌ様がにっこりと笑った。
「でも無用の心配でしたわ。殿下にそのことを聞いたら、ダイアスタ嬢があまりに何もしてこないから、訝しがるのも途中から忘れていたそうですの。私しか目に入らなかったと言われましたわ」
リリアーヌ様釘さすのはやっ!
何なのですか、その笑顔は勝者の笑みなのですか!? 「お前なんか眼中にないのよ」ということですか!?
ちょっと夢見ることも許さないなんて、この
テーブルを挟んだこちら側はブリザードの中に居るかの如く極寒です。
アルベール殿下は、顔を合わせたフィリーレラという可笑しな魔法を使う令嬢を知ってはいても、リリアーヌ様に夢中で途中から忘れ去り認識の外。
良いのか悪いのかわからない現実を突きつけられてメンタルを削られた私に、リリアーヌ様は畳みかけた。
「それで、ダイアスタ嬢はなぜ騎士に? いつからです?」
「少し前からですわ。理由は……そうですね。リリアーヌ様がこのことを誰にも、アルベール殿下にも口外しないと、公爵家の名に誓ってくださるならお話しますわ」
口止めは必須です。
今や殿下のご婚約者であるリリアーヌ様ならば、たとえ口約束だとしても、公爵家の名に誓ったことを破りはしないでしょう。
さぁどうします? と、挑発的に笑んでみせれば、リリアーヌ様はしばらく見極めるように私を見つめた後、小さくふぅと溜息を吐いた。
「……殿下にも、とわざわざ言ったからには、殿下に少なからず関係しているのでしょう? 婚約者として見逃すわけには参りません。いいでしょう、シャーディヨン公爵家の名に懸けて一切口外しないと誓いますわ。何でしたら誓約書でも書きましょうか?」
「いえ結構です。書面に残せばどこから取引のことが漏れるかわかりませんから」
それにしても噂通り聡明な方ね。たった一言で見抜きますか。
何はともあれ口止めは出来たのですから今日の目的は達成されました。あとは計画のことを素直に話すかどうか、ですけど……。
取引を持ち掛けた後からリリアーヌ様のお顔から笑みは消え失せている。
それだけ真剣ということですわね。女として、ここで変に誤魔化すのは失礼ですわ。
「では、私の計画についてお話しいたします」
とくと聞くがいいですわ、我が渾身の計画をっ!
「……、……」
私の計画について聞いたリリアーヌ様は、何とも言えない残念なものを見る顔で私を見た。
「その、アルベール殿下は王族ですもの。私だって殿下が決められたなら側妃を娶ることは受け入れますわ。でもその……もう少し別にやり方はなくて?社交界で仲良くなるなり、外堀から埋めるなりやりようはあるでしょう?」
……どうして私はアルベール殿下のご婚約者に側妃になる方法について諭されているのでしょうか。
真っ向から対立して敵に回られるよりはマシ……なのかもしれないけれど、どうにもこう、馬鹿にされている気がする。
「国王陛下の後妻で第三王子殿下のお母君だった方も元は騎士ですから、騎士になって距離を縮めるという発想を否定はしませんのよ? でも些か可能性が低くはありません?」
「そんなことは――って、え? オーブエル殿下のお母君は騎士でしたの?」
「まさか知らなかったのですか?」
心底驚いたように言うリリアーヌ様に曖昧に頷く。
ソーラント王国の国王陛下が今までに二人、妃を迎えたことは知っている。
……国中に伝わる悲劇のお話ですもの。
一人目のお妃様は身体が弱く、アルベール殿下と第二王子殿下を産まれてすぐお亡くなりになった。その後、後妻となった方がオーブエル殿下を産まれて数年間は平穏そのものだったけれど、ある視察の途中、不慮の事故に遭われてこの方もお亡くなりになってしまう。
それが十二年前のこと。以来、国王陛下は誰も妃に迎えず、お二方を偲ばれ続けている。
まだ私が五歳の時の話だから、物心ついた頃からずっと、国王陛下はお一人でいるのが当たり前に思っていたし、殿下方も優しくて、お母君がいない寂しさなど微塵も感じさせなかったから、その事についてはあまり実感が湧かなかった。
――そのお妃様のお一人が、まさか騎士だったなんて。
オーブエル殿下はお母君が騎士だったことを知っているのかしら? たぶん知っているわよね。
なら、同じ女騎士である私が近衛として側にいることをどう思っているのかしら?
殿下の負担に……なっていないかしら?
「ダイアスタ嬢? どうかされました?」
下を向いて黙りこくった私にリリアーヌ様が声をかけてくる。
あぁ、いけないわ。今上を向いたら、酷い顔をしているのがバレてしまう。
「大したことでは……っ」
何とか笑顔を取り繕って顔を上げた瞬間、ぽろっと雫が頬を流れた。
「ダイアスタ嬢!?」
もう、いやだわ。
優しくて温かいあの方の笑顔を、私が曇らせていたらどうしましょう。穏やかでアジリオさんが遅刻しようが怒らないあの方のことだから、思っていることも胸の内に抱えて隠してしまいそう。
あの大きな扉の内側で、ひとりで苦しんでいたら、苦しませていたら、どう償えばいいのかしら。
「私、とても浅はかで……っ、私の存在が、オーブエル殿下を傷つけていたらどうしましょう……っ」
涙をぽろぽろと溢す私に、リリアーヌ様は席を立つと、私の前に跪いてそっと手をとる。
そうして少し困ったように眉尻を下げながら、あやすように優しく笑った。
「ダイアスタ嬢は、オーブエル殿下のことがとても大切なのですね」
リリアーヌ様の言葉に私は、ただ黙って、何度も何度も頷いた。
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