第16話 伝説の……

 麗らかな午後、私はリリアーヌ様のご実家、シャーディヨン家のお屋敷へと降り立った。

 穏やかな日差しとは真逆に、私の内心は恐怖やら緊張やらで戦々恐々としている。

 でも脅えてばかりもいられない。何としてもリリアーヌ様を口止めしなければならないのですから。

 胸の前でぎゅっと拳を握りしめて気合を入れていると、シャーディヨン家の使用人が私に声をかけてきた。

「えーと……ダイアスタご令嬢、でお間違いない……でしょうか?」

 お姉様のお手によって別人状態の私を見て、困惑した様子の使用人の態度にほくそ笑む。

 さすがです、お姉様! これなら騎士のフィーラと結び付けられることはなさそうです!

 お姉様の手腕に感謝しながら使用人に「えぇ」とだけ短く答える。

「では、リリアーヌお嬢様のもとへご案内致します。こちらへどうぞ」

 最初こそ困惑していた使用人は、以降はすっかりポーカーフェイスで屋敷を案内してくれた。

 感情を抑えて職務を全うするあたり、さすが公爵家の使用人ね。うちのイルダなんか、思ってることが顔にも口にも出るのに。

 ……まぁ、そんなイルダだから信用できるんだけどね。


 使用人に案内されたのは、屋敷の二階にある一室だった。

「お嬢様、ダイアスタご令嬢をご案内しました」

「入っていただいて」

 中からリリアーヌ様が返事をするなり、使用人が扉を開けて私に中へ入るよう促した。

 一度深呼吸をして、心を落ち着ける。

 よし、行きましょう!

「失礼いたします。リリアーヌ様、本日はお招きいただきありがとうございます」

 部屋に入るなり、そう言ってお辞儀を――しそうになってギリギリで踏みとどまる。

 そして何事もなかったかのようにカーテシー。

 あぶない。王宮ではずっと挨拶って言ったらお辞儀で済ませていたからつい体が。

 にっこりと笑って前を向くと、リリアーヌ様はゆっくりとこちらを見て……固まった。

 青い瞳をまんまるにして、何ならちょっと口も開けて。

「……失礼、ダイアスタ……令嬢?」

「はい。本日はわけあってこのような恰好ですが」

「……随分と変わられましたね」

 挨拶も忘れて呆然とするリリアーヌ様。

 それもそのはず。お姉様の秘策とは“男装”だったのですから。

 しかもただの男装ではなく、外国の使者風。

 昔、お姉様が男装をして王宮へ行った時使っていた特製の赤髪の鬘と、お兄様が社交界に着ていったきり屋敷に放置していた、外国の民族衣装の合わせ技だった。

 今でも社交界で語り継がれる、伝説のダイアスタ兄妹特別衣装、大盤振る舞いよ。

 ちょっと楽しいのは秘密。やっぱり血は争えないのかもしれない。


「えぇと……こちらへ」

 まだ少しぎこちないながらも、リリアーヌ様は庭園の見える窓際にセットされたテーブルへと案内してくれた。

 ティーセットが用意されていたテーブルにつくと、正面に座ったリリアーヌ様が手ずからお茶を淹れてくれる。

 が、ちょいちょい視線が刺さる。ちらちらと見てくるのが止まらない。

「そんなに気になりますか?」

 苦笑しながらそう聞くと、リリアーヌ様は恥ずかしそうに顔を両手で覆った。

「あっ、失礼しました! まじまじと見てしまって……。その、あまりに違和感なく男装されているものですから……」

 それって私が男っぽいってこと!? とは言わない。

 今の私はお姉様直伝のメイク術で完全にそう見えるようにしているので。

 むしろ男に見える、は誉め言葉です。

「お姉様が手伝ってくださったんです」

「あぁ、それで……」

 どうやらリリアーヌ様もお姉様の伝説はしっかり耳に入っていたらしい。

 流石です、お姉様。


「それで今回お誘いした本題なのですが……」

 お茶を一杯飲む間、私をたっぷりと眺めたリリアーヌ様は、ようやくこの姿に慣れたのか本題を切り出した。

 ここからは一言一言が重くなる。気を引き締めなおしましょう。

「驚きましたわ、騎士だったなんて。最初は本当に気付かなかったのですけれど、その瞳の色は見間違うことはありません。何せ、殿下のお側で長い間見てきた瞳ですもの」

「意外です。リリアーヌ様は私なんて気にしていないかと思っていました」

 実際、社交界でリリアーヌ様に話しかけられたことは一度もなかった。

 二人ともアルベール殿下のお側という、すぐ近い距離にいたにも関わらず。

「気にしないなんて無理ですわ。だって、貴女はいつも何か魔法を使っていたでしょう? 存在自体が曖昧なのに、その瞳ははっきりと輝いていて……」

「待ってください、やっぱりそうなんですか!?」

 最悪だわ! 最悪の可能性が当たってしまったわ!

 こんなことになるなら、もっと魔法の制御を学んでおくんだった!

 突然項垂れた私にリリアーヌ様がおろおろとし始めたので、どうしようもない過去のことは一旦置いておいて、後でたっぷり落ち込むことにする。

「すみません、どうぞ続けてください」

「え、えぇ……。ともかく、私は貴女に殿下をとられるかもしれないと脅えていたんです。貴女が魔法を使ったまま側にいることを、王族である殿下が、ずっと許容されていたのですから」

 確かに、よくわからない魔法を使っている人間が側に来たら、王族としては身の危険を感じるでしょう。

 それなのに私は何も言われることなく、側にいることを許されていた。

 ねぇまって、アルベール殿下、意外と脈あるんじゃ……?

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