第15話 秘策
三日後の朝、制服ではなくここに来る時に着ていたワンピースに袖を通した私は、少しの荷物とオーブエル殿下から渡された本を鞄に入れて騎士寮を出た。
そのまま歩いて王宮の門を出ると、王宮を取り囲む壁沿いに止められた一台の馬車に小走りで近づく。
すると馬車の扉が開き、中からイルダが出てきて私に頭を下げた。
「お久しぶりでございます、お嬢様」
「えぇ。急なことで悪かったわね、迎えに来てくれてありがとう」
「それは構わないのですが……わざわざ王宮の外で待つように、なんてどうしたのですか? 通行人の方々に変な目で見られたのですが」
「あら、お父様に手紙を出したのだけど、聞いてない? 私今、王宮内では平民設定なの。寮に迎えが来たら怪しまれちゃうじゃない?」
「……色々と聞きたいことはありますが、とりあえずお乗りください」
微妙な顔をしたイルダに勧められるまま馬車に乗り込むと、イルダが御者に合図を出し、ゆっくりと馬車が動き出す。
午前中はダイアスタ家の屋敷に戻ってリリアーヌ様のもとへ行く支度をすることになっている。
屋敷への道すがら、問われるままに私はイルダに騎士団に入ってからのことを話していった。
途中何度もイルダが頭を抱えて「これだからこの家の子は……」と嘆いていたけれど、全ての話が終わった頃には悟りきった顔になっていた。
「もうお嬢様方の行動には慣れるしかないのでしょう? 諦めて常識なんて棄ててしまいますね」
「そんなこといい笑顔で言わないでよ地味に傷つくじゃない」
これでも私はお兄様とお姉様に比べたらまだ大人しい方ですからね。たぶん。きっと。
一時間程度の道程を行き、懐かしの我が家へ戻ると、お父様がわざわざ外へ出て私を出迎えてくれた。
「フィーラッ! よく帰ってきたね!」
「お父様!」
馬車を降りて両腕を広げて熱烈に歓迎してくれるお父様に向かって走っていく。
あぁお父様、会えたら直接言いたいことがあったのです!
お父様の胸に飛び込む――寸前。
「よくも裏切ってくれましたね!」
立ち止まって、騎士団に入った日からずっと胸の内で燻り続けていた思いをぶちまけた。
第三王子近衛隊はいいところだし、みんな優しくて居心地はいいですよ?
でも、それとこれとは話が別。あくまで私の目的はアルベール殿下と距離を縮めて側妃になることなので。
……ちょっと最近絶望的な気がしてきているけど。
「第三王子近衛隊ってアルベール殿下と接点皆無じゃないですか! というかほぼほぼ誰とも会わないじゃないですか! 私の恋路を邪魔したいのですか!?」
そこまで言うと、急にお父様が真顔になった。
「何を言っている、当たり前だろう。私はフィーラを誰にもやりたくない」
「お願いだからもうそろそろ娘離れしてください!」
玄関扉の前でワーワー私達が騒いでいると、中から扉が開き、真紅のドレスを纏った女性が出てきた。
懐かしいその姿を見た私は、途端にお父様を放り出して駆け寄った。
「エイラお姉様っ!」
がばっとその胸に飛び込むと、エイラお姉様は優しく私の頭を撫でてくれる。
「久しぶりね、可愛いフィーラ」
お母様譲りの赤髪に金色の瞳が素敵なお姉様は、私とは違いハッキリとしたお顔立ちで美人と名高い。
双子の兄であるエリゼラお兄様も赤髪に金色の瞳をしていて、そのうえ二人は趣味趣向や性格も似ているので昔から仲の良い兄妹……というより悪友同士といった感じだった。
「お姉様はどうしてこちらに? いらっしゃるとは思っていなくて驚きましたわ」
抱きついたまま聞けば、お姉様はいたずらが成功した子供みたいに笑った。
「貴女が何か面白そうなことを始めたって聞いて居ても立っても居られなくてね。領地のことは旦那に任せて来ちゃったの。本当はエリゼラも誘ったんだけど、忙しくて来れないって泣いてたわ」
「お姉様が嫁がれてもお二人は仲良しなんですね」
「当たり前でしょう。私達二人は生まれた時から運命共同体のようなもの。互いのことは互いが一番よく知っているわ。でもね、私達が一番好きなのは貴女よ、フィーラ」
「ありがとうございます、お姉様」
私もお二人が大好きです。少なくともお父様よりは。
そうして二人でラブラブしながら屋敷の中に入る。もちろんお父様は放置。
次会ったら絶対冷たくしてやるって決めてましたので。
イルダにお茶を淹れてもらって、私の部屋でお姉様に計画のことや騎士になってからのことを話した。
お姉様は心底面白そうに目を輝かせて聞き入って、リリアーヌ様に呼び出された下りでは白い歯を見せて豪快に笑った。ちょっと複雑な気分。
「やっぱり最高だわ、フィーラ! さすが私達の妹ね!」
「ここで褒められてもあまり嬉しくありませんわ……」
一応真剣に考えた計画がうまくいっていない、私的にはもどかしい現状を、お姉様には完全に娯楽とされている。
もしエリゼラお兄様がいたらダメージも二倍になっていたわ。お兄様が忙しくてよかった。
「それで、リリアーヌ様のお屋敷に行かなければいけないのですけれど、一つ心配事があるんです。殿下とご婚約されて以来、シャーディヨン家には王宮の人間がよく出入りしてるそうなんです。もしその方々に私が騎士のフィーラだとバレたら面倒事になりそうで……」
いっそのこと、やったこともない厚化粧でもしようかと考えている。それか髪を染めるとか。
どうしようかと私が考えていると、お姉様が「そうだわ」と両手を叩いた。
「それならいいものがあるわよ。とっておきの秘策がね」
そう言ってウィンクをしたお姉様は、それはそれは楽しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます