第14話 不可避のお誘い
私とエドガーが話している間に、数人の騎士たちが馬を確保し、ジャンとアジリオさんは馬車の扉を開けて中の人へ声をかけていた。
「ご無事ですか?」
「……えぇ、なんとか……」
その声を聞いた瞬間、私の背筋は凍り付いた。
だって、その声にはあまりに馴染みがあり、頭の中で何度もリピートされていた哀しき“あの瞬間”に聞いた声だったから。
ジャンに支えてもらいながら馬車内から出てきたのは、騒動によって乱れてこそいるものの、依然変わらぬ艶やかな銀髪の女性――忘れようもない、この国の公爵家令嬢にしてアルベール殿下の婚約者、リリアーヌ・デーク・シャーディヨン様だった。
あぁもう、馬車にはばっちりシャーディヨン家の家紋が印されているじゃないの! 馬にばかり注目していて気付かなかったわ!
「私、ちょっと向こうで休んでいるわね」
言うなり、私は自分に残りの体力と魔力を総動員して隠匿の魔法をかけた。
こうなったら全力で逃げましょう!
そーっと、後ろを向いて一歩踏み出した瞬間……。
「どなたが馬を止めてくださったのですか?」
「それなら……フィーラ!」
びくっとジャンの呼ぶ声に肩を震わせる。
「フィーラ? 呼ばれてるよ?」
ついでにエドガーにも声をかけられる。バレバレだったわ。
これはあれね、魔力を使いすぎて魔法がうまくかからなかったパターン。
自分の魔力の低さが憎い!
「……今参ります」
前髪を整えるフリをして瞳がちゃんと隠れているか確認する。
なるべく下を向いて顔が見えないようにして何とか誤魔化し通しましょう。
「第三王子殿下近衛隊所属、フィーラと申します」
リリアーヌ様の前まで行ってそう言うと素早く頭を下げた。
「頭を上げてください、フィーラさん。おかげで助かりました、ありがとうございます」
「いえ、私は小隊長のアジリオさんの指示に従っただけですのでお礼ならそちらに」
地面を見ながら早口で返事をする。この際、手柄も面倒もアジリオさんに丸投げです。
気づかれる前に会話を終わらせてさっさと逃げましょう。
「謙遜なさらないで。そんなに額に汗を滲ませて……とても頑張ってくれたのでしょう?」
頑張りましたけども! それは別にリリアーヌ様を助けたかったからではなく、ただ仕方がなかったからでして! リリアーヌ様だとわかっていたら、助けなかったなんてことはないけれど、せめてもっと目立たないよう努力しましたから!
……と、内心叫び声をあげながら背中に冷や汗をかいていると、ふいにそっと額にハンカチが当てられた。
驚いて前を向けば、リリアーヌ様が私の汗を拭おうとハンカチを押し当ていて、せっかく垂らした前髪を横に流していく。
そしてばっちりと、私の瞳とリリアーヌ様の明るい青の瞳とがかち合った。
「あら? 貴女……」
目を丸めて驚いたように見つめてくるリリアーヌ様の反応に、「あぁ、これは完全に……」と悟る。
どう口止めしようかと考え始めた私に、リリアーヌ様はにっこりと微笑んだ。
「とっても可愛らしいわね。前髪で見えないのはもったいないわよ」
……あれ、これセーフ? どっち!?
混乱する私に、リリアーヌ様は笑いながら一歩近づくと、内緒話をするように私の耳に顔を寄せた。
そして――
「三日後の午後、
不可避のお誘いを囁いていった。
やっぱりアウトだったわ……!
ぎこちない笑みを浮かべる私に、リリアーヌ様は意味深な笑みを残すと、騎士達に連れられて城へと向かっていった。
「フィーラ、何を言われたんだ?」
「女は怖いってことを……」
***
その後、手分けをして各部署への報告やらをすることになった私達。
リリアーヌ様からのお誘いの件もあるので、私は団長さんへの報告を買って出て、思いっきり団長さんに泣きついた。
「怖くないですか!? 耳元で呼び出しとか!」
「おー、怖い怖い。でもあのお嬢さんからの呼び出しじゃあ断れねぇだろ。休みやるから精々絞られて来い」
怖いとか言いながらめっちゃ顔にやけてますけど。
「団長さん面白がってます?」
そんなこんなで三日後のお休みをいただいた私は、そのことをオーブエル殿下に報告した。
もちろんリリアーヌ様に呼び出された、ということは伏せて。
「急に実家から呼び出されてしまいまして、三日後はお休みをいただきました。父が腰を痛めて動けなくなったそうでして……」
ごめんなさいお父様。お父様が実年齢より若々しいのは百も承知ですが、ここはひとつご勘弁を……。
私の適当な嘘を真に受けたオーブエル殿下は、眉尻を下げて気遣わしげに私を見た。
「それは心配だね。ゆっくりしてくるといいよ」
できればゆっくりしたくはないです。さっさと行ってさっさと帰りたい。リリアーヌ様本当に怖い。
なんて本音は言えるわけもなく。
「はい、ありがとうございます」
そう曖昧に笑むにとどまった。
「あぁそうだ。ならこれを」
オーブエル殿下が思いついたようにそう言って、テーブルの上に置かれていた一冊の本を渡してくる。
大して厚みのないそれは、今まで渡されて意見交換をしてきたような専門書の類とは違う、ごく普通の物語が綴られたものだった。
「これは?」
パラパラとページを捲りながら聞くと、オーブエル殿下は少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「昔、僕が好きだった本なんだけど、フィーラも好きそうだなって思って。その……読むと元気が出るから」
「殿下……!」
下らない嘘を信じさせてしまって申し訳ない……けど、同時に元気づけようと殿下なりに気を使ってくれたことがとても嬉しい。
こんなに優しくしてくれるのは近衛騎士だから? 読書仲間だから?
私は今まで、アルベール殿下と家族以外の殿方に優しくされたことなんてなかった。
なのにここに来てから出会った人はみんな、貴族の令嬢ですらない私に、当たり前に優しくしてくれる。受け入れてくれる。
この国で最も貴き血筋にあられるオーブエル殿下ですら。
「とても嬉しいです、殿下。ありがとうございます」
殿下に渡された本をぎゅっと抱きしめる。
……あぁ、私、ここに来てよかった。
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