第13話 馬と馬鹿と安全地帯
正直に言いましょう。
私、今回の件では何もできないだろうなーと心のどこかで思っておりました。
というか完全なる縁故採用の私は魔法だって微妙な、騎士団にいるのが不思議なレベルの人間で、職務として何ができると言われたら、それこそ平和な第三王子近衛隊での警護任務という名の棒立ちとオーブエル殿下の読書仲間くらいなものでして。
「わ、私っ、え、ど、えぇっ!?」
なので急に役割を振られたことへテンパっても許してほしい。
あぁ、頭が真っ白になる……。
「フィーラ落ち着いて! 魔法自分にかけてる! なんか変になってるよ!」
「はっ」
ジャンが声をかけてくれたことで正気に戻る。
いけない、また変な違和感のある人になっていたわ!
ともかく落ち着きましょう……。
「すーっ、はーっ」
深呼吸をして心を落ち着け、逃げられる空気でもないので腹を括って顔を上げる。
「アジリオさん、馬の視界に隠匿の魔法をって、具体的にはどうすればいいんでしょう?」
「いいか、隠匿の魔法は特定のものを周囲から認識できなくさせるもの。それは一種ノバリアみたいなもので、対象自体にバリアを張ることで周囲から守っているような状態だ。だがそのバリアを対象の周辺とすれば、周囲の定義が逆転し対象を囲った檻にもなる。隠匿の魔法はかけられている対象によって厳密に効果が変わってくる魔法なんだよ」
「すみません理解できないです一行でどうぞ」
「馬の周辺に隠匿の魔法をかけろ。ただし馬自体には絶対にかけるな、馬鹿」
ちょっと最後のワード!
あぁでもどうしましょう。暴れている馬の周囲って結構な広範囲になってしまうわ。大丈夫かしら?
そうだ眼球……馬の眼球になら小さいから確実にできるわ。
でも馬自体にはかけちゃ駄目ってアジリオさんに言われたし……。
「あ、両目の周辺の気体!」
両目をカップで囲うように、そこにある気体に隠匿の魔法をかけられれば、アジリオさんが言っていることの縮小版にならないかしら?
とりあえず駄目元でやってみますか。私に頼ること自体、駄目元だと思いますけどね。
「すみません、馬の正面に行ってもいいですか? 対象が見えてるほうが確実にかけられるので」
「駄目だ危なすぎる! フィーラは身を守ることができないだろ!?」
ガシッとエドガーが私の肩をつかんでそう言う。
その顔があまりにも必死だったから、ちょっと可笑しくなって私は微笑んだ。
エドガーに言われずとも、攻撃力防御力ともに皆無の私が暴走する馬の前に単身で行くなんて自殺以外の何物でもないことは理解しているし、最初から誰かに付いて来てもらうつもりだった。
じゃなきゃ絶対無理。命は惜しいですからね。
「エドガーが私を守ってちょうだい? それなら安心でしょう?」
だってエドガーは我が小隊の実力者枠ですからね。その腰の剣は伊達じゃないのでしょうし。
私が失敗してもエドガーがいればこの身の安全は保障されるはず。
訳あり枠の私を守ってくださいね、とエスコートを頼むように手を差し出すと、エドガーは一瞬息をのんでから私の手を取ってくれた。
「わかった……それじゃあ、行くか」
「えぇ!」
バッと駆け出したエドガーに手を引かれるまま、私も騎士達の間を通り抜けていく。
そしてあっという間に右に左にと暴走する馬車の正面に辿り着いた。
「フィーラのことは俺が守るから、フィーラは自分の魔法に集中して」
「任せたわよ、騎士様」
「フィーラも騎士だろ」
エドガーが少し笑いながらそう言って、次の瞬間には真剣な表情で剣を抜いて構えた。
そんなエドガーの後ろで私も対象を確定するように暴走する馬に向かって両手を掲げた。
私の魔力量と操作技術では、小範囲だとしても完全な隠匿の魔法を使うには相当な集中力と気合がいる。
元々ない魔力を根こそぎ体中からかき集め、無秩序に暴れるそれらを無理矢理ひとつに固めていく。
最早ただの力業ね。でもこうする他ないのだから仕方がないわ。
「おとなしく、しなさいっ!」
固めた魔力を馬の両目、その周辺へ向けて解き放つ。
気体を隠匿の魔法で壁のようにして、その先に何もないかのように見えるように、魔法の威力を上げていく。
「んぐぐぐっ」
隠匿の魔法をかけ続けても中々馬は止まらない。まだ完全に視界を消しきれてないんだわ。
人生で初めて歯を食いしばりながら魔法をかける。みっともなく汗も額を落ちていった。
あぁ、まったく何で私がこんな醜態を晒さねばならないのかしら! あの馬に魔法をかけた犯人、絶対許しませんから!
全身全霊の恨みを力に変えて魔法をかけた瞬間、不思議と「あぁ、完全にかけれた」と理解できた。
ピースがはまるように、制御していた魔力があるべき場所へと自然にはまっていくような感覚。
「とまりなさい!」
ヒヒーンと鳴き声を上げた馬は、最後に前脚を大きく上げててから、何も見えない世界に戸惑うように歩幅を小さくし、やがて大人しく動きを止めた。
最終的に止まった場所は、エドガーの構えた剣の切っ先すれすれだった。
……ちっかいわ。大きいわ。蹴られたら終わってたわ。
「ほえぇ」
喉の奥から変な声を出しながら、一気に力の抜けた私はその場にへろへろとしゃがみ込んだ。
剣を鞘にしまうと、エドガーは振り返ってそんな私の姿に苦笑した。
「大丈夫? 結局フィーラ一人で片付けちゃって、俺の出番は無かったな」
そう言いながら先ほどとは逆に、今度はエドガーが手を差し伸べてくれる。
私は力なくその手を取りながら微笑んだ。
「あら、私はエドガーの後ろという安全地帯にいたから頑張れたのよ?」
「……フィーラは優しいな」
納得しかねる、という風にそう言ってから、エドガーはぐいっと私の手を引っ張って立ち上がらせてくれた。
本当のことなのに、自尊心が低いのかしら?
ふむ、エドガーは意外とナイーブそうって覚えておきましょう。
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