第11話 お友達
オーブエル殿下の読書仲間? になった私は、さっそく殿下に一冊の本を渡されて、それを読んでおくように言われた。
まるで課題だわ。読書自体は苦痛じゃないからいいけれど。
それよりも苦痛なのは殿下の昼食が終わるのを待っているこの時間よ。
豪華な料理が並ぶ中、直立不動でひたすら警護。いい香りが漂う中で生唾を飲み込んで空腹に耐えなければならないこの状況は軽く地獄だわ。
「フィーラお前腹鳴りすぎ」
「うるさいです耳塞いで黙ってください」
アジリオさんはデリカシーというものを学ぶべきだと思う。
「……ご馳走様でした」
「お下げいたします」
殿下がナイフとフォークを置くと、侍女がテーブルの上を片付けていく。
片付けが終わって侍女達が部屋を出れば、私達も外の警備に戻り、その時一人ずつ昼休憩をとることになっていた。
つまりは、あとちょっとでご飯が食べられる!
「それでは失礼します、殿下」
侍女達が頭を下げて部屋を出たので、その後をルンルンと軽い足取りで追う。
昼休憩の順番はどう決めるのかしら? なるべく早いといいわね!
「フィーラ」
「は、はいっ」
すっかり昼休憩のことで頭がいっぱいになっていた私を殿下が呼び止めた。
用件はご飯の後でいいですか? と口にしなかった私、偉い。
「その、誰かと本の話をするのは本当に久々で……楽しみにしているよ、とても」
……あぁ。
そう言って笑った殿下は本当に本当に幸せそうで、毒気も悪気も一切なくて。
子供みたいに笑う姿を見ていると、どんなお願いも我儘も、ちょっとくらいの面倒ごとも、別にいいかなって思えてしまう。
「はい……私も、楽しみです」
この人はきっと、尽くしたいと人に思わせる魅力がある人。何かをしてあげたいと思わせる人。
でもそれを自分では理解していない人。
とてもずるくて、けれどとても可愛らしいひと。
パタン、と静かに扉を閉じる。
再び世界を隔てた大きな扉を見上げてふぅと一つ息を吐く。
さっきまでの空腹も荒んだ心も静まりきって、今は何故か胸が満たされていっぱいだった。
「ねぇ」
後ろから肩をつんつん、とされ振り返ると、侍女の一人がにこりと笑いかけていた。
年齢は私とそう変わらないくらいで、二つに結ばれた亜麻色の髪はふわふわとしていて女の子らしい甘さを感じさせる。
「あなたいくつ?あたし十八なんだけど」
「十七です」
「やっぱり歳近かったのね! あたしクロエ! 侍女始めて一年! 貴女は新人よね? 見たことないもの。
クロエさんはそう言って明るく笑うと右手を差し出してきた。
その手を握り返しながら私も笑顔を作る。
「私はフィーラ……ってもう知ってるかしら。歳が近い同性の人がいないから嬉しいわ。よろしくね!」
「よろしく! そうだ、この後休憩なんだけど、一緒にお昼にしない? もっと話したいし!」
「えーっと、どうだろう」
せっかくのお誘いは嬉しいし、ここは一も二もなく頷きたいところだけれど、小隊の休憩は一人ずつ順番。私が一番でいいのかしら?
ちら、とエドガーとジャンに目を向ければ、クロエさんと私のやり取りを見ていた二人は笑顔で頷いてくれた。
気を使える人達で本当に有難いわ。
一方、気を使えないうえに空気も読めないアジリオさんはそんな私達を見て首を傾げていた。
「なんだ今日はフィーラが休憩最初なのか?」
「そうしてあげてください、小隊長」
「フィーラも慣れない環境で疲れたでしょうしね」
エドガーとジャンがそう言って援護してくれると、何かを察したアジリオさんが「あぁ」と呟いた。
そして私ににやにやとした笑みを向けてくる。
「お前、すげぇ腹鳴ってたもんな」
「さっきも黙れって言いましたよね?」
私、アジリオさんを敬うことは一生できないと思う。
「じゃあ行きましょっ」
多少不本意な形とはいえ休憩を貰えた私の手をクロエが引く。
家族以外に手を引かれたことがない私はその距離感にちょっとびっくり。
でも、なんだかお友達って感じがして嬉しくもあった。
「ねぇ、クロエって呼んでもいい?」
「そんなこと聞かなくてもいいのに! もちろんいいわよ、フィーラ!」
屈託なく笑うクロエにつられて、私の口角も上がっていく。
「お昼どこで食べる?
「じゃあ今日はクロエのおすすめの場所に行きましょう? 私はよくわからないから」
「わかった。うーん、味だけで言えば城の賄いなのよ? 料理人が一流だからね。でもあそこは皆せわしなくって落ち着けないわ。最近美味しいって言われてるのは騎士寮の食堂なんだけど、フィーラからしたら新鮮さがないかしら?」
お父様、騎士寮の食堂の味は王宮中で有名なようですよ。いったいどれだけ凄い料理人を送り込んだんですか。
「別に構わないわ。私だって今朝初めて食べたばかりなの。昨日は荷解きしながら食べれるようにって家から持って来たお弁当だったのよ」
「じゃあ決まりね、騎士寮に行きましょ! 実はあたし、騎士寮に入るのは初めてなの。ほら、男の人ばっかりで気後れしちゃって。フィーラは大丈夫? 嫌なこととかあったら言いなさいね!」
ポン、と自分の胸を叩いてそう言ったクロエは、一つ年上なせいか、お姉さんに任せなさい、と意気込む。
出勤初日、どうやら私はとっても素敵なお友達を手に入れたようです。
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