第3話

 私にとっては久しぶりの、しゅうくんにとっては初めての二人だけの料理が始まった。事故が起きる前は結構二人でご飯を作ったりしていた。

 お互い、何を話したらいいか分からなくて無言で調理が進んでいく。

「なあ、詩音。」

「どうした?」

 オニオンスープも完成間近になってしゅうくんが聞いてきた。

「記憶無くす前にもこうやって二人で料理とかした?」

 そう聞かれてドキッとする。何んで、今聞くの?

「詩音?」

 顔を覗かれてハッとする。なんでも何もない。しゅうくんは覚えてないんだから。

「うん、よくしゅうくんが手伝ってくれたよ。」

「そうなのか。どうりで懐かしいと思うわけだ。」

「記憶ないのに?」

「何となくだよ。何となく懐かしいと思ったんだよ。」

 そう言って二人で笑いながら、【心のどこかで憶えてる】という警官さんの言葉を思い出す。もしかすると本当なのかもしれない。そう思った。

「さ、ご飯できたよ!2人を呼んで来よ!」

「ああ!」

 そうして4人でご飯にする。前までは二人きりだったから賑やかな食卓になった。


 4人で住もうという話は、しゅうくんが目を覚ます前からあった。今回の事故の後、すぐに夏海くんが提案してくれた。私の事を一人にしないように気を使ってくれたんだと思う。でも、なかなかいい物件がなくて、結局しゅうくんの退院のタイミングになってしまった。

 それでも、しゅうくんと二人きりより気持ちは楽なのかもしれない。二人だと、私が泣き出してしまうかもしれない。だから、すごく助かっていた。そうやって過ごして気付けば一ヶ月が経っていた。


「やはり戻りませんね、記憶。」

 今日はしゅうくんの診察の日で、私は診察の後、先生と二人で話していた。

「一ヶ月経って戻らないとなると、記憶が戻るのは難しいと思います。」

「そう、ですか…。」

 ショックだった。

「ですが、もしかすると戻る可能性があるかもしれません。気落ちせずに、夕凪さんのサポートをお願いします。」

「はい。」

 そう言って私は診察室を出た。

 皆には、何て言えばいいんだろう。しゅうくんには、絶対言えない。でも、診察の度しゅうくんは聞いてくる。『どうだって?』って。辛いことも全部教えてほしいと言って。でも、こんなこと言えないよ。

「詩音?」

 そう言ってしゅうくんは近寄ってくる。最近は少し落ち着いてきたみたいで周りを見るようになっていた。今も、私の様子がおかしいのが分かって心配している。

「大丈夫か?先生に何て言われたんだ?」

「大丈夫。先生からは、いつも通りサポートをお願いしますって言われたの。」

 こうやって私は噓をつく。ごめんね、しゅうくん。

「そうか…。なんかあったら言えよ?」

「うん、ありがとう。」

 ほんとにごめんね…。


 家に帰って撫子ちゃんたちに先生に言われたことを話すと二人とも言葉を失ってた。

「じゃあ、しゅうは、ずっとこのままって事?」

 何とか絞り出した撫子ちゃんの言葉は、どこか怒っているように感じた。

「…たぶん、そうじゃないかって…。」

 私がそう言うと夏海くんが机を叩いた。

「くそ!なんでこんなことに…!」

 そう言っているけど、きっと答えはもう分かっていて。

「私の、私のせいで…!」

「詩音のせいじゃないよ!あれは、あの事故は、完全にあっちのドライバーのせいで、詩音のせいじゃないよ!」

「でも、でも…。私が、私が…!」


 あの日、四人で遊んだ帰りに事故は起きた。

 私としゅうくんは二人で信号を一番前で待っていた。その信号が青になって渡ってる最中に軽自動車が赤信号を無視して突っ込んできた。

 その時、しゅうくんが私をかばって、意識不明の重体になってしまった。

 私がもっと周りをよく見ていれば、あんな事故は起きなかったのに…。そうすれば、しゅうくんは今こんなに苦しんでいないのに…。

 後悔は募るばかりで、結局私はどうしたらいいか分からず、泣いていた。

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