第六話 【戦い】


普段、冒険者同士の憩いの場として知られる街の中心部は、魔物達によって火の海へと変えられていた。

そして、そんな魔物達から逃げ遅れた幼い少女は、恐怖に顔を歪め腰を抜かしていた。


「いやああ、来ないで!」


少女は自分に迫り来る狼の魔物に涙目でそう嘆くが魔物は聞くことなく、その足を前へと出す。


「お母さん…おかあさああああん!!」


少女は、飛びかかろうとする魔物への恐怖から目を閉じ身をかがめたが、しばらくしても魔物に襲われる気配がなく恐る恐る目を開くとそこには、赤い髪を揺らし右手に持った剣を振り下ろし魔物の首をはね飛ばす、セルナの姿があった。


「すまない、怖い思いをさせたな。立てるか」

「セルナお姉さん…」


セルナは、座り込んでいる少女へと手を差し伸べ、笑顔を向ける。


「ギルドの方は安全だ、他の魔物に目をつけられる前に避難するんだ」

「う、うん」


少女は、セルナに言われた通りギルドがある方へと走っていく。

残りの魔物達は仲間を殺されたはらいせなのか、セルナの周囲へと集まってきていた。


「さて…始めるとしようか」


セルナは剣に付いていた血を払ってから構え直すと、魔物たちは一斉にセルナへと飛びかかった。


その頃屋敷の庭では、ユキヤが自分に起きた不可思議な現象の実験を試みようとしていた。


「もし、本当に俺の考えが正しいのなら、きっとできるはずだ…」


ユキヤは、セルナに教えてもらった魔力の発生方法を思い出し、それと並行してある望みを強く思い浮かべる。


「情景を想像するんだ…これが起こったらきっとこうなる、と……俺に、火を操る力を…!」


ユキヤがそう言葉にすると、両の掌からオレンジ色の炎が出現し辺りに熱気を放つ。


「でき、た……特に熱いわけでもないな…なら、空に飛んでいけ!」


ユキヤが続けてそう叫び、両腕を空へと掲げると掌にあった炎は天へと放たれ、炎は消える。


「本当に…これが……」


ユキヤが実験の余韻に浸っていると、背後から近づいてくる足音が一つあった。


「ユ、ユキヤ…今のはお主がやったのか…?」


ユキヤが声の主の方へ振り返ると、そこには驚きに目を見開くミシロの姿があった。


「ああ、なんか…魔法、できちゃった」

「できちゃった、ではない!どういうことだ。つい先程まで魔力の維持どころか、発生すらまともに行えなかったユキヤが…なぜ…」

「あ、特訓見てたの…」

「千里眼でな…っと、そんなことはいい、今はこの状況を!」

「ああそうだね、とりあえず街の中心に魔物がいて人を襲っている。さっきセルナさんが向かったみたいだけど、僕も放っては置けないから行くよ。」

「え…?魔物?女騎士が向かった?ユキヤも…?ああ、もう訳がわからん。

というか行くと言っても、ユキヤに何ができるというのだ!先の魔法をまた扱えるのか?魔力の管理はできるのか?」

「そういう難しいのは後にしよう。今はとにかく街の人たちを助けないと」

「…わかった、では私もいくぞ」

「え、あ、いやミシロには屋敷でナーデさんや王様の護衛をして欲しくて…」

「なに!?我は主人が行くと言っている戦場にお供できないのか!?こんなの、使い魔としてどうなのだろうか…」

「いやあ、無能な主人で申し訳ない…」

「はあ…まあ仕方あるまい、ユキヤの言い分もわからなくもないし我は残るとするさ。だが、死ぬんじゃないぞ…ユキヤ」

「ああ、わかってる」


ユキヤは話が終わると共に、街の中心である冒険者の憩いの場へと向かった。

だが、その現場はユキヤの想像以上に過酷な状態だった。


「はあ、はあ…なん、なんだ…この魔物は…」


セルナの鎧はところどころが砕けるように破損し、露出している肌は至る所から出血をしていた。

セルナを取り囲んでいた魔物は、セルナ一人でも充分対処できていた。だが、ユキヤが言っていた魔物五匹を討伐したところで、異様な気配がセルナの背後から迫ってきていた。

それは、戦っていた狼の魔物の二回りは大きく、額に長いツノを生やした別の狼の魔物だった。

セルナは、どこからともなく現れたその魔物に、初めこそ互角に戦えていたが連戦故か体力が持たず、防戦一方の状態にまで陥っていた。


「グオオオオオオオオ」


狼の魔物は、空に向けて大きな雄叫びをするとその衝撃で、魔物を中心に地面が抉れ、住宅の屋根は剥がれて飛んでいった。

立っているのがやっとだったセルナは、避けることができずに雄叫びの衝撃が直撃して、瓦礫の山へと吹き飛ばされた。


「く、そ……なぜ、こんなにも強力な魔物が…王都に…」


セルナは薄れる意識の中、自分の元へと近づいてくる魔物に抵抗する術がなく、死を覚悟した。

そして、魔物は空を見上げもう一度雄叫びを発しようとするが、魔物とセルナの間に一筋の光が通り過ぎ、魔物は雄叫びをやめて光の発信源へと振り向く。


「はあ、はあ…間に合った」

「ユキ…ヤ…」

「セルナさん、お待たせしました」

「馬鹿者…早く逃げろ…お前では」

「いいえ、戦いますよ。…王が救いを求める者がどれほどなのか、見ていてください!」


魔物は、ユキヤを標的に捉えると、ツノを前方に突き出し地面を蹴ってユキヤめがけて駆け出す。


「…出てこい!なんか、こう、光の剣的なやつ!!」


ユキヤがそう叫ぶと、左手から柄や刃の境目などがない僅かな光を纏った剣が出現する。

魔物が一直線に突っ込んでくる中、ユキヤは焦らずに剣を両手で握り横に転がると、横を通り過ぎようとする魔物の脇腹を切りつける。


「浅い…か」


ユキヤの切り込んだ部分は魔物の皮膚をわずかに掠めた程度で全く、と言っていいほどに致命傷へは至っていなかった。


「うぐっ!」


魔物は、突っ込んだ勢いを殺さずに避けたユキヤの方向に、ツノを振りユキヤの脇へと当てて押し飛ばした。


「グオオオオオオオオッ!!」


魔物はユキヤに攻撃をして直ぐに、体制を整え再び雄叫びをあげて辺り一帯の地形を崩す。

ユキヤは地面を転がり、立ち上がろうとしたところに飛んできた瓦礫や石を回避できず、身体中がボロボロになっていった。


「くそ…痛すぎるんだよおおおおお!!」


ユキヤは足元がおぼつかない中走り出し、剣を握り魔物へと斬りかかる。

しかし、魔物は容易く振り下ろされた剣を交わしユキヤの右肩へと噛み付く。


「ああああっ!!痛っ、いってえええ!」


ユキヤは必死に振り離そうするが、自分よりも大きな体格である魔物を振り払うことができず、食い込んでいく牙にただ喚くことしか出来ずに涙を流していた。


「くそ、くそっ!…離れろおおお!」


ユキヤがそう言うと、ユキヤの体から突風が発生し魔物を体から無理やり引き剥がす。


やっぱり、これが一番早いよな。無駄に体をボロボロにするより、よっぽど可能性高いぜ…


ユキヤは剣を捨て、肩を抑えながら息を整えていると、魔物は躊躇せずまた雄叫びを上げようと空を見上げる。


「あいつを焼き尽くす炎、出ろ!!」


ユキヤは魔物に手をかざすと、言葉通りに勢いの強い高火力な火炎が出現し魔物へと放たれる。

ユキヤが負傷をしていることに油断し、距離を取らず雄叫びを上げようとした魔物は、ユキヤの炎を躱しきれず直撃して呻き声をあげていた。


「どう、だ……あれ…」


炎を放った途端にユキヤは意識が朦朧とし始め、立っていることすらままならなくなり、片膝を地面につく。


畜生、いい所なのに…こんな……


かろうじて保てている意識を振り絞り、ユキヤは次の一手の為、魔物を見据える。


「グアッ、グゥ…」


魔物は体中に火傷を負い横たわっていたが、まだ息があった。

それでもかなりの瀕死状態で、動けそうにない魔物を見たユキヤは最後の力を振り絞り魔物へと手をかざす。


「尖った物……降れ…」


ユキヤは簡素な言葉を言いとうとう倒れるが、ユキヤが想像した通りに魔物の体へと光の針のようなものが、無数に突き刺さる。それを躱せるはずもなく、魔物は息が途絶えて、その動きを完全に静止させた。


「まさ、か…本当に倒すとは、な…」


ボロボロの体を引きずって、セルナがユキヤの元へと移動し魔法の詠唱を始め、安否を確認した。


「魔力超過…か、あとで…詳しく聞かねばな…」


セルナはそう言い残すとユキヤの隣で倒れ、意識を失った。

しばらくして、沈静化した街の中心へ数人の傭兵が到着したが現場の惨状と、ボロボロで倒れるユキヤとセルナを見て皆一様に固唾を飲んでいた。


「これは一体…ここで何が起きたと言うのだ…」


傭兵の隊長はそう言葉を漏らしてから、怪我人を治療するよう他の傭兵に呼びかけた。

そして、僅かに意識を取り戻したユキヤは、指一本動かすことができずに片目だけ開き、動かなくなった魔物を見て、安堵した。


おわ…った…か…


ユキヤは再び意識を失い、セルナと共に傭兵たちによって治療する為運ばれた。

そして、この一連の出来事を民家の屋根から観察していた影は、不敵な笑みを浮かべて姿を消した。

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言の葉の魔法使い 飛木ロオク @Asuki_609

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