第五話 【能力】
「はあ…はあ…」
化け物だ、勝てるわけがない。
青年は、ボロボロになった鎧を必死に脱ぎ捨てながら少しでもその対象から距離をとろうと駆ける。
「ゆ、勇者様!お待ちください!」
必死に走る青年の後ろを、杖を持った女性が追いかける。しかし、女性の背後から大きな影が凄まじい速度で迫り、女性は影に追いつかれる。
「い、いや…助けて勇者さっ」
その声は最後まで続くことなく途絶える。
それでも尚走り続ける青年をあっさりと追い越し、その影は青年の前に立ち塞がった。
「お前…他の、召喚者は…」
青年は声を震わせ、息を切らしながら目の前の、身の丈が三メートルはある一匹の魔物にそう問う。
「殺した」
その魔物は、とても低く目眩を催すかのような声音で応える。
「嘘だ…俺以外の…他の召喚者三人は全員SS判定だったんだぞ!なのに、お前は一人で…?」
「あんなの虫けら同然だ。ああ、だがあの大きな盾を持った人間は面白い技を何度も見せてくれたな」
「くそ…これが魔王…こんなのに敵うわけねえ…」
「何を言う、俺は魔王様の配下で他の配下どもを統括する幹部の一人に過ぎない。魔王様と比べるなんて愚かな事だ」
嘘だろ…幹部一人にさえ召喚者四人がかりでも手も足も出ないで殺されているのに、魔王はこの幹部とは比べ物にならないほど強い…?
こんなの…無理ゲーだ。大人しく町で暮らすべきだった…。
青年は絶望に顔を歪めながら魔王の幹部である目の前の魔物を見据える。
「化け物…化け物が!」
青年は腰の剣を抜き構えるが、恐怖から持つ手が震え目の端には涙が浮かんでいた。
「つまらん。召喚者とやらはこの世界に住む人間よりもはるかに強いと聞いていたのに、拍子抜けだ。
貴様も同様だ、死ね虫けら」
魔物は、そう吐き捨てると同時に青年に手を向け、爆発魔法を放つ。
轟音と共に高く上がった煙が晴れると、青年の姿は無く地面が抉れ、爆発が起こった範囲は草一つすら残らず、跡形もなく吹き飛んでいた。
「また、高い魔力を追う日々に戻るのか。つまらん。俺を楽しませてくれる輩はどこにいるんだ…」
その魔物は、巨体を縮め人間同様の背丈と、黒く爛れていた肌は人間と同じ色へと変わり、外見では人にしか見えない姿へと変わった。
「次はどこを滅ぼそうか。」
召喚者、計四名が魔王軍により命を絶たれた事は、全ての国に一斉に広まった。
そんな中、ユキヤはセルナの厳しい訓練を受けていた。
「おい何をやっている!魔力発生の維持ができていないぞ!」
「は、はい!すみません!」
魔力の扱いってこんなに難しいのか…くそ、召喚者特典みたいなのないのかよ
『数時間前』
ユキヤは、ミシロと共に王室へとやってきて、今後について話したところ、王に渋々と言った感じで了承してもらえた。
その後、セルナの部屋へときたのだが…
「あの、すみません。王様に言われて…」
「入れ」
ユキヤが言い切る前に中から返事があった。
ユキヤは恐る恐る扉を開く。
「…失礼しまああああ待って待って待って!!」
扉を開けた途端鬼のような形相で、腰の剣を抜き構え始めたセルナにユキヤは反射的に扉を閉めた。
「ちょ、あの!いきなり実技はちょっと心の準備ができていないと言いますか!」
「何を言う!私はそこの妖狐に剣を!」
「いや、ミシロは何もしませんから!」
「ミシロだと…?貴様、名を与えたのか!ぶっ殺す!」
「死ぬ理由が理不尽なのは何故でしょうか!説明を求めます!」
「知ったことか!早くドアノブから手を離せ!貴様の首をはねられんではないか!」
「ドアノブが今の僕の生命線なんです!どうかお話を聞いてくださああああちょっと!!」
ユキヤが必死に叫んでいると、内側から直接ドアに剣を立ててきたセルナの剣先が貫通し、ユキヤの頰を掠めて血が流れる。
それを見たミシロが、顔色を変えドアに向かって魔法の詠唱を始める。
「ちょいちょいちょい、ミシロは何してんのさ!」
「そこの女は私を怒らせた。ただそれだけさ、吹き飛べ!」
そう言うと、ミシロの手から暴風が発生し、ドアにしがみつくようにくっ付いていたユキヤごとドアを吹き飛ばした。
内側にいたセルナは、詠唱が聞こえると素早くドアから剣を抜いて身を隠し、吹き飛ぶユキヤを見て唖然とした。
「お前、主人ごと…」
「ユ、ユキヤアアア!…おのれ、女…許さない」
「今のは貴様が勝手に!」
「良い加減にしろおおおお!」
ユキヤの叫びで、両者は手を止めた。
そして二人ともユキヤを見て、額に汗を流す。
吹き飛んだ勢いで、ユキヤは全身切り傷だらけで頭や頰から血が流れ、その外傷は室内で起きた事とは思えないものだった。
そして、落ち着きを取り戻したセルナに、ミシロから回復魔法をかけてもらいながらユキヤは説明をする
「なるほど…了解した。それでは表へ出て早速特訓をするぞ」
「あ、はい」
なんだろう…腑に落ちない。
そして今に至った。
「はあ…先程から言っているであろう。魔力の発生にはコツがいるんだ」
魔力をうまく扱えないユキヤを見て、セルナは嘆息する。
「いいか?さっきも言った通り魔法にはいくつか適性があって、それによって鍛えるべき魔力操作も変わってくるのだ。
ユキヤは属性魔法どころか支援の一つも扱えないときた。ならば自身の肉体強化魔法を重点的に覚えるしかないだろう。なのに基礎もダメなんて…」
「は、はあ…なんかすみません」
「召喚者と聞いていたからもう少しまともなのかと思えば、田舎の若者程度の能力とはな…」
「うう…」
容赦なく浴びせられるセルナの言葉にユキヤの精神はガリガリと削られていく。
俺だって好きで弱いわけじゃないんだ…でも今はセルナさんの言うことを…
ユキヤが再度、魔力を扱おうと構えた瞬間、街の中心部から爆音の警告音が響く。
「な、何事だ…」
流石のセルナも、特訓どころではなくなり焦りの表情を見せる。
「これって、なんのサイレンなんですか?」
「…恐らく敵襲、だ」
「敵…?王都なのに?」
「ああ、こんなこと初めてだよ」
セルナはそう言い屋敷の門へと駆ける。
「ユキヤ、君は屋敷で妖狐とともに王を護衛してくれ!」
「わ、わかりました」
とは言われても…一体何が起きているのか…
「ユキヤ!」
ユキヤがあたふたとしていると、屋敷の窓からミシロが顔を出し手招きしていた
「ミシロ、何が起きてるかわかるか?」
「我にもわからない、ナーデさんが言うには敵襲らしいが…とにかく中へ。ん…あの女騎士はどうした?」
「さっき門の方に」
「あの愚か者が…情報がつかめていないのに突っ込む気か…」
ミシロは渋い顔をしながらも、「とにかく」とユキヤを屋敷内へと誘導する。
「ちくしょう…せめて、どこで何が起きてるのかさえわかれば、セルナさんも対処が…」
ユキヤがそう口にすると、突然ユキヤの左目に小さな魔法陣が現れる。
「痛っ!な、なんだ…おい、くっそ、何が起きた……え」
ユキヤは痛みに悶えていたかと思うと、その動きを止め右目を閉じる。
これは…憩いの場…?なんで、それになんだか視界が緑がかって見える…しかも視野が…これって…鳥?
それは、左目がユキヤへと映している光景だった。
視界には暗視状態のカメラのようになり、鳥が見下ろしているような高さの光景。
ユキヤは、驚きながらもこれが今起きている警告音の原因なのだとすぐに理解した。
「これは…狼か?二…三…全部で五匹いる…な」
そこには、王都の中心部に位置する冒険者の憩いの場で狼のような魔物が次々と人に襲いかかっているのが見えていた。
肩や足を噛まれ動けなくなっている人や、子供もいた。
「セルナさんに、伝えないと…」
ユキヤは、門の方へ足を向け必死に走り出した。
「おい、ユキヤ!どこへいくのだ!今は危険だ!」
ミシロは、ユキヤにそう声をかけたがユキヤは止まることなく走り去って行った。
「嘘だと思いたいがこれがもし、本当に今の状況であるなら早く知らせないと…街の人が!」
必死に走り、門番と話をしていたセルナを見つけユキヤは息を吸う
「セルナさん!中心部の憩いの場だ!魔物が五匹、人を襲っている!」
ユキヤがそう叫び、それが聞こえていたセルナは突然のことで唖然とする。
「早く!子供もいたんだ!」
ユキヤの続けての叫びに、セルナは我に返り中心部へと駆け出す。
ユキヤは一度呼吸を整え、今度は門番の元へと駆け寄る。
「あの、今言った通りで、街の中心部に狼みたいな魔物がいて、そいつらが次々に人を襲っていて…」
「りょ、了解致しました。直ちに他の兵士に伝えてまいります」
「お、お願いします…」
短い会話が終わり、ユキヤはひとまず胸をなでおろす。
これで、間に合ってさえくれれば…それにしても…今はもう見えないけどさっきのは一体…
ユキヤは改めて、先程の左目の異常に疑問を抱き、その場で思考する。
「もしかして…これって…」
そこでユキヤは一つの可能性にたどり着いた。
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