第四話 【妖狐】

ん……眩しい…?


重く閉ざされた瞼を、ユキヤは片目ずつゆっくりと開き、窓から差し込む陽の光を浴び意識が覚醒してゆく。


「…あれ、ここって」


寝起きでうまく発声ができない中、見慣れない室内のベッドで自分が眠っていたことに疑問を抱いた


「主、起きた…?」

「うぇい!?」


突如、ベッドの下から白い毛並みの耳が二つと、顔を出てきた人影にユキヤは驚きの声を上げる。


「よ、よ、妖狐!?」


な、なんでここに?と、言うか襲われたりはしないのか…?あれ、それよりも俺いつここに来て眠る前って…


寝起きには少し厳しい量の情報がユキヤの頭を埋め尽くし、頭痛を伴った。

ユキヤが頭抱えていると、扉からノックが聞こえる。


「ユキヤ入りますよ、とは言っても起きてな……」


扉を開け、片手にタオルを持った少女、ナーデはベッドの上で体を起こし頭を抱えているユキヤと目が合うと、その場で静止し何度も瞬きをする。


「お、おはよう、ナーデ…」

「無事…なんですね…ユキヤ…」


ナーデは持っていたタオルをその場に落とし、目の端に涙を浮かべながら震えた声でユキヤに応答する。


「とりあえず、状況教えてもらっても良いかな…?」

「…はい、わかりました」


ナーデは涙を拭い、落ちたタオルを拾うとユキヤが眠っていたベッドに腰掛ける。


「三日前のギルドで」

「ちょっと待った」

「はい…?」

「三日?まさかとは思うけど、ギルドの出来事は三日前で…俺それからずっと寝てた?」

「はい、一度も目覚めることなく今の今まで眠りについていました」

「…まじか、十八年生きてきて一番長く寝たな…あ、ごめん話し続けて。」


ナーデは無言で頷くと、ギルドでの出来事を話し始める。



[三日前]



「ユキヤアアアアア!!」


ナーデがあげた叫びはギルド中に響き渡り、それと同じくして男たち数名は剣や槍をユキヤへと振りかざしていた。

しかし、男達は後方の魔法詠唱を行っていた者も含め、皆当てることなく動きを止める。指一本とも動かず、開けた口からは声を出すことも出来ないまま、額には汗が流れる。


「これは、何事だ!!」


男達、そして妖狐の後方にあるギルドの出入り口から、鎧を着た赤髪の女騎士が、ギルド内へ手をかざしそう問う。

女騎士のかざしている手には小さな魔法陣があり、それが男達の動きを止めていた。


「セルナ…様…」

「ナーデか、説明をしてもらうぞ」


セルナと呼ばれた赤髪の女騎士は座り込むナーデの元へ行き、立ち上がれるよう手を差しだす


「えっと、あの、あ、ユキヤが!」


ナーデがユキヤの方を見ると、無傷のままその場に倒れ辛うじて浅く息をするユキヤの姿があった。

呼吸をしている事に、ナーデが胸を撫で下ろしていると、セルナはユキヤに襲いかかろうとした冒険者達全員に強力な拘束魔法をかけ、一箇所にまとめていた。


「こちらは済んだ。もう大丈夫そうなら説明を…っとそれよりも先ずはこの男の容態か。」


セルナはユキヤの元へと近づき、魔法詠唱をすると緑色の輝きを放つ光をユキヤに当てながら容態を調べた。


「ふむ、見たところただの魔力超過のようだな。数日安静していれば目を覚ますだろう。」

「……あ、ありがとう、ございます」


ナーデは未だに怯え気味にそう礼を言うと、一つの影がナーデ達の元へと近寄る。


「あの……忘れ去られてる、みたいな雰囲気出さないでください…」


そんな声をかけたのは、巫女服に白い毛並みの尻尾と耳が生えた妖狐だった。

先ほどの弱々しい声音よりも多少覇気があった。


「忘れてなどいない、むしろ貴様を一番警戒しながら行動をしている。背を向けているのだって、不意をつく動作の一つに過ぎん。」


セルナは、妖狐に敵意を向けながら腰に収めている片手剣の柄を握る。


「主が無事であるなら…今は何もしない…それに、今のあなたじゃ我には…勝てない」

「見くびるな!!」


セルナが剣を抜き、抜刀した勢いのまま妖狐の首にめがけて横一線に剣を振るおうとするが、剣は首筋に触れることなく、妖狐に指先で剣先を挟まれ止められる。


「くっ…この化け物めが…!」


セルナは緩めることなく力を入れるが、その剣先は微動だにしなかった。


「嘘…魔剣聖候補でも、適わないの…?」


ナーデが驚きの声を上げる中、妖狐は顔色ひとつ変えずに、掴んでいたセルナの剣を指先で砕く。


「なにっ!?」


刃こぼれ一つなかった鉄鋼の破片が飛び散り、流石のセルナも柄から手を離し一歩後退する。


「我は危害を加えるつもりは無い。それに主に名を貰わない限りはこの体も維持を出来なくなる。そんな中で体力の消耗はしたくはない。」


妖狐は、ユキヤを一度視界に入れると、セルナへ眼光の圧をかける。


「…目的はなんだ?貴様ほどの化け物がこの男の使い魔とは到底思えん。それに、召喚するのだって膨大な魔力が必要なはず、たかが人間一人の魔力値では…」

「いや、我はそこで眠りコケている主に使い魔として召喚された。」

「だから、それは不可能だと…!」

「でも…」


セルナが感情的に訴えるなか、ナーデが会話に横槍を入れる。


「ユキヤは、強力な人が現れてくれたら、と言ってました。もしそれが『願い』ではなく『召喚』という形であの時何かが起こっていたのだとしたら…」

「何か、とは…?」


セルナに問われるが、その性質については理解出来ていなく、ナーデは首を横に振った。


「くそ…貴様、本当に何もする気は無いのだな?」

「先ほどからそう申し上げている」

「…ならば良い。だがこの男は、別世界より召喚されし勇者候補だ。寝床は国王の屋敷と決まっているし、使い魔であるなら主人から自主的には離れられないのだろう、仕方ない…危険は伴うが私も屋敷には居るし…同行しろ」

「よく分かりませんがあなたについて行けば良いのですね?」

「ナーデ、お前には屋敷で経緯を細かく説明してもらうぞ」

「……はい」


こうして、ナーデとセルナに加え妖狐は屋敷へと戻り、妖狐はずっとユキヤのそばに、ナーデはユキヤの看病をし、セルナは街の住民へ妖狐の事を説明するよう、傭兵に掛け合っていた。


そして、今に至った。



「なるほどな…つまり王が言ってた凄い人ってセルナ…さん?の事だったのか」

「別に咎めは示せんが、最初に食いつくのがそこなんですね」

「え?ツッコミどころ多すぎてパンクしそうだから、一番簡単な穴埋めをしただけですけど。あの一件だけで情報多すぎて軽くパニック状態になりそうなんですけど?」

「今日は、お芋のスープですよ」

「わあ!ありがとうございます。ナーデさんの作る料理は絶品ですからね」

「いえいえ、お褒めいただき恐縮です」


ユキヤのツッコミを完全スルーして、ナーデはタオルと一緒に持ってきていた妖狐の昼食を机の上に並べていた。


なんか、俺が寝てる間にめっちゃ仲良くなってるじゃん…それよりも…


「……あの」

「はい」

「僕にもお願いします……」


ユキヤがそう言うと、ユキヤの腹から空腹を知らせる音が鳴る。


「承知しました。暫しお待ちを」


ナーデはそう言い残し一度部屋をあとにする。


「えっと妖狐さん…?でいいのか?」

「主の好きなように呼んでくれて構わない…それが名である限りは我は主に使えるまで」

「って言われてもな…なんも考えてないし、いまいち主とか使い魔とかピンと来てないしな…」

「では、我もナーデさんに習って主をユキヤ、と呼んで見ようか。それなら我にも馴染む呼び方が出るのではないか?」

「ん、まあそうだな。じゃあ…そうだな、白くて…狐で…あ。」

「むむ、良い名が浮かんだかの?」

「サブ太郎ってどうだ?俺が前いた世界で飼ってた白い犬の名前なんだけど!」

「うむ、確かに好きに呼んでくれとは言ったが、もう少し我にあった名はないかの?流石に犬と一緒というのは、その…目に付く犬を片っ端から焼きたくなってしまう…」

「よし、分かった違うのにしよう。」


いやいやいくら何でも、名前だけで犬を殺すとかまじかよ……やりかねないか?


「んーって言われても、人に名前を付けるなんて…あ」

「今度は良い名が?」

「セルナさんって、俺が初めて屋敷来た時に窓のとこで目が合ったあの人かな?赤髪って言ってたし。」

「なあ、主よ。話題は揃えんか?」

「あ、はい。すみません」


しかし、中々良い名が決まらず数分が過ぎるとまた、部屋の扉がノックされる


「どうぞー」


扉が開くと、ナーデがいくつかの皿を載せた台車を引いて部屋へと入る。


「おお、いい匂いだ」

「お待たせ致しました。どうぞ召し上がってください。」


机にユキヤとナーデの分の昼食が並べられ、三人で座って食べ始めた。


「それにしても、魔力超過で三日も寝込むなんて主は体が弱いのだな」

「そうなのか?測った時はC判定って言われてたけど、実際それってどんなもんなんだ?」

「C…ですと、私と同じくらいですねユキヤ」

「いや、わからん」

「そうだな、例えるならそこら辺の森に住むホブゴブリンと同程度だろう。」

「おお!ゴブリン!何だかファンタジー感がどっと増したな…!」

「それよりもユキヤ」

「どしたナーデ?」

「妖狐さんの名前は決まったの?」

「あ」

「あ、ではなかろう。しっかりしてくれ主よ」

「面目ない…」


結局しっくりくる名前出てきてないんだよな…急に言われたってそんなの…


すると、不意に妖狐の服装へと目が行く。


「巫女服…か…」


巫女ってそんなに詳しくはないけど、神々しいと言うか神聖な感じがあるよな…なら…


「神と白で…ミ、ミシロ、なんてどうだ…?」

「ミシロ…今までで一番良い響きな気がするぞ。ある…ユ、ユキヤ、よ…」

「う、うん。じゃあそれで、ミシロ…」


すると妖狐、ミシロの体の中心が内側から青白く光り、一瞬にして消える。


「今のは?」

「主人に名をもらったから、正式に使い魔と主人としての関係が盟約されたのだ。その証の様なものが今の光であり、体の中心に浮かび上がる紋章なのだ。…見るか?」

「いいい、いや、大丈夫!!」


ユキヤは反射的に断り、目を逸らす。


気まずい沈黙が訪れ、二人はモジモジと体を捻り、恥ずかしさに頬を染める。


「……なんですか、新婚夫婦ですか、どうせ私は独り身ですよ。」

「落ち着けナーデ。何もそこまで…と言うかナーデって幼く見えるけど、俺と年齢大差ないんじゃ?」

「この国の成人は男女ともに、十五歳で私は既に二十二です」

「うっそ……」

「な、なんですか!」


いや、まぁ言われてみれば美人だし大人っぽさも出ている気はするけど、中身を知っちゃうと何か…中学生くらいにしか…胸だってそんなに…


「ユキヤ…今どこ見ました…?」

「え?あ、いや…その…ミシロ!助けて!」

「ずずずっ」


めっちゃスープ飲んでるううう!


「ユキヤ…覚悟は出来ていますか…あなたには……」

「わ、悪かった!」

「私のお仕事を半分…ゴフッ!」


ナーデが最後まで言い切る前に、いつの間にか部屋にいた別のメイドがナーデの首に手刀をし気絶させた。


「勇者様、失礼致しました。ごゆっくりおやすみ下さいませ。」


メイドはそう言い残し、片脇にナーデを抱え部屋をあとにした。


「な、なんだったんだ…」

「なあユキヤよ」


ユキヤが呆れていると、突然ミシロが低い声音で真剣に問いかけてくる


「ん」

「我に名前をさずけてくれた以上は、お主は我の正式な主となったわけだ。つまりは、常に微量の魔力を我へと送り続けることになる。」

「え、そうなの?」

「やはり、知らなかったか…ユキヤが別世界の人間と聞いて、もしやとは思っておったが。ちなみにこちらに来てどのくらいの時間が経った?」

「んー寝てる間を含めないで活動した時間だけを言えば……三時間くらい?」

「そうか…ならばやはり、あの女騎士に頼むしかなかろうな…」

「えっと…?」

「ユキヤが眠っている間に、ナーデさんに国ことやらユキヤの事を聞いてな。お主は今後、あの女騎士に魔力の基礎訓練を施してもらい、魔王軍の輩と相対する訳なのだろう?」

「ま、まあ一応…予定では…あ、でもミシロめっちゃ強いなら俺がいなくても…なんて」

「いや、そうでもなくてだな…。我は亜人であるが故、魔物との相性は良くない。使える魔法も攻撃的なものはあまりなくてな。」

「亜人と魔物って何か因果関係でもあるの?」

「ああ、だがその辺の話も我よりもナーデさんや女騎士に聞いた方が補足もあってわかりやすいだろう。

ちなみにだが我の魔力値はあの女騎士、名をセルナと言ったな。やつの多少上といったところだ。」

「魔王軍はミシロ以上ってことか?」

「ああ、恐らく人間の最大階級であるSS判定よりも遥かに高いであろう。魔力値が高ければその分魔法一つ一つの威力も絶大だ…」

「そっか…」

「ああ、だからこそユキヤにはセルナに、魔力の使い方と多少の護身術を教えて貰い、その後は街を出て比較的安全な村や街の魔物を討伐して実践で、鍛えよう、と考えている」

「…なるほどな。確かに、実践の方が戦い方にも慣れが出て色々と利点が多そうだ。」

「この国を救う、と言うのが間接的なものに変わってはしまうがユキヤの事を考えればこれが一番最善であろう。」

「わかった。明日にでも国王に話して早速セルナさんにお願いしてくる。」


ミシロは「決まったな」と言いながらお茶をすする。


俺は何か勘違いをしていたのかもしれないな。もちろん味方である確証がなければ怖がってしまうのは当然かもしれないが、中身を知ればすごく話しやすかったり、こっちの事を真剣に考えてくれるし…きっと魔物も人間も、ミシロみたいな亜人だって互いに腹割って話すことができたら共同生活なんかもできるんじゃないかな…ま、前提として魔物に話せる言語とか知能があるのかがまだわからないけど。


「とりあえず、やることは決まった。この世界に来て数時間分の知識しかないが、やれるだけやってやる…!」


ユキヤは目標と誓を胸に、スプーンを掲げ食べかけの昼食に手をつける。


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