第三話 【従者】
「この…悪魔め!」
「早く消えろ!魔王軍の手下が!」
剣や槍を持った男達、後方で杖を持った男の仲間と思われる男女はユキヤに対し、怒りと憎しみの表情を向け、己の恐怖を抑え威嚇をする。
男達は持っていた武器をユキヤに向け振りかざしている時、ユキヤの思考は疑問で埋め尽くされていた。
何故だろうか……。俺はただ、このギルドで魔力値を測っただけなんのに。この状況は……なんなんだ…
事は、数分前に溯る
王宮を出て、付き人と軽い挨拶を交わしてから徒歩で街の東にある商店街を経由し、中央区に位置するギルドへと向かうことになった。
「えっと、ナーデさんも国王の王宮でメイドを?」
「いえ…私は言うなれば、おしめ係です」
「はい?」
若い女性の口からすんごいワードが飛び出してきたんだけど
「失礼噛みました。お飯係です。ご飯作ってます。はい。」
「あ、ああ、ですよね。びっくりしたぁ…」
てか、飯作るとしても「お飯係」とは言わんだろ…俺の知識が浅いのか異世界特有のズレなのか…
「ああそうでした。勇者様」
「僕の事は、ユキヤで大丈夫ですよ。それで、どうかしましたか?」
「かしこまりました。ではユキヤ、国王様の住処で在られる場所は王宮ではなく屋敷というのが正しいのでは、と訂正を。あ、私の事もナーデで構いません。」
うん、どっからツッコもうか?
確かに、ユキヤと呼べとは言ったがいきなり呼び捨て?仮にも国王に頼られるほどの人材だよね俺?それと俺に王宮って呼び方の訂正をしたが、ナーデさんも住処って中々に…何これ、新手のボケ?
「あ、あっはは〜ナーデは面白いなぁ」
「は、はぁ…?私何か面白い事を申しましたでしょうか?」
え、素なの?まじか、天然って思ってたんと違う……
「あ、ユキヤそろそろ商店街の入口ですよ」
「はい…もうそれでいいです……」
ナーデは終始無表情のまま、商店街の入口へと小走りで向かう。ユキヤはその後ろをだらだらと追った。
「商店街ってよりは…市場というか…フリーマーケット?」
店ではあるのだろうが、商売人達は皆地面にシートを引きその上に物を置いて客引きをしていたり、木箱の上に商品を並べていたりとこれもまた想像していたものとは少し違っていた。
「案外、現実ってのはどこでもこんなものなのかな…」
「何をブツブツと言っているのですかユキヤ」
通りを見ているうちに、ナーデは食べ物を購入し両手いっぱいに揚げ物やら、串焼きやらを持ちその口の中には頬が膨らむほどの菓子パンを詰め込んでいた。
「随分買ってるな…と、言うか食べ物も売ってんのか…でも流石に地面に置いたりは…」
そう思い、ナーデが先程までいたであろう場所を覗いてみる
「か、かまど!?」
筋肉ムキムキの男が、額から汗を流しながらかまどで串焼きを作っていた。
どうやら、注文があってから焼いているらしい。それなら作り置きをシートなどに置くことも無いし安心だなとユキヤは感心する。
…でも、なぜかまど?
「あ、ユキヤ!あそこに装備品を取り扱う商店がありますよ行きましょう。」
ナーデは食べた串焼きの棒で、目的地を指す。
と、言うか食い物屋を観察してる間に両手いっぱいにあった物は食い切ったらしい。軽くバケモンだ。
「……行くか」
とりあえず、言われるがまま装備品を見にナーデの後ろを歩く。
こうして後ろから見てみると、どこにでもいる女の子にしか見えない。
もはや女性として見るよりも、ちょっと天然のおっとり少女と言ったところなのだろう。
ブロンズの髪を後ろ手に一つにまとめ、歩く度に左右に揺れる。
並んで横顔を見てみれば、透き通るような蒼眼に無表情という、天然要素を抜けばただの大人しい系の美人なのだが、口の周りにつけている食べカスを見るとやはり残念ぽさが出ており落胆してしまう。
「口の周り、色々と付いてるよ…」
ユキヤがそう指摘すると、ナーデは途端に頬を赤らめユキヤから顔を逸らす。
え、何今のめっちゃ可愛いじゃん……
「これは失礼しました。さ、さあユキヤ、何をお探しですかな!」
ちょっと動揺してテンションおかしくなってるじゃん……ま、いいか
「んーそうだな。装備自体は今は大して興味はないんだよな…正直ギルドで魔力値を測って自分に何が出来るかわかってから整える方が後悔しないだろうし…」
そんな事をつぶやくと、何故かナーデは頬を膨らませ怒りの表情を露わにする。
いや、なんで…?
「そうですか、私の案内は不要ですか。余計でしたか。どうもすみませんでしたね!」
あー、うん、この人は結構めんどくさい人だ。はあ…仕方ない。
ユキヤは嘆息し、装備品を並べる商人の前でしゃがみ、並べられた様々な商品を物色する。
すると、文句を垂れていたナーデもユキヤの隣でしゃがみ込む
「何かお気に召すものでも?」
「いや、ま、まあ折角教えて貰ったんだしガッツリと装備を揃えるわけじゃないけど、ちょっとした装飾品くらいは良いかなってね…」
ユキヤが言い訳混じりにそう言うと、ナーデは初めてユキヤに笑みを向けた。
「んなっ!」
今度はユキヤが照れくさくなり、顔を背ける。
いやいや、不意にこの距離でそれはずるいでしょ…!
「あのーお客さん?冷やかして、その上イチャついてんなら他所行ってもらえるか?」
店主にそう突っ込まれ、その場の圧や緊張感に耐えられなくなり顔を真っ赤にしたユキヤは、何も買わず逃げるようにしてナーデと共に商店街から抜け出し、そのまま中心区へ歩き始めた。
「ユキヤは、表情がころころ変わって面白いですね」
「誰のせいだよ!」
結局、店をゆっくり見れなかったが…まあそのうちまた行けばいいか…
そして、商店街からしばらく歩きウェルと共にテレポートした冒険者の憩いの場へとやってきた。
「あーここに繋がるんだ。と、言うかあれかギルドが中央区にあるってんなら憩いの場があった方が交流を深める上では良いのかな。
冒険者ってなるとやっぱチームワークとか大切になってくるもんな。経済的に、なんて思っていた自分が恥ずかしいな…」
「ユキヤ、どうかしましたか?」
「ああ、いや大丈夫」
そう言えばいつの間にか敬語で話さなくなってたな…そういう面での接しやすさは評価として高く買われるんだろうな。俺も固くならずに見習っていかないとな…
そして憩いの場を抜け、国王の屋敷がある方とは逆の道を少し進むと、大きな木造の建物が現れる。
「おお…でかい…」
「ここが、冒険者ギルド兼BARです」
「…BARなの?」
「BARです」
「ああ…そう…」
いや、もういいよ…普通酒場だろとかツッコむのもしんどくなってきた
「BARと言っても、夜のみの営業で昼間はギルドとしてしか使えません。残念でしたね。」
「いや、別に残念ではないけど」
「そうなのですか?国王がたまに夜中屋敷を抜けだして、このBARに足を運んでいるとメイド達が噂していましたが、男性の方はBARが好きな訳では無いのですか?」
「そうだね…その噂はあまり知りたくなかったけど、少なくとも僕はそんなに興味はない、と言うか年齢的にそういう面を体験する機会が無かったから別に…ね。」
ユキヤはそんな受け答えで話を流し、さっさとギルドへと入って行く。
「おお…さすがに広いな…」
入ってすぐ右には、大きな掲示板があり討伐依頼や、探索などいわゆる『クエスト』と思われる貼り紙が沢山あった。
奥には窓口が五個程並んでいる受付があり、左にはいくつかの休める椅子と机が並んでいて数組の冒険者が固まって談笑をしているのをみると、多少の飲食の営業はしているようだった。
「受付の奥にある階段を上がれば、夜にBARを行っている席が並んでいますよ」
「いや、それはもういいって……」
そう切り返すと、何故か不思議そうな顔で見つめられた
「えっと、魔力値を測るのって窓口に行けば大丈夫なのかな?」
「はい、ギルドの管理人の者が案内をしてくれます。私はこちらでお待ちしておりますのでユキヤは行ってきて構いません。」
「そっか、ありがと」
「………いえ」
ユキヤが礼を言うと、ナーデは顔を伏せてモジモジと体を動かす。
トイレ我慢してんのかな…?今のうちに行ってきていいのに…とりあえず受付っと…
窓口へ行くと若い女性の受付嬢が出迎えてくれる。
「あーすみません、こちらで魔力値を測定して貰えると聞いたのですが」
「はい、冒険者カードはお持ちですか?」
冒険者カード?この国の身分証明書みたいなものか?
「えっと魔力値を測るのは初めてで、そういうのは無いんですけど、測る場合に必要ですかね?」
「いえ、魔力値の測定をされる方は冒険者の方が多いのでご確認をしただけです。初めての方でもカードはなくても測定可能です!ただ、冒険者カードには魔力値を含め更新されたステイタスなども記載が可能というだけですので!」
「なるほど…作らなくても大丈夫なら、今回はこのまま測定をお願いします」
「かしこまりました。そうしましたらこちらの、水晶に手をかざして自分が一番強く思う願いを頭の中で映像でも、言葉でも構いませんので浮かべてください!想いの強さ、すなわち精神力があなたの魔力となり力の源となります」
受付嬢の女性は、掌より一回り大きいくらいのサイズ感がある水晶を差し出し、説明を加えてからニコリと笑う。
「願い…か…」
今は、この国を救うために動ける力が欲しい。
期待をしてもらっている分、それに応えられるだけの力が……!
「こ、これは…!?」
受付嬢の女性は驚きの声を上げる。
ユキヤが願いを頭の中で考えると、水晶の中に赤色の煙が充満し一定の速度で回っていた。
数秒経つと水晶内の煙が薄くなってゆき、うっすらと文字が浮び上がる。
「な、なんだこれ?」
文字…ではあると思うんだけど、読めない…この世界の言葉か?ん?と言うか今更だけど、なんで俺異世界の人と普通に会話できてんだ?ま、後でウェルさんにでも聞くか。
「…測定結果が出ました。結果はC判定、駆け出し冒険者より多少高いくらいで、割と一般的ですね。」
あ、これ『C』って読み方なんだ…ふーん。いや、ちょっと待て、今一般って言った?嘘でしょ!?ウェルさん話がちがーう!!
「えっと…間違いとかってことは…」
「この水晶は、洞窟の最深部に存在する最高質の魔法石を使用しているので、故障など過去にそう言った事例などもございませんよ」
「ですよね…ありがとうございました」
「ですが」
ユキヤが肩を落とし、ナーデの元へ戻ろうとすると受付嬢の女性が呼び止める。
「水晶内に現れた煙があのような色をしているのは、初めて見ました。あなたは何か秘めたるものを持っているのかもしれませんね。頑張ってください」
「あ、ありがとうございます」
一礼し改めてナーデの元へ戻る。
「ユキヤ、どうでした?」
「ん、ま、まあ普通?みたいな?」
あーやべぇ…召喚者なのに一般人レベルって言われたのが思ったよりショックで素直に結果を言えねえ…
「そうでしたか。まあユキヤはなんと言いますか、自分で戦うよりも誰かに任せて指揮をとるイメージがありますし、ユキヤ自身の魔力は低くとも味方への補助魔法などが良い物を習得できるかもしれませんね。」
な、なんかすごく励まされてる…。魔力値が低いとサポーターに回ってしまうのは必然なのかな?とりあえず今後の方針は補助魔法の習得になりそうだな。…まだまともに魔力の扱い方も知らんけど。
「はあ…でも味方、か…やっぱあれなのかな奴隷とかこの世界にもあるのかな…」
「ユキヤ…?」
ユキヤの独り言に、ナーデは訝しげな目を向ける
「あ、違うよ?別にそういうのに手を出すんじゃなくて、魔物と戦う前に人間同士での差別とか争いを無くしていかないとなって思っただけで」
「…なるほど、これは失礼しました。一応…この国にもそういったものは存在します。
人間と亜人のハーフや、貧しい者、貴族に楯突いた者などそうなってしまう経緯は様々です。
ですが…あんなに胸クソが悪いものはないですよ…」
最後の一言にユキヤは背筋が伸び、冷や汗が流れた。それ程までに、低く重い念の様なものが込められた言葉だった。
確かに人が人を無理矢理に使役するのは見る側も、もちろん当事者達も良くは感じないよな…
「任意で、強力な人が忽然と現れてくれたら、世界の平和も保ちやすくなるんだろうけどな…」
そんな明らかなまでのフラグの様なセリフは、本当に実現してしまった。
突如として、出入り口へと向かっていたユキヤ達の目の前の床に真っ黒な魔法陣が浮び上がる。それはギルドを揺らす地響きと、極小のイナズマを放ちながら回転し続ける。
「おいおい、またかよ…本日二度目だぞ!!」
ユキヤはナーデの腕をつかみ魔法陣から距離をとる。今回は体が動かなくなるということは無かった。
だが、緊迫感や焦りは収まる気配を感じない。
すると、魔法陣の中心に底が見えない暗闇が出現し、その中から何かが徐々に姿を現して行った。
「これって…狐…の人…?」
「な、なぜこんな所に妖狐が…!?」
突如現れたのは、真っ白な髪に巫女服のようなものを着ており、頭の先端から長い獣耳と、真っ白な毛並みのしっぽが生えた狐人だった。
ナーデは恐怖からなのか、絶望したかのように顔を歪ませた。
妖狐って、狐の霊が人間に化けたりするあれか…?
ユキヤとナーデが固唾を呑んで静止する中、ギルドで休んでいた冒険者パーティの数名が武器を構えて、ユキヤ達の元へと近づいてきた。
「あんたら、冒険者じゃないんだろ、下がってな」
「ここは俺達が足止めするから、今はとにかく避難を!」
その言葉を聞き、ひとまずギルドの奥の方へ行こうとすると、現れた妖狐がユキヤをジッと見据える。
「え、俺?」
ユキヤがあたふたすると、冒険者達がユキヤの前へ立ちはだかり妖狐の行く手を阻もうとする。
「我が主……私に名を……」
妖狐は今にも消えてしまいそうな、掠れた声音で言った。
それは目が合っていたからわかった、ユキヤに申しているのだと。
「君は…一体…」
「まさか……使い魔…?」
ナーデは、震える声音でそう言った
「使い魔だと!?もしかして、そこの兄ちゃんがこいつを召喚したのか?」
ナーデの言葉を聞き、冒険者の一人が振り向きユキヤを睨む。
「そう言えばさっき奴隷がどうとか言ってたな…お前…まさか魔王軍の…!」
「ちょっと、待て待て何でそうなる!俺はただ魔力値を測りに来ただけで、ぶっちゃけ魔力をまともに扱う、の…だ……って…」
ユキヤは喋っている途中で、凄まじい目眩と眠気に襲われた。立っているのもやっとだった。
ナーデは未だ恐怖で自分から動けず、あまり思考も回っていないようだった。
あれ、なんだこれ…くそ…どうなってんだよ…
「使い魔なら、主であるこいつを殺れば魔力供給が無くなって消滅するはずだ。妖狐が魔方陣から動こうとしない今のうちにこいつを殺っちまうぞ!」
すると男の一人が周りの仲間にそう呼びかけ、標的をユキヤへと変える。
「ああ、この悪魔め」
「とっとと消えやがれ!魔王軍の手下がああ!」
冒険者の男達数名は剣や槍の矛先を、奥で二人の神官のような男女が魔法詠唱を始め、それら全てユキヤに向いているものだとユキヤ自信が気づくのは、全ての攻撃が当たる寸前だった。
それまで恐怖で座り込んでしまい、動こうとしなかったナーデもユキヤへの攻撃に目を見開き手を伸ばそうとした。
畜生…ツイて、ないな…
収まらぬ目眩と眠気に足元が振らつくユキヤは避けることさえ叶わなかった。
「ユキヤアアアアアアアアアア!!!」
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