とある勇者と剣の話

秋月蓮華

とある勇者と剣の話

「わあ、これが私に与えられた剣なんだね」


「そうですよ。勇者様。セカイを救う貴方に与えられた剣です」


とある世界のとある神殿にて知識を与えられた両手剣は少女の声を聴いた。視覚素子で周囲は確認が出来た。

澄み切りすぎた空間で、自分をこれから振るう勇者が自分を見下ろしている。

勇者様は銀髪を背中まで伸ばしていて、赤色と青色のオッドアイした少女だ。勇者は剣に明るい笑顔を見せた。

台座に置かれた剣に触れる。


「よろしくね! 私は魔王を倒して世界に平和をもたらさないといけないんだって」


他人事のように勇者は話した。熱意に溢れているわけでも無く、ただ、それがそうだから、これがこうだからと話している。

そんな勇者だった。




勇者も勇者でセカイを救うために作られた存在だった。剣もそうだ。この世界を作った神様は何柱が居て、その中の何柱かが、

力を貸してくれて剣が出来たのだ。神様が直接、力を振るえれば解決かも知れないが、ルール的に出来ないらしい。

ルールを破ったら破ったで神に不利益が被られたり、大昔の大戦争で疲れたからという説もある。


「十五歳になったら、神殿を出て魔王を倒しに行けってさ。魔王を倒せないと世界が危険らしいよ」


この世界の聖都と呼ばれている場所の一角で彼女は暮らしていた。一人では神殿の外に出ることは出来なかった。

勇者として作られた彼女はピーキーなんだって! と自分のことを語った。力を盛りすぎて、力が強すぎて神殿の一角を出ると、

周囲に悪影響が出るのだと話す。

勉強だって運動だって一角でするしかない。周囲は勇者様、勇者様、と呼んで崇めているが、彼女は彼女でマイペースすぎた。

見習い神官を懐柔して買ってこさせた、バケットを薄切りにして作られたラスクを、二日に一度は彼女はバリバリと食している。


「ラスク、美味しい」


ラスクを彼女は好む。

空は呆れるぐらいに晴れ、彼女のために与えられた空間は花々が咲き誇る。人間で言う楽園はこんな所では無いかを

体現しているような場所だ。


「これから、剣の特訓だからさ。お前のことを私はこき使うことになるよ」


知っている。

そのための剣だ。勇者のために作られた剣だ。勇者は剣といつも一緒だった。分かっているなんて剣は思っていたけれども、

伝える伝える機能なんてついていなかったので思っておくだけにした。

バリバリと彼女はラスクを食している。


「さてと、剣の師匠が来るから、やらないと。――次はイチゴのラスクを頼もう」


神殿は彼女を崇めている者も居れば、畏怖している者も居る。様々だが、共通しているのは魔王を倒してくれる存在と思っているところだ。




十五歳になり、彼女は神殿を出てお着きの者と剣と共に魔王を倒しに行った。


「よいしょっと」


あの頃よりも軽々と、彼女は剣を振り回して二足歩行の狼のような魔物を切り飛ばす。剣は彼女に従って魔物を切った。

森を埋め尽くすような獣たちを宛てにしていないお着き者とも共に彼女は倒す。

世界はいよいよ危機を迎えた。天変地異や魔物の反乱、人々は勇者を求めた。

剣を持ち、風車のように剣を回しては魔物を切っていく。


「お前と居られて良かったよ。剣。みんな勇者を求めるよねー」


獣たちのうめき声で聞こえないことを知っていて、彼女は剣に呟いた。




勇者は勇者の役目を果たして、魔物達を切り裂いて、ちょっと偉い魔物も倒して、

凄く偉い魔物も倒し、お着きの者たちが死んでも、彼女は役割を果たすと進む。


「分かっているのか」


「分かってるよー。でも、それはそっちも一緒だったでしょう」



「そうだな。……だが、お前には……」


魔王はヒトガタで見た目は男だ、トドメは勇者が刺していた。両手剣で心臓を一突きだ。玉座の間にて、

勇者と魔王は初めて会ったはずなのに長年の友人のように話す。

彼女は剣を魔王から抜いた。切るねーと何事も無かったように彼女は剣を振り上げる。


「――がいる」


魔王の呟きを剣は聴いた。

そして戦いの末、勇者は、セカイを救った。



勇者の少女は分かっていたのだろう。勇者として魔王を倒せばどうなるかなんてことを、最初から知っていたので、知っていたけれども、周囲がそうだったから、

勇者はそうだからと認識して、そのまま実行した。


「世界がその人、一人で救われるなら、世界はその人しか必要としていない」


魔王が滅んで世界は平和になりました。めでたしめでたし。ある意味ではそうだろう。

この世界で生き延びたのは、彼女だけだった。魔王が死んだことにより、世界は救われた。世界は勇者一人に救われて、世界は勇者だけしか必要としかなかった。


「お前は人じゃ無くて剣だから、ノーカン。あのね、剣」


誰も居なくなった大地で彼女は自分のことについて話し出す。自分が作り出されたとき、連れ出してくれた人が居たこと、村で暮らしていたこと、

赤ん坊のころから、頭は良かったから様々なことを学べたこと、その人は勇者では無く人間として生きて欲しかったことを話す。


「産まれて直ぐに分かってた。魔王も私も、どっちかが勝てばどっちかしか生き延びられないこと」


その意味は、明らかだった。

魔王にしろ勇者にしろどちらかが生き延びれば、どちらかが死ぬ。付き従っていた者たちも死ぬ。分かっていて振る舞っていたのは、

彼女は勇者で魔王は魔王だからだ。


「せめてラスクを作った職人さんや買ってきてくれた神官が生き延びてくれればと思ったけれど無理だったし」


まだラスクにこだわるのかとなったが、そう言うものだった。彼女は、剣に触れる。


「これから神々が来てー敵対する神も来てー再編とか戦争かな。でもって、私はこれから神々相手に大戦争するよ。付き合ってくれる? 剣」


作られた勇者は聴いた。

剣は頷く。伝わらなくても、頷いた。魔王が言っていたのは、これだ。

お前には、剣がいる、と。


「行くぜっ。相棒! やりたいことは、今のことをやりつつ考える」


彼女は初めて剣を相棒と呼んだ。背負われた剣は彼女と共に、これから大戦争へと走る。

今までもこれからも変わらない。彼女に振るわれるのが、剣だ。

剣は彼女の相棒なのだから。



【Fin】

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