第14畳 で?引っ越すの?
アンナは村のなかを走っていた。乗り物酔いによる汚物にまみれつつ。
普段から村の人とは見た目と本人の引きこもりがちな性格も災いして村人とは接点のない彼女だが、父親から逃げろと言われたが、再び舞い戻ってきた。
魔物襲撃の数日前。
会話をすることがない彼女にとっての唯一の情報源が気配を消した盗み聞きである。
あの入れない空間についても村人達の井戸端会議から仕入れた情報だった。
「あそこな、すげー妙ちきりんな場所あっでよ。ばさまにきいたら、あらあ、神様のばしょでねかって」
「ちがうべさあ、あげな森ん近くで弾かれっ場所なんか無かったべさ。えんらい魔導師様の1人なんじゃねか?」
「おめら、何を言うとる。あんなとこなんぞ行ってみろ、えげつないもんがおこっにちげえねぇ。さわらぬ何かに祟りなしっちゅうともある。近寄らんが吉じゃ。」
「「「んだんだ」」」
同意して帰る村人達の中で気づかれずにアンナは呟いた。
「森の魔導師ね…」
家族にばれないように家帰ると、なに食わぬ顔で部屋を出る。
「くそ親父!!まーた、おらの下着の中に親父のくっさい下着入れたべ!!」
「それくらいいいべさ。働かない娘がわしの下着洗ってくれても!」
「嫁さ、いけなくなったら。親父のせいじゃ。加齢臭くっさー。」
「お前なんぞもろてくれるやつなんぞおらんわい。引きこもり過ぎて今にぶくぶく太って見る影もなくなるはずわ!!」
「何を!!くそじじい。」
いつものように娘と親父のリビングでのガチバトルが始まる…。決して外には出ない。
このように、アンナは根っからの内弁慶だったのだ。
このときはアンナもこの後、村が変化せずに引きこもれると思っていた。
それから数日経って事態は急激に変化する。
その日、アンナはベッドの上で乾いた大豆を食べて怠惰の極みを演じていたが、部屋のドアは音と共に壊された。
「何してくれてんのよ!!ダメ親父!!」
いつもなら怒鳴り付けてくるはずの父親は、そこにはなく青ざめた表情の父親の姿があった。
「アンナ…お前…外に出ろ。」
重い空気が流れる中でアンナは口を開いた。
「どうしたのよ。気持ち悪い。」
「お前が外では会話ができないのはよく分かる…だが…もう村は無理だ。」
「嘘ついて追い出そうとしてるんでしょ!わかってるんだから。」
「魔物がやって来た。」
「魔物位いるでしょ。」
「トスカおじさんが死んだ。お前の姪や甥を庇って。」
トスカ叔父さんは村一番の狩人だった。10匹のゴブリンを素手で捻り潰すくらい強い人である。
その人が亡くなったということは不測の事態が迫っているのはアンナでもわかる。
「母さん達は…?」
「先に安全な場所に逃げた。お前もわかってるだろ?母さんの性格。」
「「魔物見るのが何より怖い」」
ゴキブリ見ただけで隣の村まで逃げる母である。魔物と聞いた瞬間何処まで行くかわかったものではない。
「私、1人じゃないのよね。父さんも行くのよね。」
「いや。俺は残る。」
「待ってよ。私が悪かったって」
「そうじゃない。わしはこの村を守らなくてはならんのだ。お前は引きこもりができればどこでもよいのだろうが…わしは違う。母ちゃんも納得の上だ。わかってくれ。」
悲壮な顔をしながら語る父親に対してアンナは覚悟を決めた。
「逃げる。でも、ここを守るために逃げるんだ。それまで生きててよね。援軍よんでくるから、それまで頑張って」
「お前に援軍など呼べるか!!引きこもりが」
「やってみないと分かんないじゃない。」
「期待せずに待ってるよ。」
「クソオヤジが。」
感動の別れになるはずが二人にかかるとコントになる。シリアス感が台無しだった。
とにもかくにも、アンナが走ってたどり着いたのが前に聞いていたハジメの土地だったわけである。
アンナがハジメの土地に向かった理由は単に人が少なそうだったからという一点である。
そうして、ハジメ達に会って村に帰ったわけである。
一度は父親に見送られ今はその父親を探していた。
生きてる可能性は限りなく低いはずであった。
既に、村人達の遺骸を何人と見ている。だが、その中に父親の姿は見えなかった。
ハジメたちと距離が離れてもさがし続け、いてもたってもいられず声を上げた。
「誰かいますか?」
しばらく静寂を辺りを包んでいたが、
「だれか…だれかいるのかい?」
近くの瓦礫から声が聞こえてきた。
「その声は…雑貨屋のクレア婆さん!今から助けるから待ってて。」
瓦礫を払いのけ、棚に挟まっているクレア婆さんを見つけた。
「今助けるから!!」
苦しそうにしているクレア婆さんを横目に挟んでいる棚をアンナは持ち上げようとする。
だが、その時、ゴブリンの生き残りが声もたてずに近寄ってきていたのだ。
「危ない!!」
クレア婆さんは声を上げるが一瞬の出来事に、アンナは対応しきれなかった。
目の前に血飛沫が舞い散る。
思わず目を閉じたアンナはその血を自分のものだと確信していたが一向に痛みが襲って来なかった。
「えっ。なんで。」
痛みが来ないことに疑問に思ったアンナはゆっくりと目を開ける。
そこにうつっていたのはゴブリンの刃に刺された父親の姿だった。
「馬鹿娘が。帰って来やがった。」
笑いながらそういうと、足から崩れ落ちるように地面へと父親は突っ伏した。
「お父さん。いやー!!」
その姿を見たアンナは思わず叫んでしまった。
魔物たちがそれに反応するとは思わずに。
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