第54話 英雄王と魔王

 俺はルナのいるリビングからリンがいるダイニングへ移動した。


 そして、ダイニングテーブルセットの椅子に座って待っていたリンの正面に座った。


「拓海、私の隣に座れ」


 リンは自分の隣の椅子をポンポンと軽く叩いた。


 俺はリンの隣に移動した。移動中にルナを見たが、ソファーに座って机に置いていたクッキーを食べながらこちらを見ている。


 ルナとはお互いの顔が見える位置になる。遠目から見ても、ルナのしあわせそうな顔をしているのが分かる。


「ふふ、ルナは拓海の特別な存在になれて嬉しそうだな」


「特別か……確かにルナは特別な存在になったな」


 リンは隣にいる俺の手を握ってきた。俺はリンを見た。リンは真剣な顔で俺を見ていた。


「拓海、私もお前の特別な存在になりたいのだが、どうしたら特別な存在になれる?」


「リンも俺の特別な存在になっているよ」


俺の言葉でリンが笑顔になる。


「そっ、そうか。それなら私も拓海の恋人になっても良いか?」


「そうだな。お嫁さんになるから、その前に恋人にならないとな。リン、よろしくな」


 俺はリンの頭をなでた。リンの銀髪はいつまでも触っていたいと思わせる心地良さがある。


「こら。私は子供ではないぞ。頭をなでるな」


「リンの銀髪は奇麗だから、ずっと触っていたいんだよ」


 リンの顔が赤くなる。透き通るような白い肌なので、赤くなるのが分かる。


「そっ、それなら仕方ないな。私と拓海は、こっ、恋人だしな。特別に私の髪を触るのを許す」


 俺はその後リンの頭を三回ほどなでた。なでるのをやめるとほぼ同時に、握っていた手も離した。


「拓海に話がある。今の拓海に話をしても大丈夫だとは思うが……」


「何の話?」


 俺が聞き返したがリンは何かを話すのを躊躇しているようだ。


「……拓海の通っている城神学園は、我々が高校生の生活の情報を得る為に作られたのは知っているか?」


 俺は頷いた。英雄王になって、神世界の膨大な量の情報が頭の中にある。俺が通う城神学園のこともあった。


「そうか、やはり知っていたか」


「ああ。英雄王になって、神世界の情報が頭に入ってきた」


「私の話と言うのは花澤葵のことだ。彼女には今から一か月ほど前に恋人ができた」


「は? えっ? 相手は誰? えっ、えっ?」


 はっ? マジかっ! もう花澤葵ちゃんに好きな気持ちはないけど、ちょっとショック。いや、かなりショック! これって失恋?


「相手は城神学園の生徒会長だ。だが拓海は、花澤葵に対して好きな気持ちはもうないと言っていたな。別に問題はないな」


「好きな気持ちはないけど、好きだった女の子に恋人がいたのは、ちょっとショックかな?」


「そうか、気持ちは分からなくもないが……だが大丈夫だ。私とルナがいる。拓海が落ち込んでいるなら、私がなぐさめてやる」


 リンの言葉自体は高圧的だか優しい。リンのことが、さらに好きになってしまった。


「リン、ありがとう」


「ふむ。体でなぐさめても良いが——よし! 今から一緒に風呂に入るとしよう」


「体でなぐさめる⁉︎ 一緒にお風呂⁉︎」


「拓海はソラと何度も風呂に入っているだろう? キスもしたらしいな」


 あれ? あれれ? ソラとお風呂やキスのこと何故リンは知っているんだ? ソラから聞いたのか?


「リン、何故俺とソラがキスをしたのを知っているんだ?」


「ここ一年ほどソラとは音信不通だったが、最近になってソラが私に相談をするようになってな。いろいろと話を聞いている」


「ソラがリンに相談?」


「そうだ。好きな人物ができたと。私は積極的に行けと言ったがな」


 ソラに好きな人がいて、リンは積極的に行けとアドバイスをした……


 最近のソラは俺に抱きついてきたり、自分からお風呂に入ろうと言ってきたり、そして俺にキスをしたり……積極的だな。


「ソラの好きな人って俺か?」


「それはソラに直接聞くといい。私が言うことではない」


「そうだな……」


 そしてリンは立ち上がった。


「よし、今から風呂に行くぞ!」


「はっ? 本気か?」


「私は本気だ」


 ルナはソファーにいたが、リンが立ち上がってお風呂の話をしたら、小走りでこちらに来た。そして手を上げた。


「はいはーい。私も一緒に入りまーす」


「もちろんルナも一緒だ。私、ルナ、拓海。三人仲良く入ろう」


 リンはルナを見ていたが椅子に座っている俺に視線を戻した。


「拓海」


「なっ、何かな」


 リンはニヤリとした。その顔は獲物を狙う肉食動物そのものだった。


「脱げ」


「はい?」


「脱げ! 裸になれっ!」


 リンは草食男子を襲う肉食女子だー。たすけてー、誰かたすけてー。僕食べられちゃうよー。


 俺は心の中で助けを求めた。声には出さない。声を出すわけがない。


 ——頼む! この状況を維持したい! お願いだから誰も家に来ないで!






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