第40話 ラッキースケベごっこ

 俺が脱衣所の扉を開けようとすると、父さんが声をかけてきた。


「拓海、何をしているんだ?」


 俺は父さんの方を向いた。


「第一回、ラッキースケベごっこ」


「ラッキースケベごっこ? ……なるほど、ソラ君が女の子役か」


 なぜか父さんは、俺の『ラッキースケベごっこ』の言葉で、すべてを察したようだ。


「どうして父さんは俺の言葉で、すべてを理解できるのさ? 父さんはエスパーなの?」


「父さんはエスパーでも、神でも、魔王でもない。普通の人間だ」


「じゃあ、なぜソラが女の子役とか分かるの?」


「それはな、父さんも母さんとラッキースケベごっこをやっていたからだよ。今の拓海とソラ君みたいにな」


「そんな事を息子に言わないで下さい」


「拓海……ラッキースケベごっこをやっている姿を父親に見せないで下さい」


「うっ……」


 父さんは勝ち誇った顔をしていた。


「まぁ、楽しければ良いけどな。拓海達のあとに父さんも風呂に入るから、お遊びもほどほどにな」


「わかったよ」


 そう言って父さんは俺の横を通り過ぎる時、俺の肩を叩いてトイレに入って行った。


 さてと、扉を開けるとしよう。


 俺はゆっくりと脱衣所の扉を開けた。


 ……ソラがいない。


 脱衣所にソラの姿はなかった。風呂場から、シャワーの音がしていた。


 ——くっ、ソラのやつ、俺を待たずに風呂に入って……ラッキースケベごっこは中止ですか?


 俺はラッキースケベごっこはどうでも良かった。ソラが女の子なら嬉しいけど。


 おは脱衣所で服を脱いで風呂場に行った。


「あっ、拓海君。ごめんね。寒くなったから、風呂場に入ったよ」


「気にしなくていいよ」


 ソラは椅子に座ってシャワーを浴びていた。俺はソラのうしろに立っている。


「ソラ、カラダは洗った?」


「うん。洗ったよー。今から頭を洗うところだよ」


「そっか」


「拓海君、僕のあたま洗ってよ」


「俺が? ……仕方ないな」


 ソラはシャワーであたまをぬらした。俺はシャンプーのボトルから、液体を出して手に取り、ソラのあたまを洗った。


「お客様、かゆいところは、ありませんか?」


「ないでーす」


 俺は美容所の真似をして遊んでいた。


「お客様、好きな人はいますか?」


「いまーす」


 ソラは好きな人ができたのか? いないと言っていたよな?


「お客様。好きな人は誰ですか?」


「獅子王拓海君でーす」


 ——なっ。俺の事を好き⁉︎ 冗談だよな?


「俺も、獅子王拓海君は知っていますよ。すごくカッコよくて、優しい方ですよね?」


「ちがいまーす。ただの変態さんでーす」


「コラコラ」


「あはは、冗談だよ。拓海君は変態さんじゃないよ。カッコいい男の子だよ」


 俺はソラの髪をシャワーで洗い流した。トリートメントもした。終わるとソラはお風呂に入った。


 俺もカラダとあたまを洗い、ソラのいるお風呂に入った。


「ふぃー。風呂は気持ちいいなぁ」


「拓海君、おっさんだね」


 俺とソラは向き合ってお風呂に入っている。


 ソラは立たずにクルッと回り、俺に背中を向けてカラダを密着させてきた。


 毎回の事なので、俺は驚きはしない。


「拓海君、覚えている?」


「何を?」


「僕を無理矢理、拓海君の家に連れてきた時の事」


 ソラに傘を貸して一緒に帰ったあの日、ソラのアパートの近くまできた時にバケツをひっくり返したような雨になった。


 なので、雨が落ち着くまでソラのアパートに寄って雨宿りをする事にした。


 ソラの住んでいるアパートは、俺の通学路にある。


 俺はその時ソラが一人で生活をしているのを知った。ソラの部屋は最低限の生活道具しかない殺風景な部屋だった。


 その時に、なぜ一人で生活をしているか聞いたがソラは教えてはくれなかった。


 俺は殺風景な部屋で一人でいるソラは寂しいだろうと思った。


 高校に入学してから話をした事もないソラ。俺は自分の家に泊まりに来るように、強引に話を進めて連れてきた。


「ああ、覚えているよ」


「その日に一緒にお風呂にも入ったよね……恥ずかしかったけどね」


 恥ずかしかったのか。そうは見えなかったな。


「僕、今すごく幸せなんだ」


「お風呂に入っている事が?」


「あはは。それもだけど拓海君や、拓海君のお父さんやお母さんと一緒にいると、幸せな気持ちになるんだよ」


 ソラが幸せな気持ちになるなら、ここは居心地が良いんだろうな。


「……拓海君」


「何」


「僕ね……家族がいないんだ」


「——えっ」


「だからね、ここにいると家族が出来たみたいで嬉しいんだよ」


 ソラには家族がいなかったのか……そうだったのか……


「拓海君、そろそろお風呂上がるね」


「俺も出るよ」


 俺とソラは風呂場を出て脱衣所で寝間着を着た。そしてソラが髪を乾かした後に俺が髪を乾かしている。


「拓海君」


 俺は鏡を見ながら髪を乾かしていた。ソラは俺の隣にいる。


 ソラに呼ばれたので俺はソラの方を向いた。


「どうし——」


 ソラは俺の唇に自分の唇を重ねてきた。それは時間にして一秒もない、一瞬の出来事だった。


「……第二回ラッキースケベごっこだよ」


 俺はソラからキスをされた事に、不快感はなかった。


「ソラ」


「……何?」


 ソラは少し顔が赤い。お風呂上がりで赤いのかキスをしたからかは分からない。


「今のはラッキースケベではない」


「じゃあ、何?」


「事故だ。死亡事故。俺の心はバッキバキのボロボロになりました」


「……僕とは……いや……だった?」


 ソラの声に力がない。今にも泣き出しそうな気がした。


「いやではなかった。不快感もなかったしな」


「そうなんだ。よかった」


 ソラは嬉しそうに笑った。


「だが! 第二回でラッキースケベごっこは終了!」


「うん。了解」


「そしてソラ君」


「はい」


「俺にキス禁止」


 ここでソラを止めておかないと、ソラとキスをするのが、当たり前になる気がする。


「えー。僕からキスされると拓海君、嬉しいんじゃないの?」


「嬉しくありません」


「ぶー、ぶー。分かりましたよー。キスはしませんよー」


 ソラはホッペを膨らませ、俺を見ている。


「分かればよろしい」


「でも、拓海はいつでも僕にキスして良いからね」


 そう言ってソラは脱衣所へ行った。


 なっ、何を言っているんだ。俺がソラにキス⁉︎ ありえない、ゼッタイにありえない!


 ソラが俺にキスをするなんて初めてだ。ソラは俺の事を好きなのか?


 それともただのラッキースケベごっこだったのか?


 ソラにキスをされて、俺の胸の鼓動が早い。


 ……俺はソラの事が、す……いやいや、気のせいだ。ソラは男だ。男の子なんだ!


 ……ソラが女の子なら良かったのにな……










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る