第34話 SPT司令フェルナンデス
フェルナンデスはSPTの司令室で今後の方策を思案していた。
既にハインズとの交渉を済ませ、予算拡充の確約を取り付けた。
主戦力であるローラの損耗したボディ・システムを回復するのは幾分容易になった。だが、フェルナンデスの表情は苦渋に満ちたものだった。統合軍特殊作戦部隊と黙示録の旅団及びPKTの混成部隊の戦闘に介入して得られた情報は極めて限定的なものだった。
地下街路を逃走経路に利用したカウンターグループの追跡部隊は、彼等の協力者と目されるグループの拠点に辿り着きはしたが、其処から先の情報は得られずに居た。スタジアムを改装した施設には、黙示録の旅団やPKTに関連する様な証拠は皆無だった。非合法の闇医者が使用していると思しき医療設備の類は発見されたが、それはアウター・タウンでは特に珍しく無い。肝心のカウンターグループの手掛かりは掴めなかった。
統合軍特殊作戦部隊に関しても、装甲車が爆破された事に因り何の目的で活動していたのか不明のままだ。だが、こちらの方は些か進展が有った。回収された破片に微量の生物化学反応が検出されたのだ。この事実からフェルナンデスは或る仮説を立てた。統合軍特殊作戦部隊はBC兵器を使用した作戦行動を遂行していたのではないか。アウター・タウンのカウンターグループとの抗争でBC兵器を実戦投入する可能性は無いとは言えない。しかし、この事実は更に深い意味を示唆している様に思えた。
事件の裏に潜む邪悪な影の存在を、長年の経験に拠り養成された鋭敏な勘が告げていた。フェルナンデスは嘗て経験した事の無い悪徳との対決の到来を感じ、全身全霊を傾注して巨大な陰謀を究明する覚悟を固めた。だが、相手は百戦錬磨の統合軍特殊作戦部隊だ。相応の犠牲が伴う困難極まる闘いになるだろう。それでも、フェルナンデスは一歩も後に退く積もりは無かった。強固な結束で連帯した部下達も想いは同じだった。SPTの隊員達は、絶対的な死地にも勇んで赴く使命感が在る。
麻薬で統制された統合軍特殊作戦部隊と異なり、自己の意思で任務に臨むSPTは高度な組織力を有している。隊員の選抜試験では厳格な適性検査が実施され、フィジカルやメンタル面において高度な数値を示した者だけが入隊を許可される。絶対的な正義感を有する事も必須条件だ。法に基づき悪を断罪する。目的の為にサイバネティクスで肉体を極限まで強化する事をも辞さない。喩え普通の警察官として、人間としての人生や幸福を捨ててでも。SPTはそう言う限られた人間の吹き溜まりだ。入隊した者は誰もが過去に犯罪に因って大事なものを奪われた暗い経験が在る。痛みを誰よりも知る者達が、自己が辛酸を舐めさせられた凶悪犯罪から人々を護る為に活動して居るのだ。必然的に、行政府警察機構の中でも特に正義感が強く、あらゆる腐敗を撥ね付ける人材が集積し、育成されていった。
捜査上、強大な権限を有する事になったSPTの存在を快く思わぬ行政府警察機構の上層部は、SPTに組織犯罪及び凶悪犯罪の摘発任務以外に足枷を付ける策略を講じた。行政府警察機構の広告塔の役割を担う事を義務付けたのだ。此れに因り、SPTは隊員のパーソナル・データが秘匿性を喪失してメディアに露出し、活動に大きな制約を受ける事になった。ローラとリチャードが襲撃された際にも、その事件の詳細と捜査内容まで、統合行政府直轄の報道機関であるWBNに因り公表されている。逆風に曝されても、目覚しい活躍を続けられるのは、隊員の志気が高くフェルナンデスの采配が群を抜いて優秀だからだ。
沈思黙考するフェルナンデスに部下が署内回線を開いて声を掛けた。
「司令。プロメテウス・ラボのバイオ・サイバネティクス部門から連絡が入って居ます。」
「そうか。ローラの回復措置の件だな。至急、司令室に繋げ。」
ハインズとの面談が功を奏して居る現状に、フェルナンデスは安堵を覚えた。セキュリティ・システムで防護された専用回線を開いて、相互ヴィジョン・モニターを表示に切り替えると、初老の科学者が画面に映った。
「フェルナンデス司令。プロメテウス・ラボのローランド研究開発主任だ。暫く停滞して居たローラ捜査官の回復措置の予算が正式に受理されたよ。人権擁護局長のハインズ氏が、行政府警察機構の上層部の意向を押し切る形で実現に漕ぎ着けた模様だ。我々としては、この機会に可能な限り迅速な処置を施す予定で居る。ローラはこちらで暫くお預かりする事になるが、御了承の程宜しく御願いする。」
「毎回貴方には苦労を掛けて済まなく思って居ます。我々に便宜を図る代償は、少なからず在るのでしょう?政治的圧力も相当だと聴き及んでいますが。」
「我々は、遣るべき仕事をこなしているに過ぎんよ。上層部の意向より君等を信頼して居るのだ。SPTには期待して居る。」
「ローランド主任。貴方は、カオス・コーポレーションの最高責任者で行政府統合軍の軍事科学顧問のカオス司令と大学の同期だった様ですね。貴方から観たカオス・ローゼンバッハと言う人物はどの様な傾向の人物ですか?科学に関する事のみならず、政治思想信条等も参考までにお伺いしたいのですが。」
「・・・彼は学生当時から群を抜いて優秀な科学者だったよ。だが、余りにも優秀過ぎた。彼の理想は、科学技術に拠る人類の飛躍的革新に在った。その為に法を犯しても非人道的な研究に没頭して居た。私や周囲の科学者は断固として反対したが、彼は統合大戦の勃発と時を同じくして軍需産業との繋がりを深めていった。最早彼の野望を止める事が出来る者は居なかった。統合軍は、抵抗勢力に対して圧倒的な軍事力で勝利を収め、統合政府を樹立するに至った。時代の趨勢の変化には誰も逆らえんよ。彼の構想は着実に完成しつつ在る。我々としては、君等SPTに可能な限りのサポートを実施する準備が在るが、何れ大きな時の波に呑まれてしまうやも知れん。我々の活動は、気休め程度の意味しか発揮し得ないのが現実とも推察される。・・・それでも君等には何時果てるとも知れぬ闘争を継続する意思が在るのかね?」
「私は亡き娘の墓前で誓ったのです。この混沌とした世界から、あらゆる悪徳を浄化すると。この生命が尽きるまで、私は諦める事は無いでしょう。隊員達も同じ気持ちで居ます。」
「そうか。君等の決意は紛れも無い本物だと判ったよ。ローラの回復措置は可能な限り迅速に仕上げよう。」
「助かります。現時点での我々の戦力では、強大な敵に打ち勝つ事は不可能です。ローラのボディの強化策も宜しく御願い致します。」
「了解した。早速、ローラの移送用の専用車両を向かわせよう。では、是で失礼する。」
通信が途絶えた。
漸く見えてきた一縷の希望の光。フェルナンデスは、SPTの厳格な指揮官として今後の組織運営の在り方を模索して居た。PKTと連携した、アウター・タウンのカウンターグループの存在も憂慮しているが、それ以上に統合軍特殊作戦部隊の動向が気に掛かって居る。NBC兵器の実戦使用が事実であれば、統合軍及び統合政府樹立時に公式に発表された、大量破壊兵器の生産及び使用禁止を定めた統合政府憲法の条項に明白に違反している。
得体の知れない大きな力が世界を混沌に陥れようとしている。否、そもそも世界は元から混沌の淵に在り続けていたのかも知れない。只、自分達を含めた大多数の民衆が気付かぬ内に。世界の軍事的均衡は、行政府のイオン量子ヨタA.Iオメガに依って、常に管理調整されている。行政府の世界支配の根幹を成すイデオロギーは、徹底した管理体制の実現に依る恒久的な平和状態の構築に在る。少なくとも、表向きはその様に発表されている。だが、統合政府が創設されて十数年が経過しても尚、地域紛争の火種は燻って居た。其処で暗躍するのが、行政府直轄の軍産複合体企業であるカオス・コーポレーションと、シュトロハイムを始めとする闇の武器商人達である。カオス・コーポレーションは、紛争を意の儘にコントロールして、シナリオに沿った結末を民衆に与える事で満足感を充足せしめる。
闇の武器商人達は、各地の反抗分子に武器を供給して、紛争を激化させて潤沢な利益を得る。善悪では無い価値基準に基づいて両者は競合関係を継続している。死屍累々たる戦禍が齎す猜疑心や不安定な心理を巧みに衝き、偽りの安息を享受させる事で民衆を支配する悪魔の如き狡猾な策謀は、唯独りの男の頭脳が産み出した新世界の秩序である。その男こそ、カオス・コーポレーションの総帥にして統合軍軍事科学最高顧問のカオス・ローゼンバッハだ。
フェルナンデスは、その明晰な頭脳を駆使して、カオスの野望の朧気な輪郭を認識し始めて居た。真実へと辿り着く途は一つ。過酷な闘争の渦中に、活路を見出して行くしかない。期せずして、フェルナンデスは爽児達と同じ方法で事態を打開しようとして居た。様々な人々の想いが交錯し、混迷を極める時代の渦中で確かな志を胸に抱き、彼等は未来を切り拓こうと懸命に奮闘している。視界を覆うヘドロの海で海面に浮かび上がろうと足掻く彼等の行く手に待ち受けるのは、希望の曙光か破滅の爆炎か。胸中の不安を打ち消す様に、フェルナンデスは決然たる表情で呟いた。
「我々の信じる誠の正義・・・。砕け散る訳にはいかん。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます