第32話 仲間たち

 爽児達がスタジアムの地下駅に辿り着いたのは、夜明け近くだった。

実際よりも随分長く闇の中を彷徨って居た様な錯覚に囚われる。

一行の蓄積された疲労はピークに達していた。


 不意に、場違いな嬌声が聴こえた。

「ソージさん!」

階段の上から、軽武装した男達に混じって派手な色の髪の若い女性が駆け下りて来た。

「やあ、君か。」

爽児は軽く手を挙げて挨拶した。

「連絡が取れないから心配していたのよ。・・・あのお嬢ちゃんは、残念だったわ。ザイードの連中、八つ裂きにして遣りたいわ。」

「その件では、世話になった。」

「今日は、随分沢山お仲間が居るのね。」

「ああ。紹介するよ。彼等は、黙示録の旅団だ。・・・王虎、彼女が此処で医療施設を運営している女医さんだ。」

「初めまして。私は、黙示録の旅団の王虎です。」

「アタイは、ハニー・バニー。宜しくね。」

「早速で悪いが、仲間が重症を負って居るんだ。治療を頼めないか?」

爽児が用件を伝えると、ハニー・バニーは考える事も無く快諾した。

「いいわ。怪我人は何処?」

一行を見廻して、異質な者が混ざって居るのに気が付いた。

「・・・ねえ、ソージさん。何て言うか、あの、遊園地のホラー・ハウスの着ぐるみみたいな人もお友達?」

「?・・ああ、違う。あれは、アウター・タウンの都市伝説で有名な迷宮のミノタウロスだ。俺達を襲撃して来たのを返り討ちにして捕獲したんだ。」

「!聞いた事は有るけど、まさか本当に居たなんて。医学的興味を惹かれるわね。」

「解剖は困ります。あれは、外見からは想像出来ない知性を備えた存在です。我々の本部で詳しく調査する予定なので。」

ハニー・バニーの風貌を観て怪訝そうな表情で居た王虎が、慌てて言った。

「はいはい。判ってるわよ。それから、外見から判断出来ないのは、女も一緒よ。坊や。」

心中を見透かされて、王虎は珍しく動揺した。

「・・・爽児さん、早くマイケルの治療を。」

「ああ、そうだな。彼の容体は一刻を争う。」

「そう言う事は、もっと早く言いなさい。」

ハニー・バニーの態度が、凛としたものに変わった。

爽児と王虎は、ハニー・バニーをマイケルの所へ案内した。

真剣な表情で診察を始めて、暫くしてハニー・バニーは言った。

「直ぐに手術が必要ね。衰弱が激しいし、此の侭では確実に死ぬわ。」

「そうか。では、上の手術室に運ぼう。」

「待って。下手に動かさない方がいいわ。新しく導入した、浮遊式担架が在るから、それに乗せて運びましょう。」

ハニー・バニーが合図すると、同伴して居た仲間が階上に駆け上がって行った。

「新型の医療器具かい?何処でそんな物を手に入れたんだ?」

「まあ、実際は型遅れなんだけどね。あいつ等のバンド活動で稼いだ資金で購入したの。暴走盗賊をしていた頃とは違うわ。」

「そうか。夢が軌道に乗って来たんだな。アレックスも喜ぶだろう。」

「・・そうね。正直、寂しいけど、悲しんでばかりも居られないわ。」

「姉御!運んで来たぜ。」

浮遊式担架が空中を滑る様に運ばれてきた。

爽児達は、マイケルを慎重に担架の上に乗せた。

「手術室へ運んで。ソージさん達は、上の部屋で適当に休憩していてくれるといいわ。」

「有難う。マイケルを頼む。」


 手術室へ向かうハニー・バニーの後をぞろぞろと重い足取りで階上のスタジアムへ移動した一行は、ジェフに案内されて休憩室に辿り着いた。リラクゼーション・ルームとペイントされた室内は、雑多な遊具類が並び、部屋の四隅のスピーカーからはハード・ロックが流れている。

「久し振りだな、ソージさん。マシンの調子はどうだい?」

「ああ、ジェフ。中々快調だよ。」

「一緒の連中は、黙示録の旅団だって?」

「そうだ。現在は彼等と行動を共にしているんだ。」

「成程ね。以前連中と鉢合わせした事が在るんだけど、只のカウンター・グループじゃないね。俺達を出し抜く位だ。統率力が優れたリーダーが居るんだろうな。」

ジェフの言葉で、爽児はキャロルを連れた逃避行の最中にハニー・バニーから聴いた事を思い出した。

「そう言えば、統合軍の“審判の光”計画に関してはまだ解明していなかったな。」

「ザイードの次は統合軍かい?また危ない事に関わってるんだな。」

「これも俺の仕事だ。尤も、随分リスクが高いのが難点だが。」

親友ウィルの悲惨な死。それが爽児をジャーナリズムの世界に誘う転機となった。例え自らの生命を懸けてでも、この世界の闇の全てを克明に記録して公開する。それが、己の天命で在ると信じて。

「ソージさん、・・・あの化け物、暴れたりしないのかい?」

「ああ。今はパラライズガンで全身の神経が麻痺している筈だ。」

「ふーん。でも、随分凶暴そうなご面相だな。擬人化された猛獣みたいだ。絶対に菜食主義じゃないな。お近付きにはなりたくないね。それじゃ、俺は用事が在るから失礼するよ。ゆっくり寛いでくれ。」

軽口を吐くと、ジェフは部屋から出て行った。


 爽児は、静かに瞑想している王虎の許へ歩み寄ると声を掛けた。

「王虎。訊きたい事が在る。」

「・・何でしょう?」

「統合軍の“審判の光”計画に関して、何処まで把握している?」

「現在、プログラムを本部で解析中です。私より、エリックの方が詳しいでしょう。彼に尋ねてみて下さい。尤も、統合軍のBC兵器人体実験計画阻止作戦のテクニカルサポートで多忙だった筈ですから、余り進んではいないでしょう。・・ですが、次の緊急課題である事は間違い有りません。これから本格的に取り組む事になります。」

「そうか。統合軍の極秘プロジェクトだ。また悪辣な内容だとは思うが・・・。」

「我々は、統合軍に関する情報を可能な限り収集する必要が在ります。今回の作戦で捕虜にした、特殊作戦部隊の兵士と迷宮のミノタウロスから、絞れるだけのデータを全て得た上で今後の方針を検討するのが先決です。兵士は本部で尋問、怪物はシュトロハイムの許に送致して詳細を解析すべきでしょう。」

「・・・そうだな。賢明な判断だ。」

爽児は頷いて思案を巡らせ始めた。

“審判の光”計画の調査は、取り敢えず後回しにする他は無い。

次に執るべき行動を考慮し始めて、ハインズ暗殺を示唆する兵士の言葉が頭に浮かんだ。

黙示録の旅団やPKTと行動を共にして居るが、爽児の立場はフリージャーナリストだ。独自の行動理念に基いて計画を練る必要が在る。

其処迄考えると、爽児は溜まって居た疲労から壁際に寄り掛かった。

メタル・ポーチからシガレットを取り出すと、無造作に口に咥えた。

ゆっくりと紫煙を吐き出し、部屋に視線を漂わせる。

数時間に及んだ戦闘で疲弊したメンバー達は、それぞれ思い思いの場所で休憩を取っている。

捕虜達は、現在の所は意識を喪失して微動だにしない。

 何時の間にか、爽児は深い眠りに落ちていった。


 朧な意識で、纏わり付く様な暗い闇の中を爽児は彷徨って居た。

微かな光が遠方に見えた。覚束無い足取りで近付くと、懐かしい顔が其処に在った。

「・・ウィル?ウィルなのか?」

手を伸ばして近付こうとするが、親友の姿は幻影の如く掻き消えた。

替りに別の人影が現れる。大きな影と小さな影。

「ボブ!キャロル!」

必死に叫ぶがその声も空虚に響くだけだった。

二人の影は消え、新たな影が光の中に現れた。

「アレックス!俺だ!待ってくれ!」

「・・・ソージさん?ソージさん!」

身体が揺さ振られる感覚で爽児は目を覚ました。

「・・・ああ、ジェフか。」

「大丈夫かい?随分魘されてたみたいだけど。」

「夢を見ていたんだ・・・。心配を掛けて済まない。」

「そうかい。それより、お仲間の手術が終了したみたいだぜ。」

ジェフが促す先を見ると、ハニー・バニーが抗菌コーティングされた手術服で歩いて来た。

「手術の結果は?マイケルはどうなった?」

「安心して。彼は無事よ。後少し手術が遅れていたら生命を落して居た可能性が大きいけど。ギリギリのラインで手術は成功したわ。」

「そうか。良かった。有難う。君のお蔭だ。」

「いいのよ。お礼なんて。それに、あのお堅い坊やが負担を顧みずに大量の輸血用血液を提供してくれたから助かったのよ。」

「お堅い坊や?・・・王虎か。」

「今は二人とも眠っているわ。栄養剤を打っておいたから、目覚める頃にはかなり回復している筈よ。」

爽児は安堵すると共に、或る考えが頭に浮かんだ。

「・・・相談が在るんだ。他の部屋で話せないか?」

声を潜めて話す爽児に、ハニー・バニーは意味有り気な視線を絡ませて甘い声音で言った。

「なあに?ひょっとしてアタイに恋の告白でもしてくれるの?」

「違うんだ。・・・だが、大事な話だ。」

幾分がっかりした様な表情を見せて嘆息すると爽児を促して告げた。

「そう。・・・判ったわ。アタイのプライベート・ルームに行きましょう。付いて来て。」

ハニー・バニーのプライベート・ルームはスタジアムの最上層部分に在った。どうやら、VIP専用の観戦室を改装したらしい。

「さあ、どうぞ。此処がアタイのプライベート・ルームよ。」

部屋の中は淡いピンクで統一されていて、可愛らしいウサギの縫い包みが爽児を出迎えた。

ソフトレザーのソファーに腰を下ろすと、ハニー・バニーは爽児も座る様に促した。

並んで腰掛けると、丁度身体が密着する様な格好になった。

爽児は顔が紅潮するのを感じて居心地悪そうに咳払いをした。

「・・・それで、相談なんだが。」

「うふふ。なあに?何でも聴いてあげちゃう。」

「実は、俺の体内にはナノマシンが注入されている。ナノマシンは脳関門を潜り抜けていて、指令電磁波を受けると活性化して脳組織を破壊する。何とか是を排除出来ないか?」

「!随分ハードな事になってるのね。・・・残念だけど、此処の設備では無理だわ。シティの大病院なら話は別だけれど。ごめんなさい。力になれなくて。」

「・・・いや、いいんだ。」

「でも、そんな物騒な物を注入されるなんて、何が在ったの?また、ザイードの連中の仕業って訳?」

「違う。・・・黙示録の旅団に入隊する為の儀式だそうだ。」

「儀式ですって?信頼関係と言う崇高なものを知らないのかしら。そんな遣り方で組織の統制を維持するなんて馬鹿げてるわ。アタイがぶっ飛ばしてあげようか?」

「それは止めてくれ。・・・まあ、何とかなるだろう。」

「楽天的な考えね。逆境に強い男って好きよ。」

「そうかい。有難う。相談に乗ってくれて。」

「いいのよ。でも出来れば今度は恋の悩み相談がいいわね。」

しかし、爽児の表情は暗かった。暗鬱たる考えが頭を過る。

ナノマシンに依る組織統制。それは統合軍が麻薬に依る支配統制を兵士に対して行っているのと同等の悪行ではないのか。

復讐に我を失って居るラインハルトには、現在は何を言っても無駄だろう。幼い頃、自分をもう一人の兄の様に慕って居た面影は無い。

だが、現在のところは黙示録の旅団に従う他に選択肢は無い。

彼等と行動を共にしたからこそ、統合軍の非道な人体実験の実態に迫る事が出来たのだとも言える。

死中に活路を見出す心境で、爽児は今後の行動について思考を巡らせた。ハインズ暗殺計画の阻止。更に、“審判の光”計画の全容解明。

当面の目標を定めると、幾らか心が落ち着いてきた。

突然、警報音が鳴り響いた。


 「何だ?この音は?」

「何者かが此処へ近付いているみたいね。ザイードの襲撃の一件で、警戒態勢を整えたの。」

「追跡者・・・統合軍か、SPTか、或いはミノタウロスの仲間か。」

「どれも歓迎出来ないわね。アタイ達の聖域に踏み込んで欲しくないわ。」

「済まない。また、巻き込んでしまった。」

「気にしないで。・・・ジェフに頼んで、ソージさん達を改造バンで送らせるわ。窮屈でしょうけど、この際贅沢は言えないわよね。」

「だが、それでは君達を危険に曝して逃げる事になる。」

「心配は要らないわ。ジェットバイクで一旦逃げてほとぼりが冷めた頃に戻る積もり。アウター・タウンは知り尽くしてるのよ。地の利はアタイ達に在るわ。」

「有難う。君には助けられてばかりだ。」

「その代わり、約束して。・・・生きて志を遂げるって。」

「・・・判った。必ず遣り遂げてみせる。」

爽児の決意に満ちた言葉を聴いて、ハニー・バニーは超然と微笑み、部屋の隅に在る簡易通信装置の元に歩み寄ってジェフと他の仲間に簡潔な指示を出した。

「さあ、急いで。追跡者は地下から来るみたいだから、今回の逃走経路は地上よ。ジェフがスタジアム入口に改造バンを廻してるわ。」

「マイケルと王虎は直ぐに動けるのか?」

「大丈夫。浮遊式担架で移動させてるところよ。」

ハニー・バニーのプライベート・ルームを出て、慌しく階下へ駆け下りると丁度仲間達が集まって来ているところだった。

王虎の姿を見付けると、爽児は駆け寄って声を掛けた。

「王虎、もう動けるのか?マイケルに大量の輸血用血液を提供したそうだな。」

「ええ。もう動けます。それより、追跡者が気になりますね。何者なのか・・・私の勘ではSPTだと思いますが。」

「そうか。統合軍やミノタウロスの連中と違って悪意は無いが厄介な存在だな。表立って正攻法で仕掛けてくるだろう。」

「ソージさん!準備完了だ。皆、早く乗ってくれ。」

ジェフが改造バンから大声で叫んだ。

「急ごう。」

慌しく一行が乗り込むと同時にジェフが改造バンを急発進させた。

夜の深い闇の中を改造バンは猛スピードで疾駆して行く。

暫く進むと、不意にジェフが助手席の爽児に話し掛けた。

「出発前に王虎さんからナビゲーション・システムを借りたんだけど、目的地はアウター・タウンの旧繁華街地区で良いんだろ?」

「?・・・!ああ、そうだ。」

 王虎は用心の為に拠点の情報を極力教えない事にしたらしい。

それに気付いて、爽児は安堵した。

 黙示録の旅団と関わった事で、彼等にも自分にしたのと同じ処置を施した可能性を考えて居たからだ。

爽児の体内に注入されたナノマシンは潜伏期の病原体の如く、活動の時を静かに待って居る。

フリージャーナリストとしての爽児の活動が或る程度制限を受ける

以外には実害は無いが、余り気分の良いものではない。

それに、こんな形でなくとも現在の爽児は黙示録の旅団に共感して居る。彼等の活動を阻害する様な真似は絶対にしないだろう。

だが、復讐に執り憑かれたラインハルトの暴走を止める術は無い。

闇社会にその名を轟かせる武器商人のシュトロハイムとの繋がりは、やがて取り返しの付かない破局を齎すであろう事は想像出来る。

活動の目的の為に、間違った力を利用する危うい綱渡り。

何時迄続くとも知れぬ運命の螺旋を何処までも降って行く。

辿り着く先は業火の燃え盛る煉獄の直中。

暗い想いを抱えてウインドウから車外を見ると、何時の間にか雨が降り出していた。

暗雲が空を覆い、陰鬱な雨が降り続ける。

雨は何も洗い流してはくれない。陰惨な運命も悲しい記憶も。

だが、喩えどんなに現実が過酷でも絶対に諦めない。

それが、死んで行った者達に対するせめてもの供養になると信じて。

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