第23話 SPT本部強襲
SPT本部では、逮捕拘禁したアルファの尋問が続けられて居た。
ローラが自爆してアルファの肉体に甚大な損傷を与えた事で捕獲に成功したのだ。ローラの自爆は、被疑者逮捕の最終手段として選択された行動だった為、アルファの肉体を爆砕するには至らなかった。
強化オーセチック繊維とダイラタンシー現象を応用した特殊アーマーが爆発の衝撃を緩和した為、アルファが受けたダメージは最小限に抑えられていた。加えて、アルファの生体組織が保有する特異な能力が功を奏し、爆発時の高熱にも耐久したのだ。
アルファは驚異的な回復力を示し、現在は戦闘能力を取り戻しつつ在る為、強化チタニウム製の拘禁機材で全身を拘束され、電磁ショックリングを首に装着されて自由を奪われて居る。
電磁ショックリングは、延髄付近に強烈な電流を流す為、一瞬で全身を麻痺させる機能を有している。
だが、アルファは強靭な精神力で拘束を解き放とうと試みて居た。
電磁ショックがアルファの全身の神経を貫く。
「!!」
「無駄な抵抗は止めろ。貴様は逃れる事は出来ん。我々の質問に答えて貰おうか。貴様の所属と名前を吐け。ザイードの構成員ではない事は判って居る。統合軍の関係者ではないのか?何故、広域犯罪組織に加担するのだ?」
「・・・・。」
「何も答えるつもりは無いか。だが、こちらも多大な代償を払って貴様を拘束したのだ。必ず、全てを吐露して貰う。」
指揮官は苦々しげにアルファを睨み据えると、傍らの部下に尋ねた。
「・・・ローラの回復状況はどうなっている?」
「はい。今回の戦闘に因る損傷は極めて重度であり、完全な回復迄はかなりの時間が必要です。・・・しかし問題が有ります。」
「何だ?」
「上層部からの通達で、我々の活動予算が削減される事が決定したそうです。ローラの回復措置の経費捻出にも支障を来たします。」
「馬鹿な!上層部は何を考えて居るのだ?都市機能発展に伴い多発する凶悪犯罪対策の要が我々SPTだぞ!予算拡充なら解るが、削減とはどう言う事だ?まさか、上層部に何らかの政治的圧力が掛かったのか?だとすれば、我々は孤立無援の状況下に居る事になる。」
「・・・くっ・・くははははっ。」
アルファが指揮官を嘲弄する様に笑い出した。
「何が可笑しい?愚弄は許さんぞ!」
激昂する指揮官に対して、静かにアルファは口を開いた。
「貴様等の掲げる正義等、偽善に過ぎない。大きな力の奔流には逆らえない、只の悪足掻きだ。」
「何だと!?貴様は自分の立場が判っているのか?尋問を受ける囚人の分際で大きな口を利くな!」
指揮官は電磁ショックのスイッチを入れた。
最高レベルに出力を上げていく。
「ぐっ!!」
激しい衝撃がアルファの全身を痙攣させる。
「フェルナンデス指揮官!!それ以上やれば、尋問出来なくなります!」
「判っている!しかし、こいつの所為でリチャード捜査官は殺害され、ローラも昏睡状態に在るのだ。殺しても飽き足らん程だ!」
フェルナンデスは、ローラを実の娘の様に想っている。仕事に私情は挿まない主義だが、犯罪の犠牲となって命を落とした娘とローラは同じ年代だった。
「・・・俺を殺すがいい。復讐したいのではないのか?」
「・・貴様は殺さん。我々は法の番人だ。貴様は司法に拠り裁きを受ける事になる。」
感情を押し殺した様な掠れた声で、フェルナンデスは宣言した。
「所詮法等、権力者の弄ぶ道具に過ぎん。貴様等は道具以下の存在だ。」
「黙れ!!」
再度、高出力の電磁ショックをアルファに与えた。
「ぐっ!」
アルファは昏倒した。
「・・私はローラの回復状況を見に行く。監視は怠るな。」
「はい。」
フェルナンデスは、尋問室を退出してローラの居るメディカル・メンテナンスルームへ移動した。
液体で満たされた透明なカプセルの中にローラは居た。
「回復状況はどうだ?」
メディカル・メンテナンススタッフのチーフが答える。
「外殻の損傷が激しく、コア部分の機能にも一部障害が発生しています。回復には相当の期間を要すると思われます。」
「・・そうか。では、経費も相当額が必要だな。何とかしなければ。」
「経費削減の件ですか?確かに現状では回復作業に支障が出ます。」
苦渋の色を滲ませて、フェルナンデスは考え込んだ。
「・・・そうだ!人権擁護局のハインズなら協力してくれるかも知れん。ザイードの麻薬汚染撲滅運動の推進者でも在る彼ならば、我々の活動に理解を示してくれるだろう。議会における彼の影響力は、彼に賛同する市民グループの活動の活発化と共に高まって居る。」
仄かな希望が、闇の間隙に垣間見えて来た。
突然、警報音が鳴り響いた。
「何事だ!?」
「侵入者です!!相当数の部隊編成に拠る襲撃の模様です!」
部下が報告の為に駆け込んで来た。
「・・嘗められたものだな。防護を固めて侵入者を即刻排除しろ!」
「はっ!!」
SPTにはリチャードやローラの様な上級捜査官の他にも、肉体の一部を特殊強化された捜査官達が所属して居る。
侵入者との交戦状態に在る捜査官達は互角以上の健闘を見せて居た。
「俺達の家に土足で踏み込むとは、いい度胸だぜ!このマシンガンジョニーの猛攻を凌ぎ切れると思うのか!?」
右腕にマシンガンを仕込んだ捜査官が激しく敵を牽制する。
だが、敵部隊も優れた統率力を示し、迅速且つ頑強に態勢を整える。
「糞っ!連中、かなり訓練されて居る。戦闘のプロフェッショナルだ。」
次第に形勢が逆転して焦燥感が募る中、一人の捜査官が歩み出た。
「俺に任せろ。」
「トッド!どうする気だ?」
決然とした表情で、トッドと呼ばれた捜査官は言った。
「ローラばかりにいい格好させられないって事さ。」
全身に無数の銃弾を浴びながら、トッドは敵部隊の中心部に躍り出た。
「・・・皆、後の事は頼んだぜ。」
刹那、眩い閃光が拡がり、激しい衝撃波が周囲に拡散した。
爆発で敵部隊の過半数は斃れ、僅かな残存勢力が硝煙の中から攻勢を仕掛けて来る。
「トッドの犠牲を無駄にするな!!一気呵成に行くぞ!」
SPT捜査官達は、敵部隊残存勢力の掃討に取り掛かった。
「大佐!此の儘では制圧不能に陥ります。指示を願います。」
「・・・仕方あるまい。“あれ”を使う。」
「!・・・しかし、あれはまだ制御に難点が有りますが。」
「構わん。何の為に運んで来たと思って居るのだ?それに指揮官は私だ。判断は私が下す。」
「はっ!では、直ちに実行致します。」
指令を受けた兵士が、慌しく建物の外へ駆け出した。
激しい銃撃戦が再度始まった。形勢を逆転したSPT隊員達が優位に立ち、戦闘の主導権を握り、侵入者達を排除していく。
「全隊員に告ぐ!可能な限り敵を無力化して逮捕しろ!背後関係を徹底的に調べ上げるんだ!」
指令を受けて、隊員達が一人の兵士を捕縛した。
「対象確保!」
「貴様には、洗いざらい吐いて貰うぞ。」
突然、轟音と共に壁面が崩壊して、舞い上がる煤塵の中から巨大な影が現れた。影は、捕らえられた兵士の身体を引き裂いた。
「グルウウオオオオオオッ!!」
地獄の底から聴こえてくる様な凄まじい咆哮が轟いた。
闇の深淵の如き漆黒の肉体。全身を覆う筋肉の隆起は、巨大な大蛇を連想させる。その双眸は爛々と輝き、暗視能力を示している。
鋭く巨大な牙から、獰猛な肉食獣の性質を有していると判別出来る。
だが、惑星上の何処にも存在しない個体である事は明白だった。
マクロバイオウェポン。それが、この影の正式名称だ。
「遅いぞ!何をしていた?」
「はい、“漆黒”のコントロール・システム起動に手間取りまして。申し訳有りません、大佐。」
「・・まあ良い。迅速にアルファを回収するぞ。」
監視カメラでモニタリングを続けていた司令室に緊張が走った。
「何だ!?あの化け物は!?」
巨大な怪物、漆黒と呼ばれたマクロバイオウェポンは、引き裂いた兵士の肉体を喰らい始めた。鮮血を滴らせ、内臓を喰い千切る。
SPT隊員達の激しい銃撃を受けても平然としている。
「直ちに総力を挙げて標的の撃退に移れ!」
SPT隊員達は迅速な対応を見せた。しかし、あらゆる攻撃は漆黒の鋼鉄の如き上皮組織には通用しない。
一人の捜査官が身体を漆黒の巨大な角で貫かれた。
捜査官は大きく体を痙攣させて息絶えた。
「何て奴だ!銃弾が通じないぞ!退却、退却だ!!」
捜査官達は退却を始めた。徐々に本部の奥へと追い込まれて行く。
襲撃者達に因って、堅牢を誇るSPT本部は制圧されようとしていた。
遂にアルファが収監されている尋問室の扉が破壊された。
漆黒の巨躯を視認したアルファが口を開いた。
「!・・プロトタイプか。」
続いて尋問室に入って来た指揮官が命令する。
「アルファを開放しろ。回収次第、撤退する。」
「はっ!」
兵士がレーザーガンでアルファの拘束を解き放った。
「・・ベータはどうした?」
「貴様の代わりに任務を遂行中だ。今回はとんだ失態を演じたな。鳴り物入りで実戦投入されたにも拘らずその様か。上層部も判断を誤ったな。」
「・・そんな骨董品級の化け物を使わなければこんな場所の攻略も出来ぬ無能者の集団の頭目が何を言う。」
「ぐっ・・。兎に角、早急に撤収するぞ。」
司令室で監視モニターを注視していたフェルナンデス指揮官は焦燥を隠せずに居た。
「是で、我々が相手にせねばならない化け物は二体に増えたな。」
「指揮官!此の儘では囚人を奪取されてしまいます!」
「解っている!しかし、ローラが昏睡状態でボディの回復状況も芳しくない。我々には打つ手が無いのが現実だ。」
フェルナンデスは歯噛みした。悔しいが、SPTの総力を挙げても戦力差は歴然だった。プロトタイプ・漆黒とアルファの戦闘能力は群を抜いて居る。突入部隊の兵士達に遅れを取ることは無くとも、この二体の敵との実力差は致命的だ。
「あの怪物に信号弾を撃ち込め。この場は逃がしても、敵の本拠を究明するのだ。」
「了解。ジョニー捜査官、直ちに信号弾を装填して怪物に撃ち込め。」
通信指令を受けて、敵部隊と交戦中だったジョニー捜査官が応答した。
「OK。任せときな。しっかりぶち込んで遣るぜ。」
腕に仕込んだマシンガンに信号弾を装填する。ジョニーは、状況に応じて使用する弾丸を使い分ける事が可能だ。他には、麻酔弾や徹甲弾等が在る。最新式のレールガンやヒートガンには無い汎用性が長所だ。
「しかし、あの怪物の上皮組織は銃弾を受け付けない。口腔から体内に直接撃ち込むしかないな。」
作戦を完遂する為には、ジョニーが怪物・漆黒の至近距離に接近する必要が有る。だが、漆黒の膂力は尋常ではない。懐に飛び込めば、確実に鋭く巨大な爪と牙で肉体を引き裂かれるだろう。
「・・・俺も此処で果てる事になるのか。何人の女達を泣かせる事になるんだろうな。トッド、リチャード、俺も逝く事になりそうだ。」
指揮官がアルファと漆黒を伴ってジョニーの待つ退路に姿を現した。
「予定時刻を大幅に上回ったな。これ程梃子摺るとは計算外だ。」
「貴様の無能さが露呈しただけだ。それで大佐とは、軍の規律が腐っている証拠だな。」
「貴様!!上層部の強い意向が無ければ、貴様等この場で処理しても構わんのだぞ!」
「貴様に俺を殺す事は出来ない。処理されるとすれば貴様の方だ。」
激昂する指揮官に、アルファは冷徹に言い放った。
「仲間割れとは、随分と余裕を見せてくれるじゃないか。」
ジョニーが、敵一行の進路に立ち塞がった。
「何だ貴様は?我々の邪魔をするのなら容赦はせんぞ。おい、漆黒に処理させろ。我々は撤退する。」
「了解。標的をロック、速やかに処理しろ。」
下士官がコントローラーを操作して漆黒を戦闘に駆り立てる。
「簡単に殺られると思うなよ。SPTの底力を見せて遣るぜ。」
「ウグルオオオオオオッ!!」
漆黒は咆哮すると、ジョニーに突撃した。
ジョニーは、敢えて攻撃を避けようとはせずに果敢に漆黒に立ち向かった。漆黒が巨大な豪腕を振るい、鋭い爪でジョニーの脇腹を抉った。激痛に苦悶しながらも、ジョニーは漆黒の口腔に銃身を突き入れて不敵に微笑んだ。
「こいつを喰らえ!」
信号弾が発射され、漆黒の体内に着弾した。刹那の間を置き、漆黒がジョニーの喉笛を喰い千切った。鮮血が激しく迸る。声に成らない音を出しながら昏倒して、暫く後にジョニーは絶命した。
「標的破壊を確認。戦闘終了。至急、撤収する。」
コントロールしていた下士官の判断で、漆黒は戦闘態勢を解除され、撤収行動に移行した。ジョニーの屍を踏み躙り、夜の闇に包まれた施設外へ歩み出て行った。
一部始終をモニターで監視していたフェルナンデスは険しい表情で傍らの部下に告げた。
「信号を追跡しろ。いいか、絶対にロストするな。」
「了解。徹底的にトレースします。」
「・・必ず、この借りは返す。一人の死も無駄にはせんぞ。」
相次ぐ部下の凄惨な死に直面しても、フェルナンデスは指揮官として冷静な判断力を保とうと努力した。しかし、湧き上がる憤激の情は抑え難くフェルナンデスの全身を支配していく。
「敵の正体を知る手掛かりは、指揮官が“大佐”と呼ばれていた事か。軍のデータベースを調査する必要が有るな。尤も、あの装備の所為で顔が識別不能で照合する事は出来んが。」
フェルナンデスは、殉職した部下達の志に報いる為に、限界点で私憤を抑制して、敵の正体を突き止めて司法の裁きに掛ける事を固く決意した。
「後は、ローラが回復すれば・・。ハインズの協力を取り付けねばならんな。」
調整カプセルの中のローラは、生命維持機能だけが稼動している状態で、事態の推移を見守る様に深い眠りに付いて居た。
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