第24話 ブリーフィング

 自室で仮眠を取っていた爽児は、突然のアラームで起こされた。

部屋の壁の通信モニターにラインハルトが映し出された。

「定刻よりブリーフィングを開始する。総員会議室に集合しろ。」

急いで身支度を整えて、自室を後にした。廊下で、エリックと遇った。

「ソージさん、今日のブリーフィングで、統合軍のNBC人体実験計画を頓挫させる計画を練り上げるんだ。大勢のアウター・タウン市民を救う事が出来る。真剣に参加してくれ。」

エリックの表情は、決して青臭い正義感に基づく中途半端な想いではない事を物語っていた。

「エリック、黙示録の旅団に参加する様になった理由は何だ?」

「・・・御袋が以前、統合軍のNBC兵器人体実験の犠牲になったんだ。歩く事も喋る事も儘ならず、静かに人生の終焉を待っている。俺は、そんな御袋の姿を見ているのが辛いんだ。」

「・・そうか。解った。俺も出来る限り協力しよう。」

「有難う。ラルの誤解も直ぐに解けると思うぜ。あいつ、兄貴の復讐の為に人生を懸けてるからな。ソージさんの心も見えなくなってるのさ。」

「ラルを陰惨な復讐の呪縛から開放する事が俺の目標だ。あいつの本来の明るさを取り戻したいんだ。」

「そいつは至難の業だな。俺の心に宿る復讐心も、容易に消す事は出来ないぜ。必ず、統合軍に痛烈な打撃を与えて遣る。」


 会議室に到着した。既に他のメンバーは揃って居た。

スクリーンの前に歩み出たラインハルトが静かに口を開いた。

「・・揃ったか。それでは、ブリーフィングを開始する。今回掴んだ統合軍の極秘NBC兵器人体実験計画に関する情報を元に、襲撃作戦を策定する。尚、戦闘の指揮権は、ロマネンコフ大佐に移譲する事になった。」

「そういう事だ。この俺の指揮下に入るからには、一人の戦線離脱者も許さん。覚悟して従え、小僧共!!」

 大佐の野獣の如き咆哮に怯む者は居なかった。皆、一様に決然たる表情で会議に臨んで居る。会議に参加している黙示録の旅団のメンバーは、誰もが家族を統合軍の犠牲にされた者だ。愛を無残に踏み躙られた者の揺るぎ無き復讐心が、メンバーの結束を固めていた。

「うむ。皆、良い眼をしておる。その覇気を最期迄貫き通せ。」

「最期か・・・。アイリーン、今だから言うけど俺、実はお前の事」

「議事を進行します。エリック、何か言った?発言は指名を受けてからにしなさいね。」

アイリーンがエリックを制して話し始めると、エリックは渋々ながら不貞腐れた様に応じた。

「・・解ったよ。じゃあ、無事に帰ったら俺と」

「それでは、最初の議題です。統合軍の極秘NBC兵器人体実験計画の阻止に関する作戦概要の説明をリーダーが行います。ラインハルト、御願い。」

「我々は、統合軍特殊作戦部隊が指揮を執るNBC兵器人体実験計画を頓挫させた上で、敵に壊滅的打撃を与える事を目標として部隊展開を敢行する。敵は人体実験の被験者として、過去の例と同じくシム・ラベリングシステム非登録者のアウター・タウン住民を選定している。人権救済の申告も出来ない社会的弱者を標的とした重大な犯罪行為だ。我々が、総力を挙げてこの忌むべき計画を阻止するのだ。敵の臨時拠点は、既にエリックのクラッキングに依って判明している。拠点制圧と共に、散開している敵部隊の武装解除を行う。敵部隊の抵抗が予想されるが、武装解除勧告に従わない者は躊躇無く殺せ。各位は既に大佐から戦闘のレクチャーを受けた筈だ。臨機応変に戦闘状況を展開しろ。」

「待ってくれ、ラル。それでは、まるで戦争じゃないか。他に方法は無いのか?」

「解っては居らんな。是は、正真正銘の戦争だ。敵を殺さなければ、我々が敵に殺されるのだ。他に方法など無い。腹を括れ。若造。」

ロマネンコフ大佐が爽児を制して宣告した。

「大佐の言う通りだ。本作戦遂行に当たっては、大佐に従って貰う。」

ラインハルトが厳しい表情で続けた。

「そう言う事だ。この作戦は、俺にとっても復讐戦だ。数々の武勲を立てたにも拘らず、戦争終結後は冷淡な仕打ちを喰らわせてくれた統合軍に対するな。一切の妥協はせんぞ。俺が戦場で培った全てを懸けて、貴様等を勝利に導いて遣る。」

メンバーの間から、期待に満ちた歓声が上がった。

「戦場の鬼神、鮮血の死神と謳われたロマネンコフ大佐が指揮を執ってくれるんだ。俺達に負けは無い!」

「是で、家族の仇を取って遣れる!」

メンバーの士気は確実に昂揚して居る。

爽児は、若者達のエナジーの暴走を心配した。

だが、現在の爽児には彼等を止める事は出来ない。

焦燥感が表情に表れる。

部屋の照明が薄暗く調整され、スクリーンに衛星写真に基づくアウター・タウンの地図が映し出された。

「本作戦遂行に当たって、諸君には改めてアウター・タウンの市街地図を頭に叩き込んでもらう。敵部隊が仮拠点に使用する施設は、旧警察署のビルだ。前世紀のシステムが現在も生きているとは考え難いが、敵が拠点に選定した理由は当該建造物の特殊構造等の利点を活用する事に在る筈だ。攻略は容易ではない。絶対に油断するな。現時点迄の情報戦では、我々が優位に立っていると言えるが、敵は統合軍の精鋭で構成された特殊作戦部隊だ。刹那の油断でも状況を覆される事は自明の理だろう。我々は、確実に勝利しなければならない。罪無き大勢の人々を非道な人体実験から救う事が我々の最大の目標だ。」

ラインハルトの言葉に、メンバー達は自身の家族の事を想い描いた。

傲慢な統合軍に因り、愛する家族の生命や身体を蹂躙された怨嗟の念が、若者達の心底に暗き焔を燃え上がらせる。

「御袋・・・。絶対、奴等に思い知らせて遣る。」

「ジェシカの様な犠牲者を増やして堪るか。必ず止めてみせる。」

「小僧共!勝利を掴みたければ、己の生命を捨てて掛かれ!戦場は演習の様に甘くは無いぞ!犠牲を恐れるな!俺の脚を見ろ!この脚と引き換えに敵一個師団を全滅させたのだ!」

大佐の脚は、サイバネティクスで製造された義肢だった。無機質に光る武骨な脚は、戦闘の凄惨さを静かに物語っていた。

「エリックが旧警察署の内部見取図を入手した。敵部隊は署長室に司令中枢を据える筈だ。我々は、地下から潜入して署内の監視システムの制御盤を支配下に置き状況を把握した後、最上階の署長室迄索敵行動を実施して施設制圧を図る。」

ラインハルトは明晰な頭脳で緻密な作戦計画を練り上げていた。

「旧警察署突入作戦は主力部隊が決行する。残りはアウター・タウンに散開している敵部隊の掃討作戦に当たる。突入班はロマネンコフ大佐が、掃討班はモロゾフ少尉が指揮を執る。作戦遂行に必要な装備は、今から配給する。・・・以上だ。」

武器庫に収納されていた最新の重火器類が配給される。

「優れた装備も、使用者の技量が劣れば只の鉄屑だ。だが、貴様等が使用する武器は最新のサポートシステムが組み込まれている。些少の熟練不足は十分に補ってくれる。だが、武器に使われる様では勝利は遠い。武器を自身の意思で自在に使いこなすのだ。俺が最終的な訓練を教授して遣る。」

大佐は不敵な笑みを浮かべた。戦場で多くの部下を優れた兵士に育成した実績に裏付けられた自信だ。

「どんな訓練でも耐えてみせるぜ。もう、覚悟は決まってるんだ。」

エリックが、引き締まった表情で言った。

「ああ。俺達は、皆同じ想いだ。指導、宜しく頼むぜ、大佐。」

ウォルフが真剣な眼差しで続けた。

「任せておけ。貴様等が立派に任務を遂行出来る様にして遣る。」

大佐は満足気に頷いた。

「是でブリーフィングを終了する。各自、最終訓練迄待機しろ。」

ラインハルトの宣言とともに、メンバーは散会した。


 爽児は、自室に戻るとモニターをテレビ回線に切り替え、WBNの報道番組を観る事にした。丁度、リンダに拠るボブ邸爆破事件のレポートを放映している所だった。リンダの表情には深い悲しみの翳りが垣間見える。

「・・・ザクセンシティ近郊の閑静な住宅街で発生した凄惨な事件に、周辺住民は衝撃を受けて居ます。この赦し難い犯罪の犠牲者は、メタル・ボウルのザクセン・フェニックスに所属するトップ・プレイヤーであるボブ・クラウドマンと、その娘の今年6歳になるキャロラインです。年端も往かぬ子供を巻き込んだ卑劣な犯行は、広域犯罪組織ザイードの関与が疑われており、現場から逃走する不審なエアカーが目撃されています。情報提供は、御覧の画面下部に表示されている対策本部及び最寄の警察署迄届け出て下さい。・・以上、現場からリンダ・マーレイがお伝え致しました。」

画面はバイオテクノロジーで開発された派手な化粧品のCMに切り替わった。爽児は、モニターの電源をオフにした。

「・・・リンダ。相当なショックを受けている筈だが、個人的感情を抑えての取材は辛いだろうな。俺達は皆、家族の様だったからな。」

無残に奪われたキャロルの幼い生命を想うと、爽児は遣り切れなさを感じずには居られなかった。同時に、悪辣非道な犯罪を平然と行うザイードに対する憤激の情が湧き上がってきた。

 黙示録の旅団の局地的戦闘行為に参加するのは、脳組織に侵入しているナノマシンの存在に因り強制された為だが、爽児も彼等の感情が理解出来ない訳ではなかった。統合軍特殊作戦部隊のNBC兵器人体実験計画はラインハルトの指摘通り、社会的弱者を標的とした卑劣な行為だ。誰かが止めなければ、大勢の無辜の人々が犠牲になる。

 現在迄、爽児はフリージャーナリストとして諸々の犯罪に対峙してきた。自身の闘いは、取材活動にこそ在る。そう確信して活動してきた。だが、ボブやキャロル、アレックスの非業の死を経て、爽児の信念は揺らいで居た。武器を手に取って戦闘に参加する事も必要なのかもしれないと思えてくる。

 自身のアイデンティティ崩壊の危機に直面して、尚爽児は打開策を模索していた。生来の諦めの悪さが幸いしていると言えた。黙示録の旅団の作戦に参加しながら、統合軍特殊作戦部隊の非人道的な軍事実験をメディアに暴露出来れば、非道な連中に少なからぬ打撃を与える事は可能だろう。だが、政府系メディアのWBNを頼る事は出来ない。リンダが所属していると言っても、彼女自身かなりの制約の中で日々の報道を行っているのだ。

 爽児は、裏社会のネットを利用する必要が有る事を感じていた。しかし、社会の暗部に存在するネットを利用するには、同等の忌まわしき対価を支払わねばならない。時には生命を懸ける必要も有る。健康な臓器の密売契約と引き換えにネットの使用権を得る方法等、大抵は尋常ならざる対価を要求される。それが故に、現在まで爽児は裏社会のネットを積極的に利用した事は無い。だが、親友の悲惨な死を契機にフリージャーナリストを志した時から、取材活動に生命を懸ける覚悟は固まって居る。己に関する事ならば、どの様な対価を要求されようと、真実を追究して全てを白日の下に曝す為に受諾する事を決意した。

 それが、大勢の人々の生命を救う事に繋がると信じて。裏社会のネットに関しては、エリックに訊くのが最適であると判断した。自室を退出して、エリックの部屋に向かう。途中で、アイリーンと遇った。

「あら、ソージさん。」

「やあ。君は確か、アイリーンだったね。エリックの部屋は何処だい?彼に用事なんだけど。」

「エリックの部屋なら、通路を真っ直ぐ進んで右側よ。ドアにネームプレートが貼ってあるから、直ぐに判る筈よ。」

「有難う。ところで、ラルと君の付き合いは長いのかい?」

「えっ?わ、私とラルの付き合いって・・・どう言う意味?」

「?・・ああ!違うんだ。特別な意味じゃない。」

「ええっと、そうね。私が初めてラルに遇ったのは、行政府の統轄する被災孤児養護施設でだったわ。私は、両親を強盗に殺害されて心を固く閉ざして居たの。ラルは、そんな私に言ったわ。逃げてはいけない。愛する人を奪った理不尽な闇に立ち向かわなければ、一生悲しみに打ち克つ事は出来ないって。あの頃から、ラルはとても深い悲しみに満ちた眼をしていたわ。彼は、今も葛藤しているの。我儘を言って、サイバー遊園地に誘った自分の所為で、お兄さんが非業の死を遂げたんだって。だから、誰よりも重い責任感を持って黙示録の旅団を纏めるリーダーを務めているわ。彼が居なければ、私達は今の様な活動はしていなかったと思う。掛替えの無い人よ。」

「・・・そうか。ラルと君達は、行政府の管理から逃れる様に施設から姿を消した。当時、俺達はラルの消息を捜して居たが、杳として知れなかった。恰も、忽然と存在自体が消失してしまったかの様に。俺がラルを見つけたのは、数年前或る事件の取材をしていて偶然出逢った時だ。あの時、君達黙示録の旅団は行政府のアウター・タウン住民の完全隔離政策に反対して活動していたな。」

「私達が完全に行政府の管理から存在を隠匿出来たのは、エリックの師匠でもある、元統合軍サイバー部隊の異才と呼ばれた人物の支援が得られたからなの。数年前の件は、こちらではソージさんとの接触は関知していないけど、確かに指摘された通りの反政府活動に従事していたわ。」

「もう一つ、訊きたい事が有る。あれだけの装備を、君達はどうやって揃えたんだ?正規軍の最新装備も多数在ったと思うが?」

「シュトロハイムよ。私達は、彼と契約しているの。」

「!!・・・死の商人か。」

爽児も、取材活動を通じてシュトロハイムの事は少なからず知って居た。地域紛争の陰に必ずと言って良い程姿が見え隠れする人物だ。しかし、本人の関与の痕跡を一切残さない慎重さで現在迄に闇社会で不動の地位を築き上げて居る。統合軍でも攻略不可能と言われる要塞から、全世界規模で影響力を発揮し続けて居るのだ。その人物との契約に関する情報をアイリーンが爽児に明かしたのは、脳組織にナノマシンを混入された事に因る箝口令効果が有る為だ。

「判ってると思うけど、一応言っておくわ。今の件は完全に部外秘よ。情報漏洩は、重大な裏切り行為と認識されるわ。シュトロハイムは、全世界規模で構築した彼のネットで情報漏洩を関知して、裏切り者を処理するの。例外は無いわ。」

「・・・戻る事の適わぬ途を既に踏み出して居ると言う事か。君達の決意が紛れも無い真実だと判った。だが、俺には俺の闘い方が有る。戦闘に参加は出来ないかも知れない。シュトロハイムに関する情報の非開示は了承した。」

「・・判ったわ。貴方の遣り方で構わないから協力して。」

「最大限の譲歩だな。・・感謝するよ。」

「ラルが承諾するとは限らないけど。それじゃあ、データ整理の仕事が残ってるから、行くわね。」

アイリーンは歩み去った。

爽児は、エリックの部屋へ向かった。部屋の前に到着すると、中から大音量のネオ・テクノ・ミュージックが聴こえてきた。インターホンのボタンを押すと、エリックが応答した。

「誰だい?今、最高にハイな気分なんだぜ。俺に用事なら、後にしてくれないかな。」

爽児は、カメラ一体型マイクに向かって話しかける。

「俺だ。邪魔して悪いが、至急の用件だ。」

「ソージさんか。解った。少し待ってくれ。ドアを開ける。」

開錠音がして、ドアが開いた。音楽の激しいリズムが全身に響く。

「どうだい?最新のソニック・ウェーブ・システムだぜ。快感だろ?」

「あ、ああ。そうだな。ところで、君に相談したい事が有るんだ。」

「俺に相談だって?ひょっとして恋の悩みかい?言っておくけど、アイリーンは駄目だぜ。」

「違う違う。俺の仕事の話だ。統合軍の非道な人体実験計画を白日の下に曝したいんだ。その為に、裏社会のネットを利用したい。君なら、どうすればいいのか知っていると思ってね。」

「何だ。そんな事かい。いいけど、裏社会のルールは知ってるだろ?

闇のネットを利用するには、相応の対価が必要だ。ソージさんに、その覚悟は有るかい?」

「ああ。俺も君達と同様、自分の使命に生命を懸ける覚悟で居る。どんな対価を要求されても構わない。」

「そうか。なら、俺の師匠に頼めば、御要望の裏社会のネットを使わせてくれるぜ。今は、俺の師匠がネット運営を取り仕切って居るんだ。但し、要求される対価は半端じゃないぜ。」

「判っている。感謝するよ、エリック。」

「礼を言うのは早いぜ。師匠は、シュトロハイムと同様に社会の闇深く潜ってるんだ。コンタクトを取るのは、俺でもかなり難しい。シュトロハイムは、行政府と統合軍の審判の光と言うプロジェクトに対抗する手段として俺達を利用する為に契約した様なもんだ。」

「・・・“審判の光”か。一体、どんなプロジェクトなんだ?」

「詳細は、今も行政府要人から奪ったデータディスクを解析中だ。兎に角、シュトロハイムが忌避する程の大掛かりなプロジェクトだって事は確かさ。地下要塞壊滅に群を抜いた成果を挙げてきたネオバンカーバスターでも攻略不能な難攻不落の鉄壁の要塞に居を構えるシュトロハイムの警戒振りからも、相当にやばい内容だって解る。だが、その対策は当面後回しだけどな。統合軍のNBC兵器人体実験計画の頓挫が最優先課題だ。」

「そうだったな。俺も、俺の流儀で君達に最大限協力させて貰うよ。」

「そう言えば、ソージさんの今の仕事はフリージャーナリストだったな。統合軍の欺瞞を暴き立てるつもりだろ?俺の方こそ、協力させて貰うぜ。戦闘行為だけでは、解決出来ない事も多く存在するからな。」

「有難う。ネット利用の件、宜しく頼むよ。」

「ああ。任せときなって。」

「じゃあ、俺は是で。」


 爽児はエリックの部屋を退室して、施設内を散策する事にした。

様々な機能を備えた部屋が幾つも在り、宛ら小型の軍事施設の趣だ。

トレーニング・ルームと表示された部屋を見つけて、中に入った。

室内では、丁度激しい格闘訓練が行われているところだった。

体格の良い若者と、細身で引き締まった体格の東洋人が闘っている。

体格で勝る若者の力強い攻撃を、東洋人の若者は涼しげな顔で受けながら反撃を加える。

「どおうりゃあああっ!!」

「はっ!!」

鋭い一撃が決まると、大柄な若者は低く呻いて跪いた。

「・・参った。王虎には、まだ敵わないな。」

「ウォルフのボクシングも、中々のものだよ。それより、客人だ。」

「!あんたは、確かソージさん?練習に夢中で全然気付かなかった。あんたも訓練に来たのかい?」

「否、ちょっと覗いてみただけなんだ。」

「何だ、そうかい。まあ、ゆっくり見学していってくれ。」

ウォルフは、ベンチに腰掛けて微笑んだ。こうして見ると、反政府集団のメンバーと言ってもごく普通の若者に思える。

「貴方は、確かリーダーの御兄さんと同じ、メタル・ボウルのトップ・プレイヤーでしたね。」

王虎と呼ばれた若者が、爽児に話しかけてきた。その双眸は、深い思慮に満ちた不思議な色を湛えている。

「あ?ああ。一応な。だが、過去の話だ。」

「引退されたのは、脚の怪我が原因ですか?」

「!何故それを?」

「失礼ですが、貴方の挙動から推察させて頂きました。僅かにバランスが崩れています。」

「御明察だな。その通りだ。今の状態では、長時間のプレイには耐えられないんだ。それに、ウィルの無残な死に直面して、俺は社会の暗部に巣食う邪悪を暴く仕事に全人生を捧げると誓ったんだ。」

「・・そうでしたか。御健闘を祈ります。」

「君達は、何故黙示録の旅団に参加する様になったんだ?差し支え無ければ、訊かせてくれないか。」

「俺は、妹が統合軍のNBC兵器人体実験の犠牲になって、失明した事が理由さ。視神経まで化学兵器で侵されて、生命も危険に曝されている。絶対に、非道な連中に報復するんだ。」

ウォルフは、心底からの怒りを顕にして言った。

「私は、故郷の行政府非管理区域に在った村を生物兵器の実験場にされて、焼き払われた事が動機です。家族も恋人も私の師父も無残な最期を遂げました。傲慢な統合軍を絶対に赦す事は出来ません。」

「・・・そうか。皆、動機は共通しているな。大事な者を踏み躙られた心痛は、俺にも理解出来る。だが、報復の為に戦争を始めるのは本当に正しい事か?血気の勇は、戒めるべきではないのか?」

「貴方は、判ってはいない。戦争は既に始まっている。世界は、静かに腐ってきた。これ以上腐敗が拡散する前に、誰かが止めなければならない。私達には、それを遣り遂げる覚悟が有る。今は、強力な支援を得て、実行力も増大している。革命の時は今しか無いんだ。」

先程迄とは違い、険しい表情で王虎が宣告した。その語気の帯びた熱情は、若者の信念が揺ぎ無い事を窺わせた。

「・・ですが、当然無関係の人間を巻き込んで被害を与える事は避けるつもりです。その点については、御心配には及びません。」

冷静さを取り戻した王虎が語る言葉には一片の嘘もない事が判る。

「そうか。解った。君達の活動に干渉はしないでおこう。」

「俺達も、あんたの遣り方は尊重する。戦闘だけでは解決出来ない事も有るからな。俺達は、鉄の結束を誇る黙示録の旅団だぜ。ソージさんも既に俺達の仲間だ。お互い、ベストを尽くそう。」

「・・ああ。そうだな。協力しなければ、強大な敵を倒す事は出来ない。俺達の行動に、大勢の生命が掛かっているんだ。」

「その通りです。志を遂げる為に、私達は死力を尽くす事を恐れてはなりません。世界の命運を賭けた戦いに全てを捧げるのです。」

爽児は、これから始まる苛烈な闘争の予兆を感じた。人類の歴史の深い闇の底で蠢いてきた邪悪な胎動に対峙する覚悟は固まっていた。

決戦の時は、刻一刻と迫っている。

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