第22話 再会

 大規模な組織犯罪を敵に廻す為には、反行政府レジスタンスであるラインハルト達黙示録の旅団の助力が必要だった。ザイードが是だけの勢力を維持している背景には、必ず行政府や統合軍、カオス・コーポレーションの後ろ盾が有る筈だ。連中の強固なガードを無効化して重要情報にアクセスする為には、黙示録の旅団の凄腕ハッカーの助力と強力に統制された組織力が必要だろう。


 爽児は、夜のハイウェイを高速走行でアウター・タウンに戻った。

幸い、ザイードの連中には関知されては居ない様だ。

 エデン近郊に到着すると、早速路地裏に向かい、サム爺さんの姿を探す。見渡しても、周囲に人影は見当たらない。

今日は空振りかと諦め掛けた時、ダストボックスの陰から物音がした。爽児が歩み寄ると、高齢の男が酒瓶を抱え込んで眠って居た。

「サム爺さんか?寝て居るところ済まない。急な用件なんだ。起きてくれないか。」

眠そうにしながら、男は起きて来た。

「如何にも、俺はサムだけど、どんな用件だい?」

「俺の質問に答えてくれたら、報酬は支払う。当分は食うのに困らない筈だ。」

「そんなら、お安い御用だ。何でも訊いてくれ。」

「反政府勢力の黙示録の旅団に関して、知っている事を教えてくれ。

彼等にコンタクトを取りたい。」

「あいつ等に会いたいんだったら、エデンでエリーのライブ・ダンスが有る時に行けばいいぞ。鼻の下伸ばしたサイバー坊やが毎回見に来て居るからな。」

「その、ライブ・ダンスは何時行われるんだ?」

「兄ちゃん、運がいいな。丁度、今夜だ。」

「その、サイバー坊やの特徴は判るか?」

「そりゃあ、一緒に連れて行ってくれたらすぐに判るぞ。」

「・・・仕方ない。一緒に来てくれ。」

「うひょひょっ。久し振りにうまい酒を堪能出来るわい。」

サム爺さんを伴ってエデンに赴くと、既に入り口には大勢の客が詰め掛けて居た。

「・・大盛況だな。この中から見付けられるだろうか?」

「なーに、心配は要らんて。俺に任せとけ。」

みすぼらしい姿のサム爺さんを訝しげに見る店員にチップを握らせると、すんなり入店出来た。

店内は照明が落とされ、薄暗くなっていた。音楽も静かなものが流されている。席に座ると、バーテンロボットが注文を訊きに来た。

「俺は要らない。」

「そうさのう。ラムの強いのを貰おうか。」

グラスにラムのカクテルが注ぎ込まれ、サム爺さんに差し出される。

サム爺さんは、咽喉を鳴らして高アルコール度数の酒を一気に呷る。

「ぷはーっ。やはり、酒はいいのう。」

「おい、大丈夫か?只でさえ薄暗いのに、人の見分けは付くのか?」

「ふむ。慌てなさんな。もうすぐエリーのライブ・ダンスが始まる。

ほれ、今からの様だわい。」

「俺は、ダンスを見に来た訳じゃないぞ。」

不意に、店内に眩い光線が溢れ返った。ムードの有るスポット・ライトがステージを照らす。ステージの床の一部が開口して、露出度の高い服を身に纏った若くグラマラスな女性が現れた。

激しいロックのダンスナンバーが大音響で演奏されると共に、女は挑発的なダンスを始めた。観衆も徐々に盛り上がり、店内は熱気と興奮の渦に包まれた。

「“サイバー坊や”は何処だ?」

「ほれ、あそこに居るわい。毎度の事ながら阿保面曝しとる。」

サム爺さんが指差した先には、ステージに身を乗り出して熱狂しているエリックの姿が在った。

「最高だぜ、エリー!!・・・もう、見納めかも知れないもんな。良く見ておかなくちゃ。」

「・・・あれか。有難う、サム爺さん。是は報酬だ。」

「うひょっ。是だけあれば、一月は凌げるわい。」

爽児は、ゆっくりとエリックに近付き、声を掛けた。

「君は、ラルの仲間だな。彼の所に案内してくれないか。君達の助力を仰ぎたい。」

「!・・あんたは?」

「俺は、緑野爽児。ラルの兄の親友だった。」

「あの、メタル・ボウルの?凄え!ああ、いいぜ。連れて行っても。」

「そうか。助かるよ。」

「但し、条件が有るけどね。」

「条件?」

「別にあんたを信用してないって訳じゃないんだけど、規則でね。統合軍や行政府の間諜を防ぐ為なんだ。」

「・・どうすればいい?」

「簡単な事さ。俺に付いて来てくれ。」

エリックの後に付いて店を出ると、繁華街の外れに歩いて行く。

寂れた雰囲気のバーの入り口でエリックは立ち止まった。

「此処だ。入ってくれ。」


 エリックに促される儘に、バーへの階段を下りる爽児。

ゴルゴダと刻印されたドアを開けると、鋭い目つきの男が出迎えた。

「いらっしゃいませ。」

エリックが爽児の肩越しに話しかける。

「俺だ。“マスター”は?」

「只今、接客中です。」

店の奥に人だかりが出来ていて、重低音の声が響いた。

「ぐっははははっ!俺の勝ちだな。ボトル一本追加だ。」

武骨なコンバット・ナイフが缶の的を貫いて壁面に突き立っている。

エリックは爽児を先導して歩いていく。

先刻の重低音の声の主である、厳つい巨躯の男がマスターらしい。

「マスター、客人にブラッディ・スコーピオンを。俺はエル・トロ・ビアンコだ。」

「ほう。・・・すぐに作ろう。」

一瞬、マスターの口元が不敵な笑みで歪んだ様な気がした。

「おい、俺は何時もマティーニに決めているんだが。」

「まあまあ。今夜は俺の奢りだから。」

改めて店内を見渡してみると、静かだが剣呑な雰囲気を漂わせている。他の客達は、皆殺気を身に纏っている男ばかりだ。

暫くして、マスターがカクテルを運んで来た。

「待たせたな。注文の特製カクテルだ。」

「遠慮せず一気に飲んでくれ。こいつは、仲間になる儀式みたいなもんだ。」

「ああ。そういう事なら。」

真紅のカクテルを飲み干すと、エリックとマスターが意味ありげな視線を交わした。

「是で、儀式は終了だ。暫くゆっくり寛いでくれ。」

「ああ。解った。」

不意に、客の一人が爽児に近付いて来た。

「おい、てめえはソージ・ミドリノだな?報道を見たぞ。あのミレーヌと旨い事遣ってるんだろ?俺も肖りたいもんだぜ。」

男は泥酔していて、視線が定まらない。爽児の胸元を掴んで、酒臭い息を吐きかける。

「向こうへ行ってろ。・・報道は出鱈目だ。」

「何だと?誤魔化そうったって、そうはいかねえぜ。」

懐からバタフライ・ナイフを取り出して、刃で爽児の頬を撫でた。

「おい、何するんだよ!」

「うるせえ!!」

エリックが間に割って入ったが、男に突き飛ばされて後ろのテーブルごと倒れた。

その一瞬の隙を衝いて爽児が男を殴り倒すと、店内の男の仲間達が騒ぎ始めた。皆、手には武器を携えている。

「野郎!」

「殺っちまえ!!」

ヒートナイフを持った酔漢が斬撃を繰り出してきた。

避ける事の出来ない距離迄エッジが迫った時、唸りを上げて武骨な

コンバット・ナイフが飛来して酔漢の肩口に深々と突き刺さった。

「ぐおおっ!!」

酔漢は悲鳴を上げて、ヒートナイフを落とした。

「此処は俺の店だ。勝手な真似は許さん。」

野獣の唸り声に似た重低音の声が響くと、店内の男達は静まった。

「ロマネンコフ大佐!元はといえばこいつが悪いんですぜ。」

「喧しい!有り余る血の気は、後で使え!その為に貴様等を招集したのだ。」

渋々ながら男達はマスター、ロマネンコフ大佐の命令に従った。

「ロマネンコフ大佐!?あの、鮮血の死神と謳われた?どうしてこんな所に居るんだ?」

「まあ、詳しい事情は後で話すから。兎に角、本部へ案内するよ。」


 エリックが先導して、店の奥へ進む。

壁面に飾られている前衛抽象画のパネルの一部に触れると、パネルが発光して壁面が開口した。

「この先が俺達の本部だ。入ってくれ。」

促される儘、爽児は通路に足を踏み入れた。

二人が通過すると、パネルの扉は自動的に閉まった。

通路は、壁面の発光パネルの薄い照明で視認出来る様になっている。

暫く歩くと、通路の先が何処かの配管施設に繋がっていた。

エリックが制御パネルを操作して、生体認証システムのロックを解除すると壁面の扉が開いて、カウンターのアイリーンが出迎えた。

「お帰りなさい、エリック。・・あら?お連れの人は誰?」

「この人は、ラルの兄貴の親友でメタル・ボウラーだった、ソージ・ミドリノさんだ。ラルは?」

「リーダーなら、奥の司令室に居るわ。今、連絡するから待ってて。」

アイリーンがコンソールを操作して司令室と連絡を取る。

「・・・どうした、アイリーン。」

「エリックがお客さんを連れて来たの。リーダーのお兄さんの親友だった、ソージ・ミドリノって人。どうします?」

「!・・・解った。司令室に通せ。」

モニターがブラックアウトした。

「司令室へどうぞ。許可が下りたわ。」

「有難う。」

「さあ、行こうぜ。ソージさん。」

エリックの後を付いて行くと、セキュリティ・チェックシステムが埋め込まれたゲートが在った。

「気を付けてくれ。武器や発信機の類に反応して、不審者を電磁ショックで無力化するシステムだ。」

「ああ。厳重な警備だな。」

ゲートを潜り、通路を進むと司令室の前に着いた。

扉の脇の壁面に在るインターホンでエリックが話しかける。

「ラル、ソージさんを連れて来たぜ。」

「・・・入れ。」

司令室の扉が開いた。

ラインハルトは、司令室中央の管制デスクに座って居た。

「ラル!久し振りだな。俺を覚えているか?」

「・・・ああ。当然の事だ。・・貴方は、兄さんを見捨てたんだ。」

「!何を言うんだ?俺がウィルを見捨てただって?それは誤解だ。」

「否、誤解ではない。貴方はあの夜、兄さんと一緒に俺を迎えに来る筈だった。だが、あの当時既にリンダを巡る貴方と兄さんの関係には歪みが生じて居た。貴方は、襲撃された兄さんを見捨てて一人で逃げ出したんだ。」

「違う!あの夜、確かに俺達は待ち合わせをして居た。だが、俺は急な仕事の予定が入って行けなくなったんだ。本当だ。俺が、ウィルを見捨てるものか!」

「ラル!少し言い過ぎじゃないか?何時も冷静なお前らしくないぜ。俺には、ソージさんがそんな人には思えないけどな。」

「外面だけでは人は計り知れないものだ。貴方は、何の目的で我々

に接触してきたんだ?」

「俺は、ウィルの死の真相と、ザイードの広域犯罪の全容解明の為

に動いている。ザイードの背後には、統合軍や行政府、カオス・コ

ーポレーションの影が在る。君達の協力が必要だ。」

「成る程。確かに我々は、反政府勢力として強固な組織力を有して

いる。貴方が助力を求めてきたのも、不自然な事ではない。」

「協力してくれるのか?」

「貴方が、自身の潔白を証明する為には、我々の計画遂行を手伝っ

て貰う必要が有る。・・・その生命を懸けて。」

「どうすればいいんだ?」

「統合軍特殊作戦部隊のアウター・タウンにおけるNBC兵器人体

実験計画の阻止だ。我々は連中の計画を潰して、壊滅的打撃を与え

る。既にその為の準備は整って居る。」

ラインハルトは、司令室の隠し扉を開いて、最新の武器類を爽児に

見せた。

「!これは・・・。戦争でも始めるつもりか、ラル。」

「・・その通りだ。連中に対抗するには必要な装備だ。」

「駄目だ、ラル。考え直せ。ウィルは、こんな事を望んではいない。」

「後戻りは出来ない。それは、貴方も同じだ。既に貴方の体内には、

生体機能破壊プログラムを施されたナノマシンが注入されている。

発動指令電磁波で活性化する。・・我々に逆らう事は出来ない。」

「何だと!?・・あの時か!?」

バーで飲まされた特製カクテルとマスターの笑みが脳裏を過ぎる。

「悪いけど、そういう事なんだ。あのカクテルに混入していたナノ

マシンは脳関門を通過して、ソージさんの脳組織に入り込んでる。」

「我々に従えないと言うのならば、貴方の脳を破壊するしかない。」

「!!・・・俺に選択肢は無い、と言う事か。」

「後程、ブリーフィングが有る。貴方にも参加して貰う。」

「・・・解った。ラル、君達の指示に従おう。」

「まあ、是でソージさんも俺達の仲間になった訳だ。改めて宜しくな。俺はエリック。エリック・ボールドウィンだ。」

「・・ああ。こちらこそ宜しく頼む。」

「じゃあ、俺が此処の内部を案内するぜ。付いて来なよ。」

エリックが先導して施設内を案内し始めた。施設内部は全面的に改装され、様々な状況に対応出来る様に準備が整っている。

居住エリアに到着すると、エリックが個室のドアを開けた。

「是から此処がソージさんの部屋だ。遠慮なく使ってくれ。」

無機質な室内に、小さな観葉植物が置かれている。

「ブリーフィング迄はまだ時間が有る。かなり疲労してるみたいだし、ゆっくり休んでくれ。エアコンや収納ベッドを使うなら、其処のコンソールでこの部屋の機能を制御出来る。」

「・・有難う、エリック。休ませて貰うよ。」

「それじゃあ、俺は行くぜ。まだ、仕事が残ってたんだ。」

コンソールのスイッチを操作すると、壁面から収納ベッドが現れた。

爽児は全身に溜まった疲労感から、倒れ込む様にしてベッドに横たわった。今夜の出来事が脳裏を逡巡する。

多くの犠牲を払って、今此処に自分が居る。

救いたかった。救えると思っていた。だが、如何する事も出来ず、只運命に翻弄されて絶望的な無力感に打ち拉がれている。

ラインハルトが正しいのかも知れない、そう思えてくる。

自分は、現実から乖離した理想論者ではない。しかし、過酷な現実を受け容れる事はあまりに辛過ぎる。爽児は激しく葛藤した。

「ウィル、ボブ、キャロル、アレックス、俺はどうすればいいんだ?」

掛け替えの無い人々の姿が幻影の様に浮かんでは消える。

次第に意識が薄れ、爽児は深い眠りへ堕ちていった。

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