第21話 喪失

 ジェットバイクは加速して、電磁制御されたシティのハイウェイを高速走行する。シティの公道では、事故を防止する為、全ての車両は電磁制御下に置かれる。センサーが危険因子を感知して、自動的に車両の運行に強制介入するのだ。やがて、シティ郊外付近の閑静な住宅エリアに入った。ボブの家は、このエリアの周縁部に位置して居る。普段、満員の観衆に囲まれて大声援の中でプレイしている反動か、日常生活の場は住宅エリアでも一際静かな地区に在る。

 少し距離を置いて停車すると、ボブの家の周辺の様子を窺う。

不審な車両等は見当たらない。どうやら、無事な様だ。


 爽児はキャロルの手を引いて、徒歩でボブの家に向かった。

アーリー・センチネルタイプの外観の住居のチャイムを鳴らすと、インターホンからボブの不機嫌な声が響いた。

「誰だ?俺は今、相手をしている暇は無いんだ。悪いが、帰ってくれ。」

「おい、俺だよ。ボブパパ。小さなお姫様を連れて来たぜ。」

「ソージ?ソージか!?キャロルが居るのか!?」

「パパ!ただいま。」

「おお!キャロル!!待ってろ、すぐ行く。」

数秒して、玄関のドアが乱暴に開かれると、ボブの巨体が現れた。

「キャロル!!」

満面に笑みを浮かべたボブが、キャロルの小さな身体を抱き上げた。

「心配したんだぞ。キャロル。もう何処へも行かないでくれ。」

「大丈夫よパパ。爽児お兄ちゃんが助けてくれたから。」

「そうか。ソージ、感謝するよ。キャロルに何か有ったら、俺も生きてはいけない所だった。本当に有難う。」

「いいんだ。それより、ザイードの連中から脅迫されて居たんだろう?その後変わった事は無いか?」

「否。今の所は連中からのコンタクトは無い。」

「キャロルは無事だが、一応SPTに保護措置を要請した方がいい。」

「そうだな。早速、連絡してみる。さあ、キャロル。お家にお入り。」

「うん、パパ。」

安堵したのか、幾らか元気を取り戻したキャロルが家に駆け込む。

部屋の中は、イミテーション暖炉型の暖房器具で暖まっている。

「さあ、ソージも入ってくれ。寒かっただろう。」

「有難う、ボブ。だが、俺は行く所が在る。ラル達とコンタクトが取れそうなんだ。」

「そうか。仕方が無いな。・・気を付けろよ。あのザイードに刃向ったんだ。連中がそう簡単に諦めるとは思えない。」

「お前の方こそ気を付けろよ。独り身の俺と違って、キャロルが居るんだ。若い頃みたいに無茶は出来ないぜ。」

「解ってるさ。一応、この家は最新のセキュリティ・システム完備だ。此処に居れば、キャロルも心配は要らない筈だ。」

「じゃあ、俺は行くぜ。」

爽児は、ジェットバイクの停車してある方へ歩き出した。


 一瞬後、背後から凄まじい衝撃波と爆音が襲って来た。

振り返ると、ボブの家が微塵に爆破され、業火と硝煙が周囲に立ち込めて居た。

「ボーブ!キャロルーッ!!」

「ぐふふっ・・・ぐははははっ!!我々に逆らう者の末路を思い知ったか!!」

物陰から、大口径のキャノン砲を携えたグレゴリオが歩み出て来た。

「・・・貴様!!貴様だけは許さない!!」

「ほう。たかが鼠如きが一体どうしようと言うんだ?」

「貴様を・・殺す!!」

無惨に奪われたボブやキャロルの笑顔を想うと、爽児は激しい憤怒の情が湧き上がるのを抑える事が出来なかった。

「面白い。殺れるものなら殺ってみろ!!」

グレゴリオが、キャノン砲の砲撃を放つ。

爽児は、メタルボウル現役時代を彷彿とさせる動きで砲撃を避けると、一気に距離を詰めた。キャノン砲の射程の死角に入る。

グレゴリオに、激しいタックルを決める。

「うおっ!」

グレゴリオが、幾度も後転して倒れながらキャノン砲を放った為、街路樹が地面ごと抉られて吹き飛んだ。

爽児は、倒れたグレゴリオの腹部を蹴り、顔面を激しく殴打した。

グレゴリオは、懐からヒートガンを取り出して防戦しようと試みたが、激情に駆られた爽児の拳でヒートガンは弾き飛ばされた。

鮮血に拳を朱に染め、爽児は今迄の人生で決して口にしなかった呪詛の言葉を吐く。

「この下衆野郎!!貴様の様な屑は、五体を微塵に刻んで蟲の餌にして遣る!!いいか、苦痛を最大限に持続させながら死を与えて遣るぞ!!キャロルの痛みを思い知れ!!」

「ひいいっ!!か、勘弁してくれ!!ロッザム様みたいな事言うなよ!」

「!!」

グレゴリオの襟首を掴んで締め上げて居た爽児の動きが止まった。

「・・・俺は・・・。」

一瞬の逡巡の隙を衝いて、グレゴリオが爽児の腕を振り解くと、慌てて何度も転びながら駆け出した。

安全な距離迄辿り着くと、振り返って言った。

「糞っ!!覚えていろ!!この借りは必ず返す!」

爽児が睨み据えると、怯えた様子でエアカー迄必死になって走り、乗り込むと急発進して消えた。

「・・・ボブ。・・・キャロル。必ず、連中の広域犯罪を暴露して壊滅に追い込んで遣る。・・・それが、俺の復讐だ。」

 家屋の残骸は、無惨に奪われた家族の幸福が、親友とその愛娘の生命や笑顔が、二度と戻らない事を非情に告げていた。

 爽児は、決然とした表情でジェットバイクに跨ると、エンジンを掛けた。

ゆっくりと走り出し、次第にスピードを上げて、目的地へ向かう。

 目指す場所は、ハニー・バニーから得た情報に出てきた、サム爺さんがよく居ると言う、サイバー・トランス・ディスコ通称エデンの裏路地だ。アウター・タウンの中央部の闇繁華街に位置するエデンは、ザイード構成員の資金源との噂も有る店だ。

相応の危険は覚悟の上だ。親友を二度までも犯罪に因って失った哀しみと怒りが、爽児を駆り立てて居た。

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