第20話 アジト

 「ようこそ。俺達のアジトへ。」

 スタジアムの壁面にはペイント・アートが隈無く描かれて居る。

リーダーは、スタジアム内部の回廊へと爽児達を案内した。

元々選手控え室や実況席だった部屋が、様々に改装されて居る。

エレキ系統の楽器の激しい演奏が聴こえる。

「少々騒々しいが、我慢してくれ。・・でも、中々魂に響く演奏だと思わないかい?此処に居る連中は、皆熱い夢を追っているんだ。ソージさん、あんたが何時か言ったよな。人生の答えを見付けるのは、俺達自身だって。俺達は、暴走盗賊の活動を停止して、新たな人生を模索してるって訳さ。」

「・・そうか。そういえば、まだ名前も訊いていなかったな。」

「俺かい?俺は、アレクサンダー・ガンドルフ。皆、アレックスって呼んでるぜ。」

「助けて貰って感謝して居る。・・有難う、アレックス。」

「感謝してるのは俺も同じさ。生きる希望が見えて来たのは、あんたの御蔭だからな。」


 ふと、ずっと泣きじゃくって居たキャロルが口を開いた。

「爽児お兄ちゃん。パパは何処に居るの?パパに会いたい。」

爽児は屈み込み、キャロルの頭を撫でて優しく微笑み掛けた。

「大丈夫だ。何も心配は要らないよ。もうすぐボブ・・パパに遭えるから。」

「・・・あの連中、ザイードだよな。俺達なんて比較にならねえ位の犯罪組織が相手となると、厄介なんてもんじゃないぜ。是からどうする?ソージさん。」

「そうだな。取敢えず、アウター・タウンを脱出して、キャロルを家に帰したい。それに、俺のジェットバイクを回収しなければ。」

「だけど、既に連中は厳戒態勢を敷いている筈だぜ。潜り抜けるのは容易な事じゃねえ。・・・そうだ!廃線になってる旧地下リニア・ラインを使えばシティ近郊迄辿り着ける筈だ。ジェットバイクの回収は俺達に任せてくれ。おい、ジェフ。ソージさんのジェットバイクを回収して来い。」

アレックスは、傍らのメンバーに声を掛けた。

「解った。すぐに向かう。場所は何処だ?」

爽児はリストバンド型の多機能センサーをジェフに渡した。

「このセンサーで反応を探れば解る筈だ。廃墟の陰に停めて有る。」

「オッケー。WOW!中々いかしたアイテムだな。俺、こういうの憧れだったんだ。じゃあ、こいつは借りてくぜ。安心して任せてくれ。」

「おい。余り調子に乗るんじゃないぞ。俺達が敵に廻したのは、あのザイードだ。まあ、お前の腕なら大丈夫だと思うがな。」

「ジェットバイクはバイオ・メトリクス仕様だ。俺以外には動かせない。何かで牽引するか積載する他は無い。」

「そういう事は早く言ってくれよ。だったら、改造バンで回収に向かう事にするよ。」

「ああ。任せる。・・ぐっ!!」

「どうした?脚が痛むのかい?おい、ハニー・バニーを呼んで来い。」


 暫くすると、ショッキング・ピンクとメタル・ヴァイオレットのメッシュに髪を染め、扇情的な衣服を身に纏った若い女が現れた。

「傷付いた野郎は何処?・・あら、見ない顔ね。でも、好い男じゃない。優しく看病してあ・げ・る。痛むのは何処?」

素人とは思えない手際の良さで看護を始めた。

「何時もは手荒なくせに、ソージさんには凄え丁寧だな。贔屓かよ。」

アレックスが不満そうに愚痴を零す。

「ソージ?って事は、メタルボウルのトップ・プレイヤーだったあのソージ・ミドリノ?アタイ、シティの病院に勤めていた頃は、よく観戦して居たのよ。」

「シティの病院?それがどうしてこんな所に居るんだ?」

「シティの病院は確かに最新鋭の設備が整って居るし、アウター・タウンの闇病院なんかより遥かに清潔よ。でも、綺麗なのは表面だけ。利潤の為に効率を最優先して、患者の心は置き去り。必要も無い投薬で患者を依存症にして迄、欲望を満たす利鞘を稼ぐ。臓器を裕福な患者に移植する為に貧困な人達の死期を調整する。いい加減嫌気が差したの。」

「そうか。医療現場の腐敗は、以前から関心が在ったが、その話、後で詳しく聴かせて呉れないか。俺の今の仕事は、フリージャーナリストなんだ。」

「それってホント?じゃあ、何でも喋ってあげちゃう。夜が更ける迄ね。ふふふ。」

「あ、ああ。頼むよ。・・迷惑でなければ。」

「迷惑だなんて思わないわ。大丈夫よ。可愛い人ね。」

爽児は、ミレーヌの一件以来、女性への警戒心が過敏になって居る。

ミレーヌの事を考えた時、拭い難い疑念が頭を過ぎった。

ドックで起こった出来事。ロッザム達は明らかに爽児を待って居た。

爽児がエンジェル・キッスの製造工場である廃ドックの情報を得たのは、ミレーヌからだった。彼女が偽情報を故意に攫まされたか、ザイードの協力者である可能性が考えられる。

しかし、何故潜入の時間迄特定出来たのだろう。


 其処迄考えた時、突然スタジアムの外から轟音が鳴り響いた。

「何が起こったんだ!?」

ハード・ロック系の格好をした若者が血相を変えて駆け込んで来た。

「大変だ!!武装したザイードの連中がスタジアムを取り囲んでる!!」

「何だと!?総員戦闘態勢を整えろ!!防戦するぞ!!」

アレックスが命令すると、慌しく武器を手にした若者達がスタジアムの周囲を見下ろせる上層部に散開して行く。

スタジアムへの出入口は、防弾加工の改造シャッターが下ろされた。

表に停車している武装エアカーから、グレゴリオの野卑な声が響く。

「何処へ逃げようと全て無駄だ、ソージ・ミドリノ!!貴様の身体には発信機が埋め込んで在る。大人しく投降しろ!!」

「発信機だって!?何時の間に?・・・!!」

ミレーヌの部屋で意識が朦朧として昏倒した記憶が甦る。

「あの時か!では、やはり彼女は・・。」

ミレーヌとの間には何事も無かった事に安堵すると共に、卑劣な手口に対する怒りが湧き起こって来た。

「・・成る程。そういう事なら。ねえ、ソージさん。アタイに付いて来て。」

ハニー・バニーが、超然と微笑んで言った。

爽児が後を付いて行くと、メディカル・ルームとペイントされた部屋に着いた。ハニー・バニーがドアを開くと、旧式ながら大抵の医療措置を施せる設備が調えられていた。

「廃病院からかっぱらって来た設備よ。旧式だけど、十分役に立つわ。其処のマルチスライスCTカプセルに入って。」

促される儘に、爽児はカプセルに入った。不審な影が無いか、全身を隈無くチェックする。

「・・・在ったわ。場所は・・腰背筋の外縁部ね。」

画像データを拡大してモニターに表示する。はっきりと発信チップの影が映し出されて居る。

「シムラベリングに使用されてる識別チップと似てるわ。」

爽児はシティ住人でありながら、シムラベリングの識別チップインプラント手術は受けていない。正確には、エレクトロニック・メタル・ボウルの試合で、不具合を起こして暴走したボウルからの異常な電磁ショックを受けて、識別チップがダメージを負い、使用不能になったのだ。再手術は困難な為、そのままの状態で放置している。識別チップを埋め込む事で享受出来るサービスは望めないが、シティでの生活はIDカードに拠る身分証明で済ませて居た。諸々の不正を暴露する記事を書く事も有る仕事上、完全に行政府の管理下に入る訳には行かないからだ。その意味で、爽児はアウター・タウンの住人に近いスタンスを取っている。IDカードに依る個人認証は、爽児がメタルボウルのスタープレイヤーであり、優良市民と認められた事で与えられた特例的措置でもある。シティ住民でも、先のパレスホテルでのミレーヌとの会見の様なケースでは、個人情報を秘匿するために、スタンドアローンのシステムでIDカードが利用される事がある。限られた人間だけに付与された特権である。

「何とか除去出来ないか?」

「そうね。上皮組織の下部に埋め込まれてるから、楽勝だわ。延髄付近だったら神経を傷付けずに除去するなんて神業。シムラベリングの識別チップみたいに生体組織と融合するタイプなら摘出は不可能ね。傷口には人工皮膚が貼り付けられてるし、腰背筋の周辺は確認し辛いから、一応考えてはいるみたいだけど浅知恵だわ。」

 この風体の娘から吐かれる辛辣な台詞には、ザイードも形無しだ。

早速、除去手術を開始する。緊急の手術で、スタジアムは武装した敵に包囲されているにも拘らず、ハニー・バニーは冷静沈着に爽児の腰背筋から発信機を除去する事に成功した。シティの病院では、かなり腕の良い看護婦だったのだろう。

「はい。久し振りのオペだったけど、何とか成功した様ね。」

「・・!それじゃあ、君は看護婦じゃなくて女医だったのか?」

「そうよ。アタイ、貧困家庭に育ったの。幼い頃から病弱な母親の姿をずっと看ていたわ。そして、想ったの。貧困と病気で苦しんでる人達を治して、少しでもこの世の中に幸せを増やそうって。勉強して、奨学金を貰って大学の医療専門課程に入って、医師の資格試験も合格したの。でも、その時には一番に報せたかった母は亡くなって居たわ。後は、シティの病院に勤めて・・・さっき話した通り。

内部から腐敗を正そうとしたけど、裏で行政府と癒着してた病院に医療過誤の犯人にされて、市民権を剥奪されてしまったわ。今は、此処のメディカル・チーフ兼アウター・タウンの闇医者よ。シティの特権階級のブルジョワ層から奪った高級品を闇で捌いて、医療費を稼いで居たの。」

「・・・そうだったのか。」

人には其々計り知れない人生が在るものだ。

感慨に浸る間も無く、メディカル・ルームにも轟音が響いて来た。

「まだ攻撃には耐えられる筈だけど、急いで脱出した方が良さそうね。」

爽児に付いて来て居たキャロルに視線を落として、ハニー・バニーは言った。

「アタイの改造救急車で、シティ近郊迄運んであげる。ジェットバイクは、ジェフに任せておけば直ぐに回収出来るわ。後で送り届けさせるから心配要らないわよ。」

「有難う。だが、どうやって脱出するんだ?周囲はザイードの連中が包囲して居るんだぞ。」

「さっき、アレックスから聴いたと思うけど、リニア・ラインのホームはスタジアムの地下に在るの。廃線になってるし、改造ミニバンの救急車位なら余裕で走行出来るわ。」

「残った連中はどうする?俺の所為で災難に巻き込んでしまった。」

「気にする事無いわ。皆、この程度でくたばるタマじゃないから。」

爆音が響く。どうやら、防弾シャッターが破壊された様だ。

武装したザイードの構成員達が踏み込んで来る。

アレックス達が応戦する。アレックスは、銃器の死角から接敵してグランドファイト仕込みの格闘術で相手を捻じ伏せていく。

「こいつ等は俺達に任せて、ソージさん達は早く脱出してくれ!」

「さあ、早く。ぐずぐずしてる余裕は無いわ。」

「ああ。解った。」

未だ少し痛む脚を引き摺りながら、ハニー・バニーの後を付いてスタジアム地下の駐車場に向かう。駐車場は旧リニアのホームと繋がる様に壁面が崩されて出入りが可能に成って居る。

救急車仕様に改造の施されたミニバンが在った。

「さあ、乗って。」

「ぐわあああっ!!」

不意に、背後の階段から、アレックスが転げ落ちて来た。

脇腹から流血している。

階上から、グレゴリオが重火器を携え、嫌らしい笑みを浮かべながら降りて来た。

「獲物を狩るのは実に愉しいものだ。逃がさんぞ。仲間を殺されたくなければ、大人しく投降しろ。尤も、逃げようとしても無駄な事だがな。こいつは改造クレイボムショットガンだ。鋼鉄も貫き、人体を微塵の肉片に変える。」

キャロルが怯えて爽児にしがみ付く。

「WOOOOOOOOOOH!!」

アレックスが叫んで、グレゴリオにタックルを仕掛けた。

鋭いタックルでグレゴリオを床に引き倒すと、馬乗り状態で激しく拳打を見舞う。グレゴリオは、コートの内ポケットからペンを取り出してアレックスの脇腹の傷口に刺し込んだ。

「ぐううっ!!」

アレックスが悶絶する。

「・・・ソージさん、早く逃げろ!!まだ敵が来るぞ!!」

「早く乗って!」

ハニー・バニーが、強引に爽児を救急車に押し込む。

爽児とキャロルが乗り込むと、救急車が急発進して路線に突入する。

「ちっ!逃がすかよ!!」

グレゴリオがクレイボムショットガンを撃つ。

「御前の相手はこの俺だ!」

アレックスがグレゴリオに絞め技を決めた。

無数の銃弾は、救急車の車体を掠めて線路と壁面を穿った。

「へへっ。どうだい、ソージさん。俺の腕は鈍ってねえだろ?」

階上から傾れ込んで来たザイードの構成員達が、一斉にアレックスを射撃する。アレックスの身体が、糸の切れた操り人形の様に地に倒れ臥す様子を、バックミラーで確認した爽児は、怒りに我を忘れ、高速走行している救急車のドアを開けて飛び出そうとした。

「アレックス!!」

ハニー・バニーが鋭く制止する。

「やめときな!!あんたは、生き延びなきゃいけないんだ。・・・アイツの死を無駄にしないで。」

一筋の涙が、ハニー・バニーの頬を伝い流れ落ちる。

「ぐっ!・・・解った。必ず、この仇は取る。連中に罪を贖わせて遣る。」

暗闇の中を、一時間程高速で走行した。途上、ハニー・バニーはジェフに無線連絡を取り、到着予定地に爽児のジェットバイクを輸送する様に指示した。キャロルは恐怖と疲労から後部のベッドで泣きながら眠って居る。

「そろそろ着くわ。ジェフもすぐに来る筈よ。」

「・・・本当に済まない。俺の所為で、大勢の生命が奪われてしまった。」

「あんたの所為なんかじゃないよ。悪いのは全てザイードの連中さ。」

「ところで、君達はアウター・タウンの裏事情に詳しいんだろう?黙示録の旅団について、何か知らないか?」

「・・!確かに少しは知ってるよ。以前、揉め事を起こした事が有るんだ。アタイ等が計画してたシティの大物を狙った宝石強奪を邪魔されたんだ。連中は別の物を狙ってたみたい。何かのデータディスクを奪って行ったの。“審判の光”がどうとか言ってたわ。」

「“審判の光”か。何の事か、今はまだ解らないな。彼等の居所か連絡方法は知らないか?」

「悪いね。知ってたら教えてあげるんだけど。・・・そうだ、サム爺さんなら、何か知ってるかも!」

「サム爺さん?その人は何処に居るんだ?」

「何時も、エデン付近の路地裏で酔って寝てるよ。」

「エデンか。・・有難う。訪ねてみるよ。」

「到着したわ。ザクセンシティ迄は目と鼻の先の距離よ。」

丁度、ジェフから通信が入った。

「ハニー・バニー。・・・アレックスの事は聞いた。俺達は奴の分迄、夢を追い求めようぜ。ソージさんのジェットバイクは回収して運んで来た。上で待ってる。」

後部のベッドで眠って居たキャロルが起きて来た。

「お兄ちゃん。もうお家に着いたの?」

「否。まだだ。でも、すぐにパパに会えるさ。」

ホームの階段を上って地上に出ると、既にジェフの改造バンが停車して待って居た。バンの後部ドアを開いて、ジェフが胸を張る。

「パワーアップ・パーツを取り付けて置いたから、以前より機動性が格段に良くなってる筈だ。何時でも動かせるぜ。」

「違法改造じゃないだろうな?」

「へへっ。心配要らないぜ。シティから裏ルートで仕入れた合法で最高峰のレース用パーツさ。通常形態とレース形態にモード変換出来る様に調整しておいたぜ。俺は、メカニック・エンジニア志望なんだ。ジェットバイクの事なら、俺に任せてくれよ。」

「そうか。済まない。」

「いいって。俺、この位しか役に立てる事ねえんだ。」

「さあ、キャロル。パパの待ってる家に帰ろう。」

「うん。」

キャロルをバイクに乗せて、爽児はハンドルを握った。

バイオ・メトリクス機能が爽児の静脈と掌紋のパターンを認識して、

軽快なエンジン音が響く。

「世話になった。有難う。ハニー・バニー、医療現場の腐敗構造は必ず俺が全容解明してみせる。君の様な医者が多くの人々を救える様に。」

「待ってるわ。約束よ。・・・死なないで成し遂げて。」

「ああ。アレックスの分迄、頑張るよ。・・行こう、キャロル。」

ジェットバイクは走り出した。体内の発信機を除去した為、追跡される心配は無い。しかし、キャロルを連れている以上、ボブの家に帰る事は敵も予想しているだろう。待ち伏せされて居る可能性も否定出来ない。だとしたら、ボブの身辺に危険が及ぶ。

「無事で居ろよ。タフガイ・パパ。」

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