第19話 卑劣な奸計

 爽児はジェットバイクのエンジンを掛けて走り出した。目指すのは、アウター・タウン有数の危険地帯に在る廃ドックだ。

 是まで爽児は、取材活動を通じて幾度も危機を乗り越えてきた。だが、今回は相応の覚悟が必要だ。広域犯罪組織ザイードの資金源の中枢部に単身で乗り込むのだ。当然の事ながら、厳重な警戒態勢が敷かれているだろう。だが、遣らねばならない。エンジェル・キッス等の麻薬や凶悪犯罪の犠牲となった人々の為、ザイードを壊滅に追い込む事が爽児の目標だ。

 過去に麻薬問題を取材した際、薬漬けにされて売春行為を強制されていた少女に出会った。現在は療養所の病床で生死の境を彷徨っている。激しい義憤が爽児を駆り立てる。どれ程困難な途でも、決して諦念する事は出来ない。

 都市の光の流れが途絶えて暫くすると、アウター・タウンに続く崩壊したハイウェイに入った。滑空モードで飛行して、アウター・タウンに到着すると陰鬱な廃墟群の狭間を抜けて、ポート・エリアを目指す。瓦礫の山の様な廃ビルの陰にジェットバイクを停車して、徒歩で目的のドックへ向かう。街灯すら無い深い闇の中を進む為、サングラスをナイトビジョンモードに変換してある。脱いだバイクジャケットの下にはステルス・スーツを着込んでいる。熱源センサー等に感知される可能性が軽減される為、少しは行動し易くなる筈だ。目的地への途上では時折、路上に酔漢等が迷い込んで眠って居る他は、人影は皆無だった。

 廃ドックに辿り着いた時は、深夜の静寂が周囲を支配していた。ドックの入口には、行政府機関や企業体の建造物で見られる様なガード・ロボットの類は見当たらないが、何らかのセンサーが仕掛けられて居る事が予想される。

 爽児は側面に廻り込んで、フック・ワイヤーを屋上の縁に射出した。

 ベルトのスイッチを入れると、身体が一気に引き上げられる。

 屋上に上ると、天窓が在った。下を覗き込むと、大型の機械が作動している様子が窺えた。爽児は慎重に天窓をレーザーカッターで切り抜いて取り外すと、静かに内部に潜り込んだ。ドックの内部は稼動中の機器類で埋め尽くされ、とても廃工場とは思えない光景が拡がっている。製造工程は全てが自動化されていて、人の気配は無い。

 爽児は工場の全景と細部をサングラスに内蔵された視線感知式カメラで写していく。製造工程の最終段階では、透明なカプセルに液体が注入されている。間違い無く、近年悪名高い非合法ドラッグのアシッド・ドリーム、通称エンジェル・キッスだった。通常服用者は、このカプセルにスプレーノズルを装着して舌下投与する。口腔内は比較的体内への吸収が速い為、即効性が有る事で爆発的に普及拡散した。

 SPTが取締りに躍起になっている最高峰ドラッグ足る所以だ。完成品のカプセルを幾つか証拠品としてメタル・ポーチに収納した。不意に、ドック内の全照明が点灯して、数人の男達が入って来た。中央にはロッザムが居て、周囲を屈強なボディガード達が囲んでいる。一行にはグレゴリオの姿も在った。スコルビンスキーの姿は確認出来ない。爽児は機器の陰に身を潜めて様子を窺う。

 爬虫類の様な眼で工場内を見渡して、ロッザムが口を開いた。

「・・生産は順調の様だな。目標ライン迄どれ程掛かる?」

グレゴリオが答える。

「はい。数日の内にはアウター・タウンの全住民数をカバー出来る数量が完成します。」

「うむ。是で我が支配体制は一層強化される。エンジェル・キッスの常習性は群を抜いて居る。一旦使用すれば、後は我々の意のままだ。」

爽児は、名状し難い憤怒の情が湧き上がって来るのを感じた。

一体、どれ程の人々が邪悪な欲望の犠牲にされるのだろう。

病床で激しい苦痛に喘ぎ、生死の境を彷徨っているあの少女の様に。

だが、今此処で飛び出して行っても、ボディガード達の携行しているヒートガンの標的にされて全てが無駄に為るだけだ。

拳を固く握り締め、歯噛みしながら会話を高感度マイクで録音する。


「ところで、此処には大きな鼠が迷い込んで居る様だな。」

「はい。鼠は駆除するに限ります。おい、御前達。」

グレゴリオがボディガード達に顎で合図すると、ドックの入口付近に停車していたロッザムの専用高級エアカーから、誰かを連れ出して来た。その小柄な人影がドック内の照明に照らし出されると、爽児は息を呑んだ。

「隠れて居るのは先刻承知だ。ソージ・ミドリノ!大人しく出て来なければ、この子供の生命は保証しかねる!!」

ボディガードが連れ出して来たのは、ボブの愛娘のキャロルだった。

幼い身を襲った災禍に怯え、恐怖で泣き叫んでいる。

「畜生、外道め!!」

爽児は身を潜めていた物陰から歩み出た。

「ぐっふっふ。そうだ。今から貴様は我が飼い犬となるのだ。犬は飼い主に従順でなければならない。」

「キャロルを家に帰せ。俺は如何なっても構わない。」

爽児はロッザムを睨み据えて言った。

だが、ロッザムは爽児を嘲笑した。

「下らぬ情に支配されるとは、愚昧な輩よ。生憎、この娘にはまだ利用価値が有る。返す訳には行かぬ。」

「俺に如何しろと?」

「貴様には、我々の広報を担当して貰う。エンジェル・キッスの効能を惑星上に散在するアウター・タウン全域に宣伝しろ。更には、我々の活動を容易にする為に、常時偽情報をリークするのだ。」

「くっ!・・・それでキャロルは開放するんだな?」

「否、貴様の友人にも働いて貰わねばならない。開放はその後だ。」

「・・!ボブにか?一体如何する積もりだ!?」

「メタル・ボウルは我々にとっても貴重な資金源だ。勝敗の行方が巨額の収益を生む。毎年の優勝候補ザクセン・フェニックスのボブ・クラウドマンはチームの要だ。奴が試合の流れを決めて居る。次期監督にも任命される予定だな。」

「違法ギャンブルか!?貴様等はカオス・コーポレーションとも繋がりが有るのか?」

 ロッザムはそれには答えず、舌舐め擦りをしてキャロルを観た。

「!!キャロルを如何する気だ!?若し指一本でも触れたら、貴様を許さないぞ!!」

「ふん、幾等飼い犬が吼えても無駄な事だ。我が意の儘に為らぬ物は存在しない。」

 瞬時に、爽児はロッザムに向かって突進した。メタル・ボウラー現役時代を髣髴とさせるタックルを仕掛けた。

だが、ボディガード達のヒートガンで肩口と大腿部を灼かれて倒れ込んでしまった。

「愚かな。悪足掻きは止めて、大人しく我が意に従え。」

「ぐっ!!糞っ!如何する事も出来ないのか?」


 爽児が観念しかけた時、突然ドックの外から爆音が鳴り響いた。

「諦めるなんて、あんたらしくないぜ!!」

「何事だ!?」

 ドックの入口から、数台の改造ジェットバイクが突入して来た。

以前、ハイウェイで爽児を襲撃した暴走盗賊団のリーダーが先陣を切り、ヒートガンの銃口を向けたボディガード達に激しい体当たりを仕掛ける。数台はヒートガンにエンジン部を撃たれて炎上した。

だが、その間隙を縫ってキャロルをリーダーが抱き抱えた。

「ソージさん!!俺のマシンの後ろに乗るんだ!!」

「!解った!!」

 爽児は重度の火傷を負った脚を引き摺る様にして、何とかジェットバイクの後部に飛び乗った。

「アクセル全開で行くぜ!!しっかり摑まって居ろよ!」

 鋭角にターンすると、ジェットバイクはドック入口を瞬時に駆け抜けた。其の儘、夜の闇を切り裂く様に高速で走り去る。

「何をして居る!?逃がすな!!」

 ヒートガンの光条がジェットバイクを翳める。

 しかし、リーダーの操縦技術が凶撃に勝り、武器の射程外に逃れる事に成功した。闇の中、ジェットバイクのヘッドライトが前方を強力に照らし出す。ポート・エリアを抜けて、崩壊した儘放置されているスタジアムに入ると、ジェットバイクは停車した。

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