第17話 戦場の死神

 郊外の森林地帯、その宵闇の静寂を突然、凄まじい銃声と轟音が破った。

「ぐああっ!と、とんでもねえ!!アイツ、俺達を殺す気だぜ!?おい、ラル!このままじゃ持たないって!!」

爆風に煽られて、派手に吹き飛ばされたエリックが絶叫した。

「慌てるな。この演習の目的は、この一帯に拡散した仮想敵陣営の拠点制圧に在る。・・・使用武器と弾薬数は限定されたが、まだ弾薬は残っている。半数近くの戦力が既に無力化されたが、最後迄諦めるな。」

 そう言ったが、ラインハルト達の形勢不利は容易には覆りそうもない。


 シュトロハイムに要請して派遣されてきたのは、当に歴戦の猛者と呼ぶに相応しい戦歴の持ち主だった。統合戦争時に受賞した殊勲賞は数十に及び、その後も各地の地域紛争で華々しい戦果を挙げている。紅蓮の髑髏が刻印された、超音速戦闘機、強襲戦闘艇等を駆る、通称“鮮血の死神”ロマネンコフ大佐。嗜虐的とも言える程残忍な戦闘を好み、彼の進攻ルートに在るものは原形を留めぬ程破壊され、累々たる屍の山が築かれた。

華々しい戦果と禍々しき戦禍を同時に齎した事で、統合軍における彼の立場は戦争終結後に保障されなくなった。爾来、軍を離れてフリーの傭兵として活動している、戦争の負の遺産を体現している男だ。

「若造共、なかなか粘るな。俺は一切手加減せんぞ。貴様等の如き雛共が、演習とはいえ、この俺の攻撃を凌ぎ切れる筈も無い。」

にやり、と口許を歪めて微笑む様は、獰猛な猛獣を思わせた。何者をも恐れぬ大胆不敵な態度。神に背を向け、悪魔に魂を譲り渡した戦場の鬼神。

ラインハルトの心の深奥に潜む復讐の暗き焔が、鬼神を呼び寄せた。


 演習とは言っても、使用武器は全て本物で、実弾が使用される。

「エリック、俺達はどうしてもこの難関を突破しなければならない。実際の統合軍との戦闘は、演習より厳しいものになるだろう。だが、アウター・タウンの未来の為、行政府の犠牲にされた人々の為、俺達は勝利するんだ。負ける訳には行かない。」

「でも、どうやってこの状況から逆転するんだ?何か秘策でも有るって言うのか?」

「軌道上の軍事衛星にハッキングしろ。戦場のデータを、リアルタイムで把握するんだ。戦局を打開するには、俯瞰での現状把握に基づく解析が必要だ。・・御前なら出来る。」

「統合軍の軍事衛星のガードシステムは難攻不落だぜ。いくら俺が天才でも、そいつは至難の業だ。成功の保証は出来ないぜ。」

「不可能を可能にするのが、俺達の務めだ。すぐにデータ収集に取り掛かれ。但し、統合軍情報部には察知されるな。それに、今回の演習場は本来如何なる施設も存在しない密林地帯に、急遽仮設された拠点を利用している。統合軍の軍事衛星も無警戒のエリアの筈だ。」

ラインハルトの決意は揺ぎ無い事が、エリックにも伝わった。

「了解。やれる所までやってみるさ。リーダーと俺達は、一蓮托生だからな。最後迄付き合うぜ。」

 エリックは、神業とも言える速度でフィンガー・デバイスを操作して、軍事衛星にアクセスを開始した。数分で、エリックは軍事衛星のメインカメラを支配下に置き、画像データを転送させた。統合軍情報解析部には、過去に記録された映像を保存して流している。

 ラインハルト達は、リアルタイムで演習の戦況データを入手する事に成功した。

西エリアに展開していた部隊は壊滅状態。東エリアの部隊が辛うじて戦力を保持している。

制圧した施設は、AE及びCBポイントの二箇所である事が建造物上のフラッシュ・シグナルから判別出来た。


 残る敵拠点は三箇所。うち一箇所には、ロマネンコフ大佐が待ち構えて居る。

敵陣営は、大佐と統合戦争以来の直属の配下である兵士、戦闘用AIで編成された部隊だ。

大佐は大戦時に数多の敵を屠った愛機を持ち込んでいる為、本拠の攻略は困難極まる。

「えっと、残りの拠点は三箇所か。先ず、二箇所を攻め落としてから、頭の螺子がぶっ飛んだオッサンが待ち構えてる本拠を攻めるって事でいいんだよな?」

「否、それではこちらの戦力が攻略の引き換えに半減するだろう。それでは、あの大佐が護る本拠を攻略出来る可能性が低くなってしまう。一気呵成に本拠を攻略する作戦で行く。司令中枢の本拠さえ押さえれば、残りの拠点は制圧したも同然だ。」

「いきなりあのオッサンと対決かよ。・・解った。覚悟を決めたぜ。やってやるか。」


 通信が入った事を知らせる携帯通信機が振動してシグナルが明滅した。スイッチを入れると、体格の良い若者が写った。

「リーダー。こちらウォルフ。B隊は殆ど全滅だ。まだ動けるのは、俺と王虎ぐらいだ。」

「そうか。では、B隊への指示だ。是より敵本拠を攻略する。A隊にBCポイントで合流、本拠へ進行する。数名の者は、陽動の為に残りの拠点を攻撃に回る。」

「了解。すぐに合流するぜ。・・リーダー、これは“演習”なんだよな?統合軍との実戦は、この演習とも比較にならねえぐらい過酷なものになるんだよな?俺は、正直言って震えが来ちまってる。俺達は、二度と後戻りの出来ない道に踏み込んでる。道の先には深淵な暗黒の闇が拡がって待ち受けてるんだ。俺達は皆、その闇に呑み込まれちまうんじゃないか?俺は、本当にジェシカの仇を討って、生きて帰って遣れるんだろうか?」

「ウォルフ!似合わねえ弱音を吐くなよ。思いを一つにして立ち向かわなきゃ、俺達は勝てない。ラルの許、一致団結して必ず敵を打ち砕くんだ。そう誓っただろう?これ以上誰も俺達と同じ想いをしなくて済む様にな。」

「・・・ああ、そうだな。その通りだ。悪かったな、泣き言言ってよ。それじゃあ、本番前の肩慣らしって事で、派手にやってやるか。」

通信が切れた。覚悟の決まった表情で、エリックがラインハルトに問いかける。

「ラル。この演習に勝利すれば、いよいよ統合軍特殊作戦部隊との実戦だな。連中は、あのオッサンに負けねえ位の精鋭揃いだ。気を引き締めて掛からないと、俺達はウォルフが言った通り、全滅も有り得る。」

「解っている。・・・エリック、敵陣営の司令系統を混乱させる。サイバー・ジャミングを掛けてくれ。可能な限り迅速にな。戦況は刻一刻と変化している。」

「OK。統合軍のシステムに較べれば、楽勝だぜ。エリック様にお任せあれってね。」

神業とも言える速度で、敵陣営の司令系統の電子中枢に侵入したエリックは、陽動部隊の方に主力が集中しているかの様に偽装するデータを送り込んだ。

更に、敵陣営の相互連絡を妨害する為のプログラムをシステムに割り込ませる。

「これで、連中は混乱する筈だ。思ったより簡単に攻略出来そうだな。」

「・・・敵陣営の指揮官は、鮮血の死神と謳われたロマネンコフ大佐だ。直ぐに体勢を立て直すだろう。一刻の猶予も、俺達には許されない。最後まで気を抜くな。」

「あ、ああ。解ってるって。・・なんか、演習とは思えなくなってくるぜ。」

「可能な限り、実戦に近似の演習でなければ効果は上がらない。実戦経験の乏しい俺達が勝利を掴む為には、どうしても必要な訓練だ。・・・迅速に攻勢を掛けるぞ。」

「了解。」

 覚悟の決まった表情で、エリックは虚空の闇を見据えた。この先に待つ者を制圧出来なければ、統合軍特殊作戦部隊との実戦で惨敗を帰す事は歴然だ。ふと、実家で待つ母親の穏やかな微笑が脳裏に浮かんだ。統合軍の軍事実験に因り五体を蝕まれ、余命は幾許も無い。しかし、時折天使の様に安らいだ表情を見せるのだ。それが、エリックには堪らなく切なかった。取り戻す事の適わぬ平穏な日々。生命を掛けて、統合軍に復讐を果たす。ラインハルトの許に集う仲間達は、皆それぞれ同じ様な想いを抱えている。この結束は、誰にも侵蝕されはしない。袂を別つ時は、全員の死か勝利に因る闘争の終焉を意味する。強固な意志が、絶望的な状況から彼等を這い上がらせていた。

 この闇の向こうに在るものは、希望の光だ。霞んで消失しそうな、一筋の光明。

運命の暗雲を切裂けるものは、己に秘められた揺ぎ無き闘志のみ。

頑なにそう信じて、一つの目的の許に集いし仲間達は歩を進めた。

底知れぬ実力を持つ敵への畏怖も焦燥も、一歩毎に掻き消えていった。


 不意に、夜の暗闇の彼方で閃光が拡がり、爆音が轟いた。

「陽動部隊か。派手な花火だぜ。あれなら、俺達の主力がサテライト・ポイントに展開していると錯覚させられるな。」

「急ぐぞ。敵の指揮系統の混乱が回復する迄、長くても10分程しかないだろう。」

「“長くても”かよ、キツイな。ま、解ってた事だけどな。」

かなりの距離を行軍して来た為、敵陣営の本拠は至近に迫っていた。

エリックが歩を早めた刹那、足下に積もった枯葉の中で、微かな機械音がした。

ラインハルトが気付いて短く叫ぶ。

「動くな、エリック!今、御前の足下に何かが在る。作動音が聴こえた。」

ごくり、と唾を飲み込んでエリックが掠れた声で呟いた。

「何かって、ま、まさか地雷!?動いたら爆死かよ?アイリーンとキスもしてないってのに!でも、演習で其処までしないよな?」

「・・この演習では、実弾も使用が許可されている。殺傷力の低い地雷の可能性も否定出来ない。主に、兵士の戦意を殺ぐ為に使用されているものだ。」

「それって、生きてても両脚が吹き飛ばされるとか?冗談じゃないぜ!もし、脚より上迄吹き飛んだら、それこそアイリ」

「落ち着け、エリック。御前の足の下に代わりの物を滑り込ませる。動くな。」

ラインハルトは、携行していたナイフを、慎重にエリックの靴底と地面の間に刺し込んだ。

スイッチの感触を探り当て、圧力変化を避けて押さえ込む。

「・・動いていいぞ。」

エリックが、飛び退いて腰砕けに倒れた。ラインハルトは、エリックの体重の代わりにバックパックをスイッチに乗せた。

「ふうーっ。助かったぜ。どうなる事かと思った。」

「・・そうでも無いぞ。この地雷は演習用のセンサー複合型だったかも知れん。仕掛けた奴が本気なら、踏んだ瞬間に起爆している。」

「センサー?って事は・・・ヤバイんじゃないか?」

エリックが、携行レーダーを確認する。しかし、敵影を示す光点は表示されていない。

「・・思い過ごしだったかな?」

一行は行軍を再開した。闇の中、草木を掻き分けて歩を進める。


 突然、夜の静寂を激しい轟音が破った。同時に、地獄の様な業火が周囲の木々を焼き払う。

「うわああああっ!!な、何だ!?」

紅蓮の炎の中から、深紅の影が現れた。禍々しい髑髏が描かれた機体。

「ぐははははっ!!掛かったな、雛共め!」

鮮血の死神・ロマネンコフ大佐の駆る、特殊装甲車両レッド・スコーピオンだ。

「やはり、センサー複合型だったのか。拙いな。」

「レーダーに反応は無かったのに!・・ステルス仕様かよ!!」

「シュトロハイムのスパイダー・ネットは至極優秀だのう。侮り難き奴よ。」

ロマネンコフ大佐は、顎鬚を撫でながら薄笑いした。

「・・スパイダー・ネット。俺達は、網に掛かった餌、と言う事か。」

「あんな物、踏むんじゃなかった。とんでもない事になったな。」

「我が同志シュトロハイムの開発したスパイダー・ネットは生体・赤外線・物理センサー等の複合システムだ。貴様が踏んだ物は、その一部に過ぎん。何れにせよ、逃れる事は出来んぞ。・・さあ、演習であろうが、罠に掛かった餌は残さず調理してやるぞ。」

「火炎放射器で丸焼きにして喰う気かよ!?・・オッサン、野獣みたいだし、戦場で人喰った事有るんじゃないのか!?」

「・・同志の死は辛いが、今は我が血肉となり生きているのだ。永劫に戦場を戦える事が戦士の誉れ。現世に禍根は無かろう。何れ我が肉体も・・・」

「うげえっ!!本当に喰っちまったのかよ!?冗談じゃないぜ!!俺、帰るからな!!」

踵を返したエリックの退路を、爆炎が舐める。

「逃がさんぞ!!戦場で敵に背を向けるとは、戦士にあるまじき行為だ!今から貴様等に戦士の誇りを叩き込んでやる。骨を砕き、肉を裂こうともな!!」

慌てて右往左往するエリック。

「ど、どうすりゃいいんだっ!?ラル、おいラル!!」

何時の間にか、ラインハルトの姿が消えていた。

「何処行っちまったんだ!?薄情なリーダーだぜ!俺にどうしろってんだよ!?」

「一人逃がしたか。まあ、良いわ。何処へ行こうとも、必ずネットに掛かる。後で仕留めて遣ろう。先ずは、貴様からだ小僧!!」

火炎放射器の銃口がエリックに向けられる。

「神様!!哀れな俺を助けて下さい!もう、エデンで鼻の下伸ばしてエリーのライブ・ダンスに溺れたりしません!!サイバー・トリップも控えます!!だから、絶対丸焼きは嫌だーっ!!」

ロマネンコフ大佐がトリガーに指を掛けた瞬間、凄まじい光が爆発した。

「もう駄目だ!!母さん!!アイリーン!!」

エリックは反射的に目を閉じた。全身が焼け焦げる事を覚悟した。しかし、熱さも痛みも感じない。不思議に思い、恐る恐る目を開くと、眼前に信じ難い光景が在った。

レッド・スコーピオンが横転して、激しく炎上している。

「ど、どうなってんだ!?」

爆炎の中から、陽炎の様に揺らめく人影が現れた。厳つい巨躯。

「遣りおったな!!我が眼を欺くとは!!」

ロマネンコフ大佐だ。軍服が焼け焦げている。

眼光鋭く見据えた先に、ラインハルトの姿が在った。

レーザーガンの銃口を大佐に向けて、言い放った。

「チェック・メイト。即時降伏を勧告する。大佐。」

「ラル!どうなってるんだ!?」

「装甲車両の下部に潜り込んで、リモート爆弾を仕掛けた。地雷の爆発に因る衝撃にも耐え得る構造でも、ピンポイントで爆破すれば破壊は可能だ。」

「ぐっ・・・。」

ロマネンコフ大佐が俯いた。肩を震わせている。

「そう言うこった。オッサン、諦めて降伏するんだな。」

落ち着きを取り戻して、態度を豹変させたエリックが言った。

「ぐっ・・ぐふふふふっ。」

大佐の口から、低く不気味な笑い声が響く。

「何笑ってんだ?あまりのショックで、気でも狂ったのか?」

顔を上げた大佐は、不敵に微笑んでいた。獰猛な野獣を思わせる双眸は、生気を失っては居ない。

「・・戦いとは、最後まで解らぬものだ。シミュレーションとは異なる。」


 突然、激しい衝撃が周囲の木々を薙ぎ倒した。爆風で、ラインハルトとエリックの身体は宙を舞い吹き飛ばされた。

 爆炎と砂埃の向こうの夜空に、紅蓮の髑髏が描かれた機体が浮かび上がった。

大佐の戦闘用ヘリコプター、キラー・ビーだ。

「大佐!遅れて申し訳有りません!!モロゾフ少尉、只今到着致しました。指示願います。」

スピーカーから覇気に満ちた声が響く。

「モロゾフ少尉!小僧共を制圧する。周囲に結界を張れ!!」

大佐が咆哮した。

「了解。」

キラー・ビーは、周囲に電磁フィールド発生機と高性能爆雷を撒き始めた。

ラインハルト達と大佐は、完全に閉鎖空間に拘禁された。

「さあ、最高のステージを用意して遣ったぞ!見事、私を倒して貴様等の戦士としての誇りを示してみろ!!」


 最新技術で創られた古代の闘技場の様なフィールドで、格闘戦を仕掛けるつもりらしい。

巷間で人気が有るネット・プログラムのグランドファイトに似ているが、殺傷力の高い武器の使用が可能な本物の戦場である点が決定的に異なる。

百戦錬磨の大佐に比して実戦経験の乏しいラインハルト達は、圧倒的に不利だった。

「いくぞ!!」

大佐が距離を詰め、大型のコンバット・ナイフで斬り掛かる。

ラインハルトは、紙一重で斬撃を避けた。同時に、鋭い蹴りを大佐に返す。

「ほう。マーシャル・アーツか。面白い。私が試して遣ろう。全力で来い!!」

ラインハルトは、素早く洗練された動きで大佐を攻撃する。

しかし、悉く大佐に防御されてしまう。

「中々のものだ。だが、戦場では何が起こるか判らぬぞ。刹那の油断に不意を突かれて生命を落した者も多く居た。」

大佐が不敵に薄笑いして斬撃を繰り出す。

ラインハルトは、自分が攻勢を仕掛けている間に、逆に電磁フィールドと爆雷から成る境界線に追い込まれていた事に気付いた。

旧式軍用ナイフの武骨で鋭いエッジが迫る。

絶体絶命の危機。大佐の斬撃をまともに受ければ、筋肉繊維を断ち切られ、骨迄も打ち砕かれる事は必至だ。

瞬間、眩い閃光が大佐の視界を奪った。

「むうっ!?」

「ラル!今だ!!」

エリックが大破したレッド・スコーピオンの強力なサーチライトの光を大佐の顔面に照射したのだ。

素早い挙措で斬撃を避けると、ラインハルトは大佐の背後に回り込んだ。手首に装着している強化金属製のリストバンドを操作して、小型のパラライズ・ニードルを大佐の延髄の上の辺りに撃ち込む。

「逃がさんぞ、小僧!!」

振り向き様に、凄まじい気迫で再び斬撃を繰り出す。

しかし、先程迄と較べて明らかに動きが鈍っている。

ラインハルトは余裕有る動きで斬撃を避ける。

形勢は逆転した。ラインハルトの攻撃が的確に大佐の身体を標的に捉える。

「ぐむっ!!」

大佐の表情が苦悶に歪む。ナイフが弾き飛ばされた。

「大佐!!今援護します!若造共、その場で動くな!!」

キラー・ビーのスピーカーからモロゾフ少尉の声が響き、重機関砲の砲口がラインハルトに向けられる。

「手を出すな、モロゾフ!!決着は私が着ける!上空で待機しろ!」

麻酔薬に全身の神経系統を侵蝕され、意識が朦朧として動作が緩慢になっている筈の大佐の眼光は尚鋭かった。

闘志は微塵も失われていない。最後の気力を振り絞り、全身に殺気を漲らせてラインハルトに迫る。鍛え上げられた身体で、肉弾戦を挑んで来た。重い打撃がラインハルトを襲う。ガードした両腕が痺れる。

「・・流石だな、大佐。しかし、演習はもう終わりにしよう。」

次の瞬間、ラインハルトの蹴撃が大佐の急所を捉えた。

「ぐふうっ!!不覚・・・。」

大佐は昏倒した。巨躯が地面に崩れ落ちる。

「やったな、ラル!!」

エリックが駆け寄ってくる。

その足下に、重機関砲の砲弾が掃射される。

「うわっ!!」

上空に待機していたキラー・ビーのスピーカーから声が響く。

「勝利に酔うのは早いぞ。本拠制圧が演習の勝利条件だった筈だ。」

ラインハルトは、虚空の宵闇に浮かんだ機体を睨み据える。

キラー・ビーのコックピット内部のモニターに、ラインハルトの姿が映し出されている。表情を読み取れる程、頭部が拡大されて照準がセットされる。ラインハルトは、諦念したかの様に俯いた。

次の瞬間、顔を上げたラインハルトの表情は、笑っていた。

「何が可笑しい!?気でも触れたか?」

「・・・戦場では、何が起こるか解らないものだ、と誰かが言っていたな。」

突然、キラー・ビーの後部ローターが爆発炎上した。

制御不能に陥った機体は、激しくスピンしながら森に墜落する。

通信が入った。

「リーダー。こちらウォルフ。敵機撃墜に成功。本拠は王虎達が制圧している。」

「ああ。演習は終了だ。」

激しい演習を終えた周囲には、硝煙が夜の闇の中で燻っていた。

ラインハルトは深く溜息を吐いた。冷たい夜気の為、息が白い。

「・・だが、是は始まりに過ぎない。」

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