第16話 目覚めと焦燥

爽児は、深い眠りから目覚めた。意識が翳んでいる。自分が何処に居るのか、何をしていたのか、はっきりと思い出そうとする。ふと、自分が何も身に着けていない事に気が付いた。天蓋付きのベッドに寝ていたらしい。隣に気配を感じて目を向けると、裸の女が寝ている。驚いて、視線を逸らした。思考を整理しようとするが、冷静になれない。

「・・・あら、起きていたのね。」

声を掛けられて、初めて状況が呑み込めた。此処は、ミレーヌの部屋だ。

自分は、一線を越えてしまったのだろうか。疑念に囚われて、恐る恐る尋ねる。

「あ、あの・・・。俺は、どうしてこんな・・。一体、何が有ったのか・・・。」

呂律が上手く回らない。狼狽しているのが、自分でも判る。

「昨日の貴方、凄く良かったわ。私は、身も心も貴方のものよ。」

「!!な、な・・何だって?」

あまりの事態に、爽児は激しく動揺した。自分は、ミレーヌの要請を受けて、取材に来ただけの筈・・・だった。ミレーヌとドンペリを飲んで踊っていた辺りまでは朧気ながら覚えていた。だが、其処から後の記憶が無い。だが、確かに自分は今、裸でミレーヌの隣に寝ている。

「ほ、本当に?」

「あら、当然でしょう?だって、あんなにされたら、私・・・。」

爽児は、顔面蒼白になっていた。慌てて、ベッドから飛び起きて服を着始める。

「どうしたの?そんなに慌てて。少し待って。私も着替えるわ。」

ミレーヌが、一糸纏わぬ姿でベッドから起き出した。

全てを見てしまい、蒼白だった爽児の顔が、真っ赤になった。

「まあ。・・可愛い人。」

悪戯っぽく微笑んで、ミレーヌが言った。

「お、俺は此処へは貴女の依頼で取材に来た訳で・・・。まさかこんな事になるなんて。」

「往生際の悪い坊やね。責任は取って貰うわよ。今日から、貴方は私の恋人。もう離れられないわ。」

「そんな事、急に言われても・・・。」

言い終わらないうちに、爽児の唇をミレーヌの官能的に濡れた唇が塞いだ。

「!!」

咄嗟にミレーヌの肩を掴んで押し退けた。

「と、兎に角、肝心の依頼の件について訊きたいんだけど。」

「それは、朝食を摂りながら話しましょう。紅茶でも飲まないと、眠気が取れないわ。」

辛うじて平静を保っている爽児は、ミレーヌに促される儘に頼り無い足取りで歩き始めた。

「もう、子供みたいね。ほら。」

ミレーヌが爽児の腕を取って、自分の腕を絡ませた。豊満な胸に腕が密着して、耳元に甘い吐息が掛けられる。爽児の正常な思考力は何処かへ掻き消されてしまった。

一緒にスウィート・ルームを退室する。次の瞬間、爽児の目の前で眩い光が炸裂した。

カメラを持った男が、爽児とミレーヌの姿を写している。男は、嫌らしい笑みを浮かべて、下卑た声で言った。

「へっへっへ。大女優ミレーヌと、元メタル・ボウラーのソージ・ミドリノの熱愛発覚、だな。凄いスクープだぜ。」

何が起こったのか直ぐには理解出来ず、爽児は呆然と立ち尽くした。

その間に、カメラを抱えた男が逃走した。ルームサービスを運んでいたボーイを突き飛ばして廊下の角に消える。漸く事態が呑み込めた爽児が眉を顰めた。

「あっ、後を追わないと!」

爽児が追いかけようとした時、ミレーヌがよろめいて爽児に凭れ掛かった。

「大変だわ。こんな事になるなんて。私と貴方の事が、世界中に知られてしまうわ。」

一瞬、リンダの顔が爽児の脳裏に浮かんだ。激しい後悔と自責の念が襲う。

慌てて、猛然と男の後を追う様に走り出した。背中に、ミレーヌの声が届く。

「追っても無駄よ。今頃は、一基しかない直通エレベーターで、一階に辿り着いているわ。」

その言葉の通りだった。直通エレベーターの前まで来ると、表示灯が一階を示していた。

「糞っ!!」

コンソールを拳で思い切り殴った。だが、虚しい痛みが拳に残っただけだった。

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