第11話 実験体
高い天井に冷たい金属製の壁面と床。薄暗い部屋の上部に在る窓に、数人の影が写っている。
部屋の中央には、武装した数人の男達が居た。
スピーカーから声が響く。
「囚人No.DB48872、K49776、BS50342、BS50343、SK52441。今から貴様等に特赦の機会を与える。」
「特赦だと?おい、聞いたかゼム。」
クレイボムショットガンを手にして、腕に蠍のタトゥーを彫った、長身で南方系人種の男が言った。
「ああ、ヴァル兄さん。俺達が自由になれるのか?」
二丁のレーザーガンを指先で回転させて、同じく、腕に蠍のタトゥーを彫った、長身の男が答えた。
「だが、こんな部屋に俺達を集めて、おまけにこんな重武装まで許可されてるんだ。無条件に自由を得られる筈もねえな。」
巨大な強化チタニウム製のハンマーを持った、厳つい巨躯の男が訝しむ様に言った。
「貴兄の仰る通り。察するに上に居る連中は、私達の技芸を観たいのではないでしょうか。」
十数本ものナイフを煌かせながら、赤毛の小男が言った。
「・・・・・・・・・・・・。」
殆ど聞き取れない声で、蹲っている痩躯の男が何事か呟いた。
警告音と共に部屋の一角が音も無く開口して、二人の影が現れた。
冷徹な無表情。薄いアーマーコートに身を包んだ若い男。隙の無い挙措で歩み出る。
悲しげな瞳。同様に薄いアーマーコートを身に着けた女。躊躇う様に、だが諦めにも似た表情で静かに歩み出る。両者ともに、白銀の髪と透き通るような碧眼が特徴的だ。肉体のラインにも一切の無駄が無い。
「貴様等囚人共には、この二人と闘って貰う。見事斃す事が出来れば、貴様等には特赦が与えられ、自由の身になれる。」
口笛が響き、奇声が上がる。
「本当かよ!」
「楽勝だぜ!」
史上最悪と謳われた銀行強盗の双子が武器を頭上で打ち合わせて鳴らす。
「WOOOOOOOOW!!!」
連続強盗殺人犯の大男が胸を打ち鳴らし、重低音の歓声を上げる。
「委細承知。」
暗黒街の狡猾なドラッグブローカーの小男が薄笑いする。
「・・・・・・・・・・・。」
最後の一人は、相変わらず聞き取れない声で何事か呟いている。
「では、実験体コードアルファ及びベータ。所定の行動を開始しろ。戦闘目的は囚人共の完全な殲滅だ。」
瞬時に動く二人の影。
「面白え!やれるもんならやってみやがれ!」
「その様な軽装備で我々に挑むとは、嘗められたものですね。」
クレイボムショットガンが火を噴いた。
無数のクレイを撒き散らすセルを発射して、標的を微塵に粉砕する。
幾つものナイフが、鋭く空気を切り裂いて飛ぶ。
数種のナイフは異なる効果を持っている。
ヒートナイフは高熱で細胞にダメージを与え、バイオナイフは毒で生体機能を麻痺させる。
だが、いずれも捉える事が出来たのは、標的の残影だけだった。
「外しましたか。・・次はそうはいきませんよ!」
標的の手強さを感じ取って、小男は舌打ちした。嘗てナイフを外した事等皆無だったのだ。
ヴァルは、アルファと呼ばれた男に腕を捻り上げられ、狂騒的歓喜から苦悶の表情に変わる。
「兄貴を放せ!この糞野郎!」
背後からゼムが叫び、二丁のレーザーガンが鋼鉄をも切り裂く光条を放つ。
同時に、ヴァルの身体が反転して、クレイショットが放たれた。
兄弟の身体を、互いの武器が貫いた。
ゼムは微塵の肉片となって床に散らばり、ヴァルは口から鮮血を流して崩れ落ちた。
「糞っ!なんて素早さだ!これじゃ俺の攻撃が当たらねえぞ!」
巨大なハンマーを振り回して、巨漢が吼えた。
このハンマーで、骨を砕き内臓を潰して、幾多もの生命を奪ってきた。
「ギャレイシティで一家惨殺した時、取り囲む警官隊を悉く薙ぎ払ったハンマーだぜ。俺様に倒せねえ敵はいない!」
刹那に影が動き、巨漢のハンマーの上に飛び乗った。
ベータと呼ばれた女だった。
口元に僅かな微笑を浮かべると、冷徹な眼光で巨漢を睨み据えた。
巨漢がハンマーを振り回して女を落とそうとするが、その動きより早く女がハンマーの柄の上を疾風の如く駆けて、肩口を両手で掴み巨漢の頭上で回転した。
背後に降り立った女が両手のスティックを操作すると、スティックから延びて巨漢の喉元に巻きつけられたワイヤーに高周波パルスが流れ、巨漢の脳組織が蒸発して両耳から蒸気が立ち昇った。
音を立てて斃れる巨漢。
女の眼は静かな怒りに燃え、ザクセンシティのメタルボウル決勝戦の舞台裏で、ハインズの護衛官を失神させた時とは明らかに異なる殺気を放っている。
小男は畏怖した。元々、策謀で他を欺く事を得意とするタイプで、ナイフは護身と闇に身を潜めての暗殺に用いていただけだった。
恐慌を起こした小男は、ナイフを周囲に投げ放ち、残りを無我夢中で振り回して逃げようとする。
「私が何をしたと言うのですか!私は只、貧困で希望も持てない屑共に、快楽と言う夢を与えて遣っていただけの事です!ドラッグこそが、この世界を救う唯一の希望の光!私は言うなれば、神の代理人だったのですよ!」
「地獄で門番に申し開きするんだな。尤も、御前の五体を引き裂くのは、ケルベロスよりもこの俺が先だ。」
アルファは、硬質ナイフを小男の肩口に突き立て、壁面に串刺しにする。
「うぐああああっ!!」
「まだ、悲鳴を上げるには早い。これから楽しくなる。」
小男が投げ放っていたナイフを次々と突き立てる。
毒が遅効性を発揮する様に皮膚を削り、ヒートナイフで内臓を抉る。
「げふうっ!!」
小男の全身を激痛と悪寒が襲う。アルファは、止めを刺さずに小男を放置した。
徐々にではあるが、確実に死に向かう恐怖に耐え切れず、小男は意識をブラックアウトしようとした。
しかし、激痛が意識を呼び覚まし、死の瞬間まで苦悶に支配される状態に置かれた。
末端構成員と謂えども、ザイードの直轄ドラッグブローカーとして、幾多もの人間を廃人或は死に追い遣って来た代償であるかの様に。
部屋の中央には、残った男が蹲ったままで相変わらず何事か呟いている。
「こ・・・れが・・・罰・・・。・・・全て・・もど・・ら・な・・い。」
焦点の定まらぬ眼で、部屋の中空を見つめている。
「囚人番号SK52441!闘え!貴様が自由を得る為にはその二人を斃さねばならんのだ!」
「自・・・・由・・・・・・・・!!」
次の瞬間、常人を凌駕する素早さで、囚人番号SK52441通称サイコキラーが跳ね起きた。
挟撃態勢に移っていたアルファとベータは、目標を失って危うく同士討ちを避けた。
サイコキラーは、壁面に串刺しになり悶絶している小男の身体からナイフを一本だけ抜き取ると、自身の皮膚を切り裂き始めた。
恍惚とした表情で傷口から流れ落ちる血液を舐め取ると、その眼光は狂気を帯びてきた。
「滅す。・・・全てを。死は・・・美しい。」
アルファが背後から迫る。しかし、瞬時にサイコキラーは身体を反転させ、僅かな間合いで攻撃を避けた。
素早い動きで、サイコキラーはベータに迫る。
激しい攻防。両者は一歩も譲らない。サイコキラーの斬撃が、ベータのアーマーコートを擦過する。超鋼繊維製のアーマーコートが、ナイフの攻撃を防いだ。
続けて鋭い攻撃が幾度も繰り出される。
ベータの攻撃も数度標的を捉えたが、悉く急所は外されている。
アルファが、レーザーガンを拾い、サイコキラーの急所を的確に狙撃する。
だが、その攻撃も大腿部や上腕にダメージを与える事には成功したものの急所は外された。
レーザーに因る火傷と出血。しかし、サイコキラーの眼は鋭さを増し、動きの鈍化は見られない。
振り向き様に、アルファに対してナイフを投げつける。
更に、ナイフを追う様にしてアルファに迫る。
ナイフを掴んで止めたアルファに、サイコキラーの攻撃が加えられる。
再び、激しい攻防が繰り返される。
今度は、ベータがアルファの援護に回ろうとした。
「余計な真似はするな。今、最高に良い気分だ。こいつは俺が斃す。」
アルファが微笑して言った。表情には余裕が感じられる。
サイコキラーの激しい攻撃を余裕で避け、次々と的確な攻撃を加えていく。
徐々にではあるが、サイコキラーの動きは鈍化してきた。
「これで止めだ!」
アルファは、動きを止めたサイコキラーの頚椎を折り砕いた。
遂に、囚人達は全員がアルファとベータに因って殲滅された。
監視室では、数人の男達が驚嘆の声を上げていた。
白衣に身を包んだ初老の男性が場の一同に言った。
「御覧の通り、実験体アルファ及びベータの戦闘能力は、従来品とは比較にならぬ。特に、最後に彼等が斃した囚人は、嘗ての統合軍の極秘プロジェクトである精神波増幅計画の被験体であり、潜在能力向上の代償に、実験負荷に耐え切れず精神異常を起こした者。
監視官を惨殺して逃亡し、警察官を含む多数の民間人を猟奇殺人の犠牲にした。統合軍特殊部隊は多大な犠牲を払って奴を捕獲した。だが、その奴でさえ、アルファ及びベータには到底敵わない。彼等はベースから違う。更に、先日のSPT殲滅のデモンストレーションからも、彼等の戦闘能力が御理解頂けると思う。」
「確かに。彼等がいれば、我々の支配体制も磐石且つ堅固なものとなる。」
「非常に優れた戦闘能力だ。彼等なら、各経済ブロック要人暗殺も完璧に遂行可能だろう。」
「では、また後程の会議で御待ちする。」
「アルファ、ベータ、戦闘終了だ。研究ブロックに帰還しろ。」
再び部屋の一部が開口し、二人は其処へ消えた。
白衣の男が、冷徹に微笑する。
「良くやった。それでこそ、我が子等だ。」
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