第10話 旧友
スタジアムの医務室で、爽児はリンダの看護を受けていた。
丁度、メタルボウル決勝戦の中継を、リンダが担当していたのだ。
「リンダ、済まない。もう大丈夫だ。・・・痛っ!!」
起き上がろうとするが、全身に痺れが残っている。
「爽児。まだ安静にしていないと駄目よ。電磁スティックの出力が上げられていたから、当分動けないわ。SPT襲撃犯に襲われて、命が在っただけましね。・・心配させないで。」
「彼女は、俺を殺そうと思えば出来た筈だ。SPT捜査官で、生き残った方を襲撃したのは、彼女だろう。もう一人の方は、現場の目撃者の話では、完全に破壊されていたって話だ。」
「襲撃犯は、二人・・。これは、襲撃がほぼ同時刻だった事から判るわ。ハインズと貴方を襲ったのは、女。それも、SPT捜査官を一方的に無力化出来る程のね。彼等は、一体何者なのかしら。ザイードの構成員にしては、今迄に類を見ない程洗練されているわ。」
「俺は、この事件の裏にはもっと大きな陰謀が在ると考えている。・・そして、それがウィルを無残な死に追い遣った。必ず、真相を究明する。」
「爽児・・・。御願いだから、無理はしないで。私・・貴方迄失いはしないかと不安なの。」
心底、爽児を心配している事が判る。
「リンダ・・・。」
互いを繋いでいる感情が、ウィルを巡ってだけのものではない事を、素直に認められない。過去の悲劇が、二人の障壁となり、距離を置いた関係を保ってきた。だが、想いを抑えきれず、視線が、絡み合う。
「おっと、こりゃあ、お邪魔だったかな?」
突然、嵐の様な勢いで入室して来たのは、ボブだった。
慌てて、視線を逸らす二人。
「おっ・・おい、そんなんじゃないって!」
否定する爽児に、にやにやしながらボブが言う。
「照れるなって。結構、いい感じだったぜ。お二人さん。」
「もう、ボブったら。」
リンダの頬は赤く染まっている。
「それはそうと、ソージ。いろいろと大変だったな。声を掛けられた時、思わず現役時代のお前が脳裏にフィードバックして、パスを送っちまった。俺の全力のパスを微動だにせず受け止めるなんて、まだまだ現役でいけそうだがな。」
「古傷が疼くんだ。今の俺は、長時間のプレイには耐えられない。それに、ウィルの死の真相を付き止める迄は、他の事は考えられない。」
「お前らしいな。頑固なところは、少しも変わっていない。・・・そうだ、先日の不正事件の報道には、チームメイト全員感謝している。俺達のフィールドを汚い金銭のやり取りで汚す様な連中は、許し難いからな。」
怒りに燃えているといった調子で爽児に告げる。
「ああ。あの事件は、背後に広域犯罪組織のザイードだけでなく、行政府直轄の公的企業カオスコーポレーションが絡んでいたからな。公共報道機関のWBNでは、扱えないネタだ。連中にとっては、俺達のプレイもマネーゲームの一環だ。汚い裏工作に奔走して、活動資金を稼いでいる。資金は洗浄入金されて、ザイードの連中が開発した悪魔の媚薬アシッド・ドリームが大量生産され、主にアウター・タウン住民にばら撒かれる。ドラッグの性質上必然的に起こる常習性で、過剰な成分摂取に因り、廃人となるものが後を絶たない。・・・絶対に、許しては置けない。」
「カオス・コーポレーションか。強固に組織編制された巨大企業だ。その不正事件となると、一介のジャーナリストが扱うには、かなり重いネタだな。連中のプロテクトを解除するのは並大抵のことじゃないぜ。」
「だが、WBNを頼る事は出来ない。リンダには悪いが、彼等は行政府直轄の公共宣伝機関だ。政府の暗部を暴露するには不適正だ。俺が、やるしかない。」
決然たる意思を込めて、爽児は言った。
「でも、どうやって?正攻法ではとても無理よ。何か良い方法が有るの?」
「有るさ。アンダーグラウンド・レジスタンス、通称黙示録の旅団に助力を要請する。」
「ラルのグループね。確か、凄腕のハッカーが所属しているって話だけど。何でも、厳重にセキュリティロックされたシステムに侵入して、行政府の不正蓄財を全額奪い取って、アウター・タウンの救護施設に寄付したとか。元が裏金だけに、行政府の関係者も告訴を見送ったそうね。サイバー救世主を気取ってる生意気君だって噂も聞くけど。腕は確かな様ね。でも、ラルの事は・・。」
「心配ないさ。ラルの事は、俺に任せておけ。あいつの想いは、俺が受け止めてみせる。必ず、昔の明るいラルに戻して見せるさ。」
「爽児・・・。」
「ラルってのは、あのラインハルト坊やの事か?ウィルが亡くなってから音沙汰が無かったから、気には掛けていたが、まさかあのレジスタンスのリーダーになっていたとはな。そうだ、俺も良ければ力になるぜ。暫くシーズンオフに入るからな。暇とパワーを持て余しているんだ。丁度良い調整になる。」
「有難う、ボブ。だが、お前には娘のキャロルが居るだろう?独身の俺とは違うんだ。心配を掛けるような事はするな。俺一人で大丈夫だよ。」
「キャロルの事は心配無い。優秀なナニーに教育を任せてあるからな。存分に活躍出来るぜ。それに、この事件は、ウィルの死とも関係が有るんだろう?あいつは良い奴だった。弔い合戦には、是非とも参加させて貰うぜ。」
「・・解ったよ。勝手にしろ。」
諦めた様に爽児は言った。ボブは、一度言い出したら聞かない性格だと言う事を、長い付き合いで良く知っている。
「そうこなくっちゃ。」
「爽児、もう少し面倒見てあげたいけど、スケジュールが詰まってるの。私は是で失礼するわ。後は、ボブに優しく看病して貰ってね。」
「ボブに?冗談だろ。こんな医務室にボブと二人きりか?」
「そう言うな、爽児。俺の手厚い看護を受ければ、そんな症状たちどころに治っちまうぜ。」
「冗談だろ・・・」
褐色の筋肉の巨体を揺らし、スキンヘッドを煌かせるボブの微笑みを見て、爽児は軽い眩暈を覚えた。
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