第7話 黙示録の旅団

 現在は使用されていない複合型映画館に入ると、エリックは地下の配管施設に入った。

壁面の制御パネルの一部に触れると、カバーがスライドして認証システムのパネルが現れた。タッチセンサーに掌を押し当て、カメラに瞳孔を映して、マイクに言った。

「エリックだ。今帰った。」

「指紋、掌紋、静脈網、虹彩、声紋パターン認証完了。ゲート・ロックオフ」

SPT程ではないにしても、レジスタンス“黙示録の旅団”本部は、厳重なセキュリティで保護されている。エリック自慢のバイオ識別システムだ。


 無機質な室内に入ると、そこかしこに熱帯性観葉植物が飾られている。空気清浄化機能やヒーリング音楽再生機能付きのイミテーションが多い中で、本物の有機植物のみが有する静謐たる生気に溢れていた。地下空間でも生育可能なのは、外部環境の昼夜周期と同調して明滅する植物用の紫外線ランプが備え付けられているからだ。


 「あら、エリック、早いお帰りね。エデンはどうだった?今度は私も誘ってね。」

デスクで、データ整理していた若い女性が言った。眼鏡の良く似合う可愛い娘だ。

「よお、アイリーン。残念だけど、今日はそれどころじゃ無かった。無粋な機動警官が大勢出動していて、見付からない様に帰って来るのがやっとさ。おまけに、SPTのバケモノ女が、かなりのダメージを受けて機動警察に収容されていたのを見ちまったんだ。」

「・・知ってるわ。一人で楽しもうとした天罰よ。SPT捜査官の件は、WBNの報道だと、ザイードが関与している可能性が高い様ね。そうだ、ラインハルトが貴方を探していたわよ。緊急の仕事ですって。早く行った方が良さそうだけど。」

「はいはい。人使いの荒いリーダーだな、全く。」


 エリックが奥の扉を開くと、ラインハルトが真剣な表情で待っていた。

「エリック、戻ったか。早速だが、仕事に取り掛かって貰いたい。統合軍の最重要機密データにクラッキングを仕掛けて欲しい。容易には解析出来ないだろうが、お前なら出来る筈だ。迂回経路でアタックを掛けてみろ。・・連中の忌まわしい実験の全容を突き止めるんだ。ガードの固い区画から、関連施設所在地の推定値を割り出して行く様に。」

「簡単に言ってくれますねえ。まあ、確かに俺様に掛かっては統合軍の機密であろうと、裸の王様状態だな。王様はXXXXだぜってな。NBCブチ込みたがって盛ってる統合軍の間抜けコンピューターのファッキ ン・シット・ヘッドを出し抜くぐらい、朝飯前ですって。」

 軽口だけではない確かな実力に裏打ちされた発言である。こと技術力に関しては、ラインハルトや仲間の信頼も厚い。尤も、些か調子に乗りすぎてへまを仕出かす事も有るのだが。

「信頼しているぞ。今回の事件は、ウィリアム兄さんの件と関係している可能性が濃厚だ。私怨で皆に迷惑を掛けるつもりは無いが、どうしても俺が決着を着けたい。」

「解っているさ。何年の付き合いだ?それに、俺だってお袋の事が有る。・・想いは同じだ。」

寂しげな瞳に、強固な意志を感じさせる。

「・・エリック。たまには、顔を出してやれ。感覚系が麻痺していても、お前の顔を見るだけで安心するだろう。精神的なケアは、バイオ・インプラントや投薬よりも効果が有るって話だ。」

「そうだな。仕事が片付いたら、訪ねて見るよ。連中の悪行を根絶しなければ、真の安息は訪れない。奴等には、どうしても償わせる必要が有る。その時までは・・・。」

「今回確認された敵は、我々が独自に保管していた過去のデータと照合すると、類似点が有る。SPTの精鋭を殲滅した強大な戦闘能力、冷酷非情な犯行手口。厳重な報道管制。ウィル兄さんが惨殺された時の状況と酷似している。メタルボウルのトップクォーターだった兄さんが、粘土細工の様にズタズタにされた。アーマーも全く役に立たなかった。練習を最後にオフに入り、俺をサイバー遊園地に連れて行ってくれる約束の日だった・・。」

「俺達は、復讐に全てを捧げると誓った。ラル、必ず敵の所在を突き止めてみせるさ。」

「頼んだぞ。エリック、お前は掛け替えの無い仲間だ。これからも、宜しく頼む。」

「改まって言われると、照れるな。じゃあ、俺は仕事に掛かるよ。」


 エリックが退室すると、ラインハルトは、仮眠状態に入った。暗黒、静寂、地獄の底から響く様な苦悶の声と、臓物を抉り出されて歪んで変わり果てた兄の顔。全身を汗が伝う。声に成らない叫び声を上げて、ラインハルトは飛び起きた。あの日以来、良い夢等見た事が無い。何時果てるとも知れぬ悪夢に苛まれる日々。少しずつ、狂気に蝕まれていく自身を呪った。だが、ゆっくりと時の残酷な歯車は回り始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る