第5話 暴走盗賊
高周波数領域のエンジン音が響き、ジェットバイクは滑らかに走り出す。
アウター・タウンの夜の闇を抜けて、シティへ続く高速道路に入ると、スピードを上げて離陸滑空する。
行政府管理外区域であるアウター・タウンとシティを結ぶ道路は、廃道となっている為、交通制御システムが作動していない。
正規の道路では事故防止の為に設営されている電磁セーフティガードも、ここでは機能していない。
周囲に突き出している廃墟や岩山に、激突する事故が多発する地帯だ。
高性能な自動操縦センサーが組み込まれているエアバン等と違って、ジェットバイクは操縦者の技量で性能を引き出すタイプのマシンだ。
巨大な蛇の様な急カーブの続く道程を、爽児は難無く走り抜けていく。
不意に、暗黒の闇を切り裂いて、眩しいヘッドライトの光がバックミラーに写った。
重低音の爆音と共に、数十台のジェットバイクが現れた。
先頭には、一際派手な塗装の施されたマシンがいて、その操縦者が腕で合図すると、一斉に集団が散開した。
「YYYYYAAAAAAAHHOOOOOWW!」
口々に奇声を上げて、猛スピードで爽児のマシンを取り囲む。
小型ロケット砲が、爽児のマシンに狙いを定める。
爽児は、狼狽する事無くフルスロットルで急カーブに突入する。
数台のマシンが、回避出来ずに廃墟に激突した。
標的を失ったロケット砲弾の同士討ちで、数台が爆発炎上する。
だが、十数台のマシンが残り、爽児のマシンに追い縋る。
U字カーブの眼前に迫る廃墟の垂直な壁を、爽児のマシンが鮮やかに駆け上り、頂点に辛うじて支えられていた屋上部分を使いキックバックターンした。
バランスを失い、崩落した巨大なコンクリート塊の直撃を受けて、更に数台が墜落する。
残った数台は、かなり操縦技術が高い様で、簡単には振り切れない。
爽児のマシンが真横の一台に張り付いて、スリップターンを強行する。
衝撃で弾き飛ばされたマシンが、障害物に激突した。
スピードを上げた爽児のマシンは、道路の断裂部の勾配を利用して、高く飛び上がった。
間髪を入れず、逆噴射をかける。
後に続いて来ていたマシンの操縦者を直撃した。重い衝撃が、操縦者の肋骨を砕く。
只一台残った派手なマシンは、激しい体当たりを仕掛けて来た。
マシンの側面から先端が鋭く尖った端子が伸びると、爽児のマシンのボディを穿つ。
電子の奔流が、マシンを通じて爽児の全身に伝わる。
筋肉が急激に収縮して、一瞬マシンが制御不能になった。
マシンから滑り落ちる事だけは免れたが、身体機能が一時的に麻痺している。
尚も激しいタックルが続く。だが、爽児は諦めない。
メタルボウル現役時代は、もっと激しいタックルを受けていた。
脳裏をよぎるフィニッシュ・コール。大歓声。肩を抱き合って喜んだウィル。
渾身の力を振り絞ると、爽児はタックルを仕掛けてきた相手のマシンに飛び移った。
操縦者は執拗に振り落とそうとするが、爽児は離れない。
首筋を締め上げると、操縦者はバランスを崩して、マシンが失速した。
横転したマシンは、数十メートルの距離を滑ると、高架から落下寸前で停止した。
マシンから爽児達が転げ落ちて、回転しながら路上に身体を叩きつけられた。
衝撃で、息が詰まる。先に起き上がったのは、賊の方だった。
路上に落ちていたポールの廃材を拾い、爽児の倒れている方へ歩み寄る。
折れて先端が鋭く尖ったポールを、爽児に突き刺そうと振り下ろす。
間一髪で身を捻り、凶悪な一撃を避けると、爽児は賊の足元を挟み込んで転倒させた。
両者が起き上がり、激しく殴りあう。爽児のメットが弾き飛ばされた。
一瞬、躊躇した賊に隙が生まれた。爽児の強烈なタックルで、賊は地面に倒れた。
賊のメットも弾け飛んだ。派手な色に髪を染めた男の顔が現れた。
「貴様等、ザイードか?それとも他の奴等の手先か!?SPTを襲撃したのは・・」
賊の襟首を掴んで爽児が言った。
「待ってくれ。あんたは、ザクセン・フェニックスのフォワードだった、ソージ・ミドリノだろ?」
唐突な賊の言葉に、爽児は戸惑いながら答えた。
「ああ、そうだ。」
「現役時代のあんたのプレイには、俺も胸を熱くさせられた。あんただと判っていれば、襲撃なんてしなかった。俺達の狙いは、シティの胸糞悪いブルジョワ層だけだ。奴等は、汚い物でも見る様に俺達を見やがる。あの選民思想には、反吐の出る思いがする。」
心底からの嫌悪感を顕にして、吐き捨てる様に言った。
「・・・お前の顔も、どこかで見た覚えが有るな。」
「俺を覚えていてくれたのか?そりゃ光栄だな。あんたと違って、俺はメジャーにはなれない二流のファイターだったが、いつかはあんたの様になるのが目標だった。どんなにピンチでも、絶対に諦めない闘志。憧れてたんだ。」
「そうか、お前は確か、グランド・ファイトの選手だったな。・・ドラッグ問題で引退した。髪を染めているから、判らなかった。」
「あれは、嵌められたんだ。俺は確かに冴えないファイターだったが、八百長はどうしても嫌だった。オーナーからの厳命に背いて、真剣勝負に挑んだ。あんたの闘志を思い出して、初めて己の弱さに打ち勝って、ランク上位の対戦相手から10カウントを奪ったんだ。控え室に帰ると、俺の荷物には違法ドラッグが仕込まれていた。そこに報道陣が詰め掛けて来て・・後は、アルコールとドラッグに溺れ、堕ちる所迄堕ちて、今は暴走盗賊を取り仕切っている。」
「暴走盗賊か・・。そんな事をしても、お前の気分は晴れないだろう。それは、お前が逃げているからだ。悔しければ、自分の力で認めさせてみろ。お前の闘志を、譲れない誇りを。」
「俺の誇りか・・・。まだ、残っているかな・・そんなもの。」
「答えは、お前が見つけるんだ。・・・マシン、借りるぞ。」
派手なマシンに跨ると、爽児はアクセルを吹かして走り出した。
風景が、融ける様に流れていく。
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