第4話 真実の追求者

「次は、アウター・タウンの一角に在る、若者に人気のサイバー・トランス・ディスコで発生した、SPT襲撃事件の速報を御伝えします。SPTは行政府警察機構の特殊作戦部隊で、全身をサイバネティクスで強化された精鋭で編成されています。そのSPTの警察官が、正体不明の何者かに襲撃され、重傷を負わされました。違法ドラッグ、通称エンジェル・キッス、正式名称アシッド・ドリーム不法取引捜査途上の事件という事で、警察当局は裏社会を実質的に支配している広域犯罪組織、ザイードの関与を認定し、本件に関する緊急手配を発令しています。容疑者は、ザイード幹部のグレゴリオ・ヤコブセン他数名で、民間からの情報提供が併せて求められています。以上、リンダ・マーレイがお伝えしました。」


 エデンの正面に中継の為のエアバンが着陸停車し、行政府直轄の正式公共報道機関、WBNのレポーターに拠る実況中継が行われている。

「カット。OKリンダ。」

 スタッフが、レポーターに声を掛ける。

「お疲れ様。」

 リンダは、マイクのスイッチを切り、やや疲れた様子でスタッフに言った。

「まったく、ザクセンシティでメタルボウルの選手負傷事故の報道に駆け回ってきたすぐ後よ。こんな過密スケジュールなんて、少しは上も考慮して欲しいわ。」

「全て、行政府管理官様の所為だぜ。そうだリンダ、御客さんだ。エアバンで待ってる。」

スタッフの一人が言った。

「解った。すぐ行くわ。」


 重い足取りでエアバンに向かい、開かれたままのドアから中を覗くと、疲労が嘘の様にリンダの表情が明るく輝いた。

「爽児!どうしたの?急に訪ねてくるなんて。」

 整った面立ちだが、体格の良い若者は、リンダに微笑んで言った。

「久しぶりだな、リンダ。実は、今君が報道していた事件に関連した事で、取材活動中なんだ。」

「貴方が絡んでくるなんて、やっぱり只の事件じゃない訳ね。私達は、上層部から圧力が掛かって、あれ以上の報道は無理なの。」

「だろうな。だからこそ、俺は動くんだ。それに今回の事件は、ウィルの死と関係が有りそうなんだ。・・・君の協力が必要だ。」

 リンダの表情が変わった。

「ウィル!・・・彼の死と繋がっているの?だったら、私とも無関係じゃないわね。ねえ、爽児、必ず真相を究明して。尤も、始めからそのつもりでしょうけれど。私に出来る事なら、何でもするわ。」

悲しみに満ちた瞳で懇願する。

「ああ、約束する。・・・あれから、何年経ったか・・・。あの頃は、毎日が輝いていた。俺とウィルが競ってスタジアムを沸かせ、君はとびきりの笑顔で俺達に微笑んでいた。結局、ウィルが君を射止めて、俺はフリージャーナリストに転身した。」

「貴方は、自分から私を遠ざけた・・・。私は、ウィルを愛していたけれど・・貴方の事も・・・。あの事故が無ければ、貴方は今も・・・。」

「過去の話だ。それより、本題に入ろう。君が持っている裏情報が欲しい。WBNが表に出せないネタだ。こいつに記録する。」

 爽児が、メタルポーチの仄かに光るスイッチに触れると、一部が音も無く開口して、記録用の量子ディスクが現れた。

「この間の、メタルボウルの不正事件の報道は良かったわ。私達の想い出を汚す様な連中は許せないもの。私達では、あの事件の報道は無理だったわ。カオス・コーポレーション関連企業が関与していては、どうにもならなかった。あの時も、貴方に裏情報を提供したのよね。役に立てるかどうか判らないけれど・・・ここにデータが記録されているわ。」


 エアバンの片隅に有る端末に触れると、スクリーンに映像データが表示された。

エデン店内で、スーツを着た男達が会話している様子が映し出されている。

「こいつ等は・・・。一人はザイード幹部のグレゴリオだな。もう一人は・・・。」

「判らないわ。この男に関しては、報道規制が掛けられているの。捜査上の重要機密事項と言う事だけど、実際は行政府機構の上層部絡みと観て間違い無さそうね。」

「有難う。こいつのデータは貰って行く。」

ディスクを端末にセットして、データをコピーすると、再びメタルポーチに収納した。

「爽児、気を付けて。私は・・・。」

不安に満ちた表情で、爽児を気遣うリンダ。

「リンダ、心配は要らない。俺は、あの時に誓ったんだ。どんな事が有ろうと、必ず仇を捕まえて、全ての真実を白日の下に曝し、あいつの無念を晴らすと。」

決然として、爽児は答えた。

「だから、心配なの。貴方も、ラルみたいになるんじゃないかって。私では、あの子をとめる事は出来ない・・・。復讐に取り憑かれて、社会の裏に潜り込んで、全てを敵に廻して・・・ウィルは、そんな事を喜ばないわ。」

リンダの瞳に、涙が浮かんでいる。

「ラルの事は、俺も気に掛けている。あいつは、仇を殺す事だけを考えて、人生を復讐に捧げている。ウィルは、ラルが自慢の種だった。弟は、自分と違ってこんなに出来の良い奴だって。俺は以前、追っていた事件でラルと遇ったが、別人の様に変貌していた。あいつが時折見せる、暗い影を宿した冷徹な復讐鬼の眼・・・幼い頃の明るい笑顔は、今は見られない。きっと、復讐を果たしても却って己を見失う。だから、俺が必ずあいつを止める。」

清冽な意思を秘めた瞳で、リンダを見つめる爽児。いつも、爽児の瞳に見つめられると、リンダは不思議と安堵感を覚える。

「そうね。貴方ならきっと・・・。私は、無事を祈っているわ。何か協力出来る事が有れば、また連絡して。」

「ああ、リンダ。身体を大事にな。」

エアバンから降りると、爽児は近くに停車しておいたジェットバイクに飛び乗った。

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