第3話 邪悪の胎動
アウター・タウンの一角、広大な敷地の周囲に赤外線センサーと監視カメラが無数に配備された豪邸。内部は、豪華だが悪趣味な装飾が随所に施されている。その中でも一際豪華な部屋で、捕獲禁止動物を使用した、本皮張りの椅子に深く腰掛け、派手な毛皮を身に纏った男が、息切れしている破れた服を身に着けた男の報告を受けている。
「ロッザム様。邪魔は入りましたが、取引は成立しました。それにしても、例のあれは、本当に凄まじい。まだ、この眼で見た事が信じられません。見たところ、只の小娘に過ぎないにも拘らず、SPTをあの様に簡単にあしらうとは・・・。」
ロッザムは、膝の上の爬虫類を撫でながら頷くと、薄笑いして言った。
「あれは、連中の切り札だ。つまり、我々の切り札でもある。連中は、我々との繋がりを維持する事で、利益を享受している。相互依存関係は、今後も続く。あれの利用価値は高い。是からもっと働いて貰う事になるだろう。」
グレゴリオは、生唾を飲み込んだ。あれが、自分達の組織の手駒として動く。その事実に、安堵と戦慄を同時に感じた。もし連中が裏切ったら、組織壊滅も有り得る。配下の表情から、僅かな狼狽の色を汲み取り、ロッザムは言った。
「連中が我々を裏切る事は無い。安全保障の裏側で、連中が何をしてきたのか。我々の組織は、それを詳細に把握している。裏切りの兆候が有れば、我々が表社会で動き、連中の築き上げた体制は崩壊する。」
いくらか落ち着きを取り戻してグレゴリオは言った。
「そ・・そうですね。我々が裏社会からの支配を続ける為には、連中の調整が必要ですし、連中もまた、我々の組織を必要としている。」
「それは、さっき私が言った事と同じだ。もう良い、下がれ。」
冷徹な眼光を向けると、呆れた様にロッザムは言った。
「は、はいっ。」
慌てて、グレゴリオが退室する。入れ違いに、誰かが入室して来た。
息を呑む程の美形。均整の取れたスタイル。妖艶な迄に豊満な胸。
身に纏っている豪華な衣服も、彼女の姿態を引き立てる役割しか果たせない。
男を惑わせずには置かぬ視線で、ロッザムを見つめて、囁いた。
「私の可愛い貴方。もう、お話は済んだの?折角、時間を作って逢いに来たのに、待たされて寂しかったわ。」
表情を緩ませると、ロッザムは答えた。
「ミレーヌ、私にとって御前がどれ程大事か、判っているだろう?待たせて、済まなかったな。後で、グレゴリオには懲罰を科しておこう。奴の所為で、貴重な時間を浪費したのだからな。」
「それより、例の件はどうなっているの?私、どうしてもキャサリンに負けたくないの。今度のスポンサーは、キャサリンを推しているわ。あんな可愛い子ぶった女より、私の方がいいに決まっているのに。惑星全域のシアターで上映される大作映画なのよ。監督もスタッフも一流陣を揃えているし、絶対主演したいの。」
「その件は、既に手を廻した。連中は、行政府直轄のカオス・コーポレーション系列企業ではないからな。我々の支配下に在る企業群が、複合攻撃を仕掛けているのだ。ネオ・ヘッジ・ファンドは、経済ブロック間の裏調整で、多額の損益を連中に与えている。執拗且つ的確なスポット・アタックで、連中は遅からず経営破綻する。新しいスポンサーには、我々のダミー企業が納まると言う訳だ。出資金も、連中の資本をそのまま我々が頂いて用意する。御前の主演は最早、決定した様なものだ。」
「有難う。きっと、実現してくれると思っていたわ。さあ、それじゃあお愉しみね。」
ロッザムの襟元を妖しく引き寄せ、唇を重ねると其の儘ベッドルームに移動する。
微かな喘ぎ声がベッドルームから漏れ聞こえる。
廊下で、グレゴリオは耳を欹ててその声に聴き入っていた。
「ロッザム様の御蔭で大女優に上り詰めたとはいえ、あれだけの美女は滅多に居ないな。それにしても、あの豊満な身体を自由に出来るなんて、俺も肖りたいぜ。甘い夢に溺れて、懲罰の事も忘れてくれれば良いが。虎の餌ではないだろうが、ロッザム様は苛烈な懲罰を科す事が趣味だからな。ゴルドフの奴は、ロッザム様の大事にしていた蛇の鱗を一枚剥がしちまっただけで、生皮剥がれて皮膚呼吸不全になった上に、体内水分蒸発して瀕死の重態だったし、あの時は流石の俺も背筋が凍ったぜ。」
不意に、部屋の中から物音がした。グレゴリオは、震え上がってその場を退散した。
誰も居ない廊下に、扉を押し開けて顔を出したのは、ロッザムのペットの大蜥蜴だった。
静まり返った周囲に、爬虫類の這う音と、ミレーヌの妖艶な喘ぎ声だけが微かに響く。
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