第2話 電脳少年

 ウェアラブル・コンピューターを身に着けた一人の若者が、肩の上に軌道を描いて漂う浮遊式のスピーカーから流れる音楽に合わせて、最新流行のサイバー・ラップを口ずさみながら、サイバー・トランス・ディスコに向かっていた。途中で、慌てて駆けて来た男とぶつかった。


「気を付けろ、屑野郎!」

そう言うと男は、若者を睥睨して走り去る。

「何だと!おい、待てよ!オッサンが悪いんだろうが!」

角を曲がろうとする男の顔を、若者は映像記録する。

「俺を屑呼ばわりか。自分の方が目付き悪いくせに。後で、仕返ししてやる。」

そう悪態をつくと、若者は当初の目的地へ歩を進める。暗闇に包まれた街路から、溢れる光が見えてきた。何時にも増した喧騒が聴こえてくる。

「かなり、盛り上がっているじゃないか。今日は、エリーのライブ・ダンスの日だっけ?」

 慌しく活動する機動警官隊を発見すると、若者は、建物の陰にすばやく身を隠した。

「何だ?何か有ったのか?それにしても数が多いな。折角来たのに、この様子じゃ・・。」

舌打ちして、恨めしそうに警官隊を見ると、丁度一人の女性が機動車両に運び込まれる様子が伺えた。

「あれは・・・SPTのバケモノ女!?あいつがあんなになるなんて、流星の直撃でも食らったか、核攻撃でも受けたか?兎に角、只事じゃないな・・メインシステム・ログオン。」


 音声認識システムに起動命令すると、眼前のグラススクリーンにメイン画面が表示された。

「黙示録の旅団、本部に繋げ。」

フィンガー・デバイスでアクセス・サイファーをコマンド入力する。

 画面中央に、若い男が映った。知的な冷静さを感じさせる、凛とした表情である。

「どうした、エリック。緊急回線で連絡して来るとは、何か有ったのか?」

「ラインハルト、エデンで異常事態発生だ。SPTのバケモノ女がズタボロになって、機動警官隊が大勢出動してる。その所為で、週末のお楽しみが台無しだぜ。」

「エデン・・サイバー・トランス・ディスコか。御前、またそんなところに・・。SPTの女性は、ローラ捜査官だったな。彼女がそんな状態になるとは、確かに異常事態だ。他に何か状況は解るか?」

「そうだな・・・さっき、妙に慌ててた目付きの悪いオッサンとぶつかったんだけど、後で仕返ししようと思って、映像記録して有るから、それを送ろうか?何か関係してるかも。」

男の映像データを本部に転送する。

「この男は?どこかで見た覚えが有る・・・。エリック、警察の裏社会データに照会してみてくれ。ザイード構成員に対象を絞り込め。」

「解った。オッサンは誰ですかっと・・・。少しガードが固いな。けど、俺様にとっては防壁なんて無きに等しいぜ。おっ、出た出た。えーっと、オッサンの名前は、グレゴリオ・ヤコブセン。ザイードの幹部クラスの一人だな。道理で目付き悪い訳だ。詳細データ送る。」

「ザイードの幹部か・・・。だが、こいつがSPTを倒せる筈も無い。ザイードはこの街の裏社会の全てを支配しているが、SPTに対抗出来るだけの戦力を保持していない。他の何者かが関与している可能性が高いな。」

「何者かって、何者・・?」

陳腐な質問だとは思いながらも、エリックは畏怖する様に呟いた。

「それこそ、長い時を掛けて俺が追っていたものかも知れない。通信を切るぞ。至急、本部に帰還しろ。仕事が有る。」


 ラインハルトの表情が険しくなり、決然とした意思を感じさせる瞳で言った。

「ウィリアム兄さん・・・。仇を、見つけた。必ず捕まえて、兄さんの墓前で復讐を果たす。」

本部の部屋の片隅に飾られている写真には、幼いラインハルトと、逞しい若者が写っている。想い出の詰まった写真を見つめると、ラインハルトは静かに眼を閉じ、祈った。

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