第2話

ぼくは急いで部屋のテーブルに散乱している食べかけのスナック菓子や、椅子にかかったままの洋服なんかを適当に片付けて、9分ジャストで彼女を部屋の中に招き入れた。


「へー。トモキの部屋の間取りと同じだ」と彼女。学生向け1Kのアパートだし当たり前じゃんと心の中で思ったが、弱気なぼくはもちろんそんなことは口には出せない。


「すいませんが明日早いのでぼくはシャワー浴びてすぐ寝ます。よかったらそこのソファーベッド使って下さい」


「ありがとう。助かる」と彼女。


ぼくはさっさと着替えを用意しながらも横目で彼女の様子をうかがうと、彼女は隣のトモキくん側の壁の方にぴったりとくっついている。どうやら彼が帰ってくる物音を逃すまいと聞き耳を立てているようだ。


「ここ壁うすいんで、たぶんフツーにしてても帰ってきたらわかると思いますよ」と一応声をかけておいて、ぼくはお風呂へ入った。


シャワーを浴びてから頭を洗い、湯船に使ってしばらくくつろいでいると、いつのまにか脱衣所に人影が。


「どうかしました?」と声をかけると、


「トイレいきたい」と彼女。いやいやウチのアパートはトイレと風呂一緒のタイプなの、どうせアナタも知ってるはずでしょ?と思いつつも、


「すぐでるのでリビングで待って下さい!!」と答え、いそいで体を拭いて脱衣所で服を着る。なかなか手間のかかる女の子だ。


「タイルが濡れてるのでサンダルはいて下さいね」と伝えたら、彼女は


「もしアイツが帰ってきた物音がしたらすぐ教えて」とだけ言い残してトイレへ向かった。

その間にぼくは明日の授業の準備をし、ベッドに入る。自宅のトイレで女の子が用を足していると思うとなんだか落ち着かない。


そのうちに彼女は何食わぬ顔で戻ってくると、こんどは


「ちょっとアイツのFacebookのアカウントを見たいんだけど、ケータイの充電切れちゃって....スマホ借りていい?」とのこと。なかなか注文の多いお嬢様だ。


「もう寝るので、すこしだけなら」と言ってスマホを手渡すぼく。


スマホを手渡すと、食い入るようなまなざしでFB上を検索している。どうやら隣のトモキくんの直近の行動をチェックしているようだ。正直こういう子はやっかいだな、と思いつつも、見ないフリをしていた。


しばらくすると「ヒック、ヒック、グス...」と泣いているような音が。


「あいつ、絶対女と一緒にいる....FB更新してないけど、なんとなくわかるもん」とブツブツ言いながら泣いている。


「とりあえずソファで横にでもなって休んだら?ぼくはもう寝るのでアラームをセットするから、悪いけどスマホ返してもらうね、おやすみなさい」と言って、スマホを返してもらった。


ベッドに入り、ぼくがウトウトしはじめた頃、いつの間にか風呂から聞こえるシャワーの音に気づく。いつの間にか彼女がシャワーを浴びているようだ。浴びないって言ってたくせに。まあいいけど。


そのうちにぼくはいつの間にか寝いっていたようで、シャワーの音を聞いた以降に関しては一切記憶がない。


そして明け方隣の部屋から聞こえる物音で目が覚めた。時計を見るとまだ5時半をまわったばかり。


部屋を見渡すと彼女はもう出て行った後のようで、テーブルの上には飲みかけのジャスミン茶のペットボトルとメイク直しのあとかと思われる、ファンデーションがついたティッシュが2つほど転がっている。


そのうちに玄関の扉がかすかに開いていることに気がつき、締めにいこうとベッドから立ち上がると、また隣から男女が言い争う声と、もみ合うような物音が入り交じって聞こえてきた。その後何かがを投げられて壁に当たる音、何かが割れる音のオンパレード。


それはこの安アパート内で「私たちはケンカをしてます」ということをアパート中に宣言しているようなものだった。ぼくはそっと扉をしめた。


その後もぼくは気にせず、大学に行く準備をしていたのだが、いっしゅん物音がやんだ後に昨日の女の子の泣きじゃくるような声の後、こう叫ぶのが聞こえた。


「じゃあキスしてよ!!!!!」


その金切り声が聞こえてきた後は、その後の成り行きが気になりながらも一限の授業に遅刻しないために家を出てしまった。なので二人がその後どうなったのかはわからない。


ただ後日談として、その一ヶ月後には隣のトモキくんはいつのまにか引っ越していた。そして何気なくスマホの検索履歴に残っていたトモキくんのFacebookアカウントをクリックしてみると、すでに削除されていたこともつけ加えておく。


でもいまだにあの女の子の最後の振り絞るようなパンチラインだけは耳について離れない。

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深夜、階段途中の女 静一人 @shizukahitori

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