ACT.23 泥を啜り、血の河を渡る(Ⅳ)
急いでアスランを抱き起す。
意識は朦朧としているようだが、まだ息はある。
「今手当を――」
「――こ、ろせ」
「師匠?」
意識は朦朧としているはずのアスランは、弱弱しくそう言った。
「今のうちに、私を殺せ」
「そんなこと!?」
「出来ないならば、私がお前を殺す」
どうして、なんてことは言わなかった。
異能で彼の思考が読める俺は、理由をこれでもかと把握させられた。
“俺”という存在がある限り、全ての粛清騎士は敵になる。
だからこそ、正体を知ったものは、例え誰であろうと生かしてはいけない。
――たとえそれが、自分の師であっても。
「すまなかった」
気が付けば、頬を涙で濡らしていた俺に、アスランがそう語りかける。
「私は、お前を正しく導く事が出来ず、挙句逃げだしてしまった。不甲斐ない私を、どうか許してほしい」
「師匠、貴方のことを俺もライも責めたことなんてないです。俺たちこそ、ごめんなさい。恩を仇で返すことを、許してください」
俺は、そう言いながらも、再び剣を取る。
わが師を、殺す為に。
「いつかまた、地獄で会ったなら――」
「その時は、また――」
そして、俺は刃を振り下ろした。
彼の最期は、何故か少し安堵したような表情だった。
▽▲▽
「――そう、騎士アスランは死んだのね、シスターディーナ?」
「はい、そのように報告が上がっています」
ライ・コーンウェルが、師匠たるアスラン・アルデバランの亡骸と共に帰投したのは、夕方の頃だった。
任務事態は無事に完了したものの、最後騎士アスランは敵の不意打ちを受け致命傷を負い、息を引き取ったと同行した弟子である騎士ライが報告した。
「これにより、序列が繰り上がり、粛清騎士序列第四位にレオーネ・ゴドウェン、五位にハワード・フーカー、六位にライ・コーンウェル、七位にノア・ローが就く形になります」
それをシスターディーナ特務から聞いた聖女ステラは、眉を寄せる。
「うーん、四位にレオーネが就くのは、ちょっとどうかと思うの。けれど、仕方ないわね」
そういって、聖女は嘆息する。
レオーネ・ゴドウェンは実力こそ確かなものの、性格にだいぶ難があり聖女としてはあまり位を上げるのは好ましくないことであった。
「アスランの代役のめどは立っているの?」
「目星は付けてあります。第一候補は――」
「リゼ、どうせ任命するならリゼ・ハウエルがいいわ。彼女なら扱いやすいもの」
「――はっ」
シスターディーナ特務はそういって首を垂れる。
彼女にとって聖女の言葉は神の代弁、絶対のコトワリだ。
「それでは、彼女の教育係はいかがいたしましょう」
「レオーネと“怠け者”ノアは論外、ハワードは優しすぎて駄目ね」
「そうなると、アルフォンソかライでしょうか」
「アルフォンソは駄目。彼はとっておきの戦力なんだから待機させとかないと――うん、やっぱりここはライがいいわ」
「はい、仰せのままに」
「それじゃあ、その通りに動いてちょうだい。頼りにして居るわ、ディーナ」
その言葉を聞いた途端、シスターディーナ特務の頬が一瞬赤くなる。
「そ、それでは失礼いたします」
それを隠すように、彼女は急いでその部屋を後にした。
シスターディーナ特務が去ったあと、聖女は虚空を見つめ、ひとりこう呟いた。
「愛弟子の手によって息を引き取るだなんて、貴方もきっと本望でしょうアスランーーこれでようやく“私のライ”を貴方からちゃんと引き剥がすことができた」
そういって、彼女はまさしく清廉な乙女の様な微笑みを浮かべる。
「さぁ、これからどうなるのかしら」
彼女のそんな呟きを聞く者は、幸いにも誰もいなかった。
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