ACT.20 泥を啜り、血の河を渡る(Ⅰ)


『我が弟子、ライ・コーンウェルをどこへやった!!』


 いや待て、この状況どう対処すればいいんだ?

 今ここで急にライに代わるのは、得策じゃない。

 かと言って、何故かライじゃないとバレた俺が出続けるのもまずい。

 ――俺のままで、どうにかごまかすことはできないか?

 そう思い、ヘルムを脱いで素顔を晒す。

 

「師匠、お、僕です。ライですよ」


『いや違う』


 素顔を晒しても、アスランの態度は変化しなかった。

 いや、むしろ更に硬化したかもしれない。


『確かに、姿はライそのものだ。だが、立ち振る舞い、仕草、気配、声色の出し方。全てにおいてライとは異なる』


「じゃ、じゃあこの素顔はどう説明を」


『転生者であれば、姿を謀るものが居ても不思議ではない』


 静かな――だが底知れぬ怒気を孕んだ声で、アスランは言う。


『これが最後の機会だ、正直に言え。――ライはどこだ』


 これは、まずい。

 嘘やごまかしを述べようものなら、即座に叩き切られるのは、読心を使わずともわかる。

 何をどうしようとも、この場は詰んでいた。

 ――いや、そうじゃない。

 アスランなら、もしや師匠ならライの事情を知れば助けてくれるのではないか。

 どうせどう足掻いても詰みなのだから、ここは一か八かに出るべきか。


「お、俺は、俺の正体は――」


 ここで俺は、今までの経緯を、自身とライとの関係をアスランに語り始めた。



▽▲▽




『なん、なんということだ――』


 全てを聞き終えたアスランは、一言そう言い、右手で頭を抑えた。


「信じて、もらえましたか?」


『整合性が取れている。私とライしか知らぬはずのことまで知っているのなら、疑う余地はない』


 そうして、彼は天を仰ぎみる。


『神よ、貴女はどれほど残酷な運命を私たちに課せられるのか』


 彼はそう言って、何かを祈り、そしてこちらに向き直る。

 そして、左手に持っていた盾から剣を引き抜き、その切っ先を俺に向けた。

 その眼には、決意が宿っていた。


『剣を取れ、もう一人のライ』


 その、アスランが出した答えに俺は愕然とする。


「――どうして」


『それは、私が粛清騎士だからだ』


 厳めしい、厳格な声でアスランは語る。


『私はこれまでも、多くの転生者を狩ってきた。中には罪を犯していない幼児すらあった。――だが、それでも私は切り捨てた。何故だかわかるか?』


「それ、は」


『それは、私が粛清騎士――人々の未来のために、泥を啜り血の河を渡る事を選んだ騎士だからだ』


 その鋭い眼光は、ゆるぎなく俺を貫く。

 俺の異能ですら、強い決意――血を吐くような悲壮な決意が読み取れた。


『そして、私は裏切ってはならない。平和の礎として切り捨ててきた転生者たちを。彼らにだって生きたいという望みがあった、だが、私は他の人々の為に殺し続けたのだ。』


 そこで、アスランは言葉を飲み込む。

 ――そして、絞り出すようにして、こう続けた。


『だから、ここで愛弟子だからと、私情を挟んで例外を作るなど、私にはできない。――私だけは、やってはならない!!』








『ゆえに、剣を取れライ・コーンウェル。ここから先、生きてこの穴倉を出られるのは、どちらか一人のみだ』


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