ACT.21 泥を啜り、血の河を渡る(Ⅱ)
▽▲▽
「ま、待ってくれ師匠!」
『来ないのなら、こちらから行くまで!』
瞬間、咄嗟に構えなおした盾に激しい衝撃。
盾を用いた、アスランのタックルだ。
突然の、あまりの衝撃に盾を一瞬取りこぼしそうになる。
だが、その瞬間ぞわりとした悪寒が背筋を駆け抜け、甘い意識に活を入れて、盾を持つ手に再度力が宿る。
ここで、盾を失うことは、死に直結すると経験が訴える。
そして、こちらも盾に力を入れて、はじき返す。
「――俺は貴方を、ライの恩人である貴方を殺したくない!」
『ほう、随分と侮られたものだな』
そうアスランが言った途端、盾にかかっていた圧力が消失する。
押し合っていた盾同士を、アスランが一度引いたのだ。
その結果、俺は前方に数歩たたらを踏むことになる。
「しまっ!」
その瞬間をアスランは逃さない。
この狭い室内で振るうことができるもっとも効率的な軌道で、俺の首を落としに剣閃が煌めく。
「――っ!」
彼の思考を予期した俺は、即座に上体を大きく逸らす。
鼻先を剣が掠めたのは――回避が間に合ったのは奇跡に思えた。
すかさず、滑り込むように剣戟の下に潜り込み反対側に抜け、距離を取って盾を構えなおす。
『ふむ、今の挙動。貴様、私の行動を予期できるような異能をもっているな』
今の本気で殺しに来た攻撃を躱されたことを冷静に分析するアスランは、今の数舜の攻防だけで、俺の異能に当たりをつける。
『なら、それはそれでやりようがあることを知れ』
アスランは、姿勢を極端に低くし、瞬時に駆け、一瞬で距離を詰めた。
そして、下から突き上げるように首筋を目掛けた剣閃が走る。
俺はソレを、ギリギリのところで避ける。
だが、攻撃はそれだけでは終わらない。
次から次へと、流れるような動作で、神速の剣戟が撃ち込まれる。
俺はそれをギリギリ盾で防ぐので精いっぱいになる。
読心で、思考を読んでの回避ができなかった。
ソレは何故か。
アスランは、思考と同時、或いは思考するよりも早く反射で技を繰り出していた。
その為、思考を読んでからの回避が間に合わない。
今だって、徐々に防御が間に合わなくなってきている。
すなわち、アスランの剣戟は、だんだんと加速していってるのだ。
アスランには、まだまだその剣速を上げる余裕がある。
対して俺は――。
『――!』
その瞬間、盾の挙動が、タイミングが一瞬ズレる。
いや、違う――ズラされた。
アスランは、この嵐のような剣戟に不意にフェイントを混ぜた。
それがつかの間、凪のような空白を生み、盾を出すタイミングを見誤らせる。
瞬間、盾を掻い潜るような一閃が、俺の喉元を目掛けて放たれた。
▽▲▽
その一閃を見た時に、全てがスローモーションになる感覚を得た。
そして脳裏を駆け巡るのは、これまでライ・コーンウェルが歩んできた人生だ。
――あぁ、これが走馬灯か。
その中で駆け巡るのは、俺が覚醒してからライが歩んだ、地獄の10年間。
師匠との修行の日々は、唯一の安らぎの時だったのかも知れないというほどの、凄惨な日々。
来る日も転生者を殺して殺して殺す。
ライ・コーンウェルの短い人生に、幸福という文字はなく。
全て無意味に散る。
――俺のせいで?
――
その瞬間、ナニカがはじけた。
▽▲▽
瞬間、右手で剣を盾から引き抜き、その動作で柄をアスランの剣先に当ててガードする。
『――む!』
「あ、あぁ、ようやくわかった。俺がどうしてライをこんなに気に掛けているのか」
そうだ、こんな時に――いやこんな時だからこそ、自分の感情の正体に気がついた。
「俺は、罪悪感を抱いていたんだ! 転生者のせいで修羅に堕ちてしまった、やさしい少年に、罪悪感を感じていたんだ!!」
だから、お前は好きに生きろ、どんな道のりでも、俺だけは味方でいてやる、守ってやる。
「そんなライの人生を
それが、一度だけの人生を先に走り切ってしまった転生者ができる、唯一の罪滅ぼしだと信じて。
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