ACT.15 かくして少年は、修羅へ堕ちる


▽▲▽


「――ライ」


 その日、ライは聖騎士棟の廊下で、不意に呼び止められた。

 ライが振り向くと、そこにいたのは師匠たるアスランであった。


「師匠、お久し振りです。すこしお痩せになられましたか?」


「あ、あぁ、少しな」


 そういって、はぎれ悪くうなずくアスラン。

 アスランの表情は、いつになく暗い。


「――ライ。お前は、本当にこれよかったのか?」


 そして、唐突にアスランはそんなことをライに問う。

 脈絡のないその問いであったが、今日が何の日なのかを知っているライはその意思をくみ取って答える。


「はい、後悔はありません。これも、僕を此処まで育ててくれた師匠のおかげです。本当に、ありがとうございます」


 そういって、ライはアスランに深く頭を下げる。

 その様子を、アスランは沈痛な面持ちで眺めていた。

 結局、アスランは、ライという少年を救えなかった。

 もしかしたら、自分が手をかけたことすら間違いだったのではないかとも考えた。

 しかし、あの時。

 あの廃墟にたたずむ少年を、見捨てることなど、この優しき老騎士にはきっとできなかったのだろう。

 もし、あの場面を何度やり直したとしても、同じことをする。

 そして同じ後悔を抱えるのではないか。

 けれども、きっとこの5年間は無駄じゃないと、傍観している俺は思った。

 ライに復讐を、その道以外を示すことはできなかった。

 だが、ライが道を踏み外さず、ここまでこれたのは、紛れもなくアスランのおかげだ。

 ライの心に、アスランの優しさは、確かに息づいているのだ。


「――そうか。それならば、良い」


 しかし、それはアスランにはきっと届かないのだろう。

 一言そう言って、アスランは踵を返す。

 そして、後ろを向いたまま、最後にこう言った。


「ライ、誕生日おめでとう」


 一言だけ、そういってアスランは去っていった。

 残されたライは、一人寂し気に、こう呟く。


「やっぱり、師匠は、祝福してくれないのですね」




▽▲▽



 同日、聖教会本部大聖堂にて、ある儀式が行われた。

 聖堂の奥、巨大な聖十字の前にたたずむのは、盲目の聖女。

 両脇を固めるのは、漆黒の鎧を身に着けた二人の粛清騎士。

 粛清騎士たちは儀礼剣を掲げて、静かに今日の主役の登場を待つ。

 そこに、聖堂の扉が開かれ、ひとりの騎士が入ってくる。

 真新しい鎧は、漆黒。

 被っているヘルムは、憤怒の形相を彷彿とさせる独自の意匠。

 その騎士は、聖女の前に跪くと、静かにヘルムを脱ぐ。

 そのいかついヘルムの下から現れたのは、まだ幼さの残る少年の顔――ライ・コーンウェルであった。

 

「聖騎士、ライ・コーンウェル」


「はい」


 聖女が厳かにその名を呼ぶ。

 それに、ライは静かに答えた。


「貴女は、今日この時からただの騎士ではなく、異端を狩る粛清騎士となります。粛清騎士に安息と救いはありません。それでも、この道に進むと誓いますか?」


「はい」


「――それでは、これを」


 そういって、聖女は傍らにあった黄金の盃を手に持ち、ライに渡す。

 その盃の中には、深紅の液体が並々と注がれていた。


「真に誓うというなら、血の盃を飲み干しなさい。――さすれば、貴方は真の騎士となるでしょう」


「――。」


 そういって、盃をのぞき込むライ。

 盃の水面に赤く映るライの表情は、どこか穏やかなものであった。

 そして、ライは盃に口をつけ、深紅のそれを口の中に流し込む。

 飲みなれない、芳醇なそれを味わうことなく、飲み干し盃を返還する。 

 盃を飲み干して、そこに居たのは、あどけない――あの日理不尽に泣いた少年ではなかった。

 そこにいたのは、ひとりの騎士。

 これから、数々の人々を襲う理不尽から、彼らを守る、粛清騎士の姿だった。


「ライ・コーンウェル。本日より粛清騎士序列第8位を拝命させていただきます。女神の剣として、そして力なき者の盾となることを、ここに誓います」


 本日、神聖歴1682年、5月14日。

 ライ・コーンウェル14歳の誕生日を迎えたその日、彼は修羅の道へと踏み出した。



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