ACT.10 狼怪の転生者(Ⅰ)


▽▲▽



 その日は、ライ・コーンウェルにとって運命の日と言えた。

 早朝、まだ朝日も満足に顔を出していない朝霧の中を、師匠の元へ通い詰めた為に行きなれた聖教会本部への道を歩くが、緊張で周りの景色が違って見えた。

 愛用の剣と盾、そして鎧を詰めた荷物がやけに重く感じる。


「まさか、こんなことになるなんて」


 ライ自身、粛清騎士を目指すと師匠に宣言したその直後にこうして試練を受けることになるとは、思っていなかった。

 師匠がいったように、15歳になって聖騎士になりそこから更に研鑽を積んで、20代後半から30代前半になることを目標にしていたからだ。

 まさかそれがこんなにも早く受けることになるとは、思いもよらず、嬉しさより困惑と不安が混ざった精神状態であった。

 本当に自分なんかが受けてしまっていいのだろうか、合格できるのだろうか、そんな不安を抱えながら、ライは先日使者が指定した地点――聖教会本部前に到着した。

 そこには、一台の荷馬車と御者と思われる青年が居た。

 今回監督役になるという粛清騎士の姿は見えなかった。

 その為、あの御者に話を聞いてみようと、ライは荷台の後ろで何かをしている青年に話しかけようと近づいた。


 その時だった。


「とーう!!」


 突然そんな声がしたと思ったら、荷台からナニカが急に飛び出してきた。


「え、ちょっ!?」


 飛び出してきたのは、栗色の髪をした20代半ばの割と綺麗目の女性。

 それも何故か、満面の笑みを浮かべて、ライに向って全力ダイブだった。

 あまりに突然且つ、予想外のことでライは咄嗟に回避するという選択肢を取れなかった。

 結果、彼はその女性を受け止める羽目になり――その女性は“してやったり”といった顔で思いっ切りライを抱きしめる。


「あー、かわいい! なんて、なんて私好みの美少年!!」


 そのまま抱きしめられ、もみくちゃにされ、すーはーすーはーと吸われ――なんかもう、いろいろされた。

 残念ながら、この5年鍛えることだけをしてきたライ少年は、女性に対する免疫というものを備えていなかった。

 その為、身体を固くし、顔を真っ赤に染めるしか行動が取れずにいて、その反応がまた彼女の琴線に触れて黄色い声を出される。

 この恥ずかしいやら、役得なんだかわからない時間がどこまで続くのかと、若干気が遠のきかけたライを救ったのは、意外にも御者の青年だった。


「――いい加減にしないか、レオーネ!」


「ぐぇ!」


 御者の青年は、腰に佩いた剣を鞘ごとはずし、それをごんっと女性の頭に振り下ろした。

 その一撃をまともに喰らった彼女は、つぶれた蛙のような声を出して頭を押さえてうずくまる。

 その青年は、ふぅと嘆息して固まったままのライに向き直る。


「悪かったな、少年。こいつも悪気はなかった――のは、見てわかるか」


「は、はい」


「まぁ兎に角、変な歓迎をしちまって悪かったな」


 そういって謝られてしまい、ライは逆に申し訳ない気持ちになった。

 青年は、手に持ったままだった剣をもう一度佩きなおし、ライに向って手を差し出す。

 ライはその手を掴んで、握手を交わした。


「初めまして、ライ・コーンウェルです。よろしくお願いします」


「俺は、アルフォンソだ。――粛清騎士序列第3位、アルフォンソ・グラッドストーン」


「っ!?」


 その言葉を聞き、ライの背筋に雷が落ちる。

 彼は、師匠を除けば初めてあった粛清騎士――それも師匠であるアスランよりも序列が上の騎士であった。

 ライにとって、今まで出会ったことのある人でもっとも強いのは、師匠であった。

 事実、ライはまだ一度も模擬戦で一本をとったことはない。

 そんな師より、目の前の青年は序列が上――つまり強いということに、衝撃を受けた。


「そんなに緊張すんな、俺は今回御者として参加するだけで、お前をどうこうする権利は持ち合わせたちゃいねぇよ。むしろ、緊張すべきなのはこいつだ」


 そういってアルフォンソは、顎でうずくまる女性を指す。


「お前もいい加減、挨拶しろ」


「うー、わかってますよ!」


 ぶつぶつ文句をいいながら、その女性は立ち上がる。

 改めてその女性を見ると、可愛らしく愛嬌のある顔立ちをしていることが分かった。

 背も高く、短く切り揃えた栗色の髪も清潔感があり、ライ少年は年頃らしく少しドキマギした。


「うん、はじめましてライ君! 私が今回君の採否を判定する係になりました、序列第5位レオーネ・ゴドウェンです! 今日はよろしくね!」


 その言葉を聞いた瞬間、ライは内心ちょっと不安になった。


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