ACT.9 復讐者の生まれた日(Ⅳ)


▽▲▽



「カーティス特務! これはどういうことか!?」


「落ち着いてほしい、アスラン殿」


 その日、私――粛清騎士序列第4位アスラン・アルデバランは、非常に憤っていた。

 例の事実を知ってすぐ、聖騎士棟の粛清騎士たちにあてがわれた円卓の部屋にて、普段の冷静さを欠いてカーティス特務に食って掛かる。


「何故、ライが粛清騎士の試練を受けることになった! あの子はまだ子供だぞ!?」


 そう、今日突然3日後にライ・コーンウェルに試練を特例で課す旨の報告が、各粛清騎士たちに伝達された。

 それは、仮にも師として彼を預かる身であった私にも、寝耳に水の異常事態だった。


「アスラン殿の意見には、私としても賛成だ。だが――」


 カーティス特務もこの件には反対だといった。

 その悲痛な面持ちは、あながち嘘ではないのだろう。


「ならば、誰が決めたというのですか!!」


「――私が、特例を出すことをお願いしました。カーティス特務を責めないでください」


 突如部屋に響いたその声に、私が振り向くと、そこには美しい金の髪をたたえた、白百合のような少女が居た。


「聖女ステラ!」


「ごきげんよう、騎士アスラン。元気そうでうれしいわ」


 そうにこやかに礼をする少女に、今回ばかりは僅かな殺意を覚えた。

 粛清騎士のシステムは、彼女無しでは回らない。

 それゆえに、彼女の願いを拒む術は、我々やカーティス特務には無い。

 だが、今度ばかりは声を出さねばならないと思った。


「聖女ステラ、今すぐライの試練を取り下げてください! 彼には無謀だ!」


 無謀、というよりは、させたくない。

 転生者を相手取るというのは、神の側面と対峙するに等しい行為だ。

 よく訓練されただけの騎士では、相手にならない。

 そして、もし仮にライが突破できてしまったら。

 私が、彼に送ってもらいたかった、幸福な未来なんてものは、きっと来ない。


「いいえ、彼には受けてもらいます。ライには、試練を受けて然るべき場所に来てほしいですから」


「ライの居て然るべき場所が、この地獄だというのですか!」


 そう、ここは地獄といって差し支えないだろう。

 私は、これからの未来を行く者たちの為に血の盃を飲み干すことを選んだ人間だ。

 老い先短い老いぼれに、できる未来への精一杯の手向けだと信じて、地獄に修羅として生きている。

 だが、ライは違う。

 ライには、未来があり、きっと希望だってある。


「まだ13歳の少年が、私と同じ地獄に溺れていく様を見ていろというのですか!!」


「えぇ、そうよ。彼が生きるべき場所は、その地獄しかないの」


 粛清騎士の居る場所を地獄と断じた私を、聖女は肯定し、そしてライを地獄へ誘うこともまた良しと言ってのけた。


「騎士アスラン、貴方は勘違いしています」


 そうして聖女ステラは、ころころと笑う。

 まるでそう、お気に入りのおもちゃを買ってもらった子供のように、無邪気に。


「“私のライ”は、とっくの昔に抜けられない地獄にいるのですよ」


 ――私はこの時、この聖女の姿が、得体のしれない魔女に見えた。


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